第8話 動き出すワルシャワ条約機構
ー新天暦1812年 11月16日 午前6時50分頃 ベルリア王国 王城 客室にてー
日が昇り始め、日光が窓にさしかかっているこの時間、ソ連外交団団長のグロムイコは本国にいたときと比べすっきりとした気分で目を覚ました。
「ふぁぁ…良く寝たぁ…。にしてもこんなに気持ちがいい目覚めは久々だな…。こんな目覚めはモスクワに戻ったら多分出来ないかもな。」
彼はベッドから降りて今日の日付を確認しようと鞄が置いてある近くの机に向かおうとした。鞄を開けようとすると、突然グロムイコの部屋の入り口がノックなしで勢い良く開いた。そこには、昨日会談が始まるまで一緒にいた王国外務使臣のファリルが汗だくな表情をしていた。
「ファリルさん、そんな表情をして一体何かご用ですか…?」
「ハァ…グロムイコ様…大変です…、すぐに身支度をして謁見の間に来てください。国王から重要なお知らせがございます!」
そう言うとグロムイコはスーツにすぐさま着替えた後、ファリルの言われるがままに謁見の間へと向かった。向かう途中では、同じ外交団の仲間もいた。
「おい、そっちも同じく呼び出されたのか?」
「はい、なんか重要なお知らせがあると聞いたので急いで身支度をしましたが、詳しいことは聞いていません。」
「そうか……」
(あいつら、一体何の用事で我々を謁見の間なんかに呼び出したんだ…?)
そう思いながらも彼らは急いで謁見の間へと向かい、そして謁見の間の豪華な扉に到着した。そして、グロムイコが扉にノックをする。
「どうぞ、入ってください。」
豪華な扉を開けると、そこには昨日と同じく国王と政務官がいたが、一同は少し焦った表情をしており、その中には一人だけ違った服装をした人がいた。その格好は全身いたるところに鉄の鎧を着ていたが、頭だけは兜を外していた。恐らくベルリア王国軍の偉い人物だろうと彼らは思った。
「外交団御一行様、こんなに朝早くからお呼び出しをしてしまい申し訳ございません。」
「いえいえ大丈夫です。」
「ありがとうございます。どうぞこちらに。」
国王の言葉で外交団はソファーへと座った。
「それで、ファリルさんから重要なお知らせがあると聞いてこちらに駆けつけましたが、一体なにが発生しましたのでしょうか?」
「ええ…実は、我が王国と国境が隣り合わせのアルテガシア王国という国が、我が王国に宣戦布告してきました。」
この言葉を聞いた外交団一同は、何かのデマではないかと少し疑った。だがこの状況でそんなことを言うわけにもいかないので、彼らは国王からの説明を黙々と聞いた。
「そのアルテガシア王国という国なんですが、あの国は外交団御一行様が来るまで周辺諸国に侵攻を繰り返していました。なので我が王国の国境付近に到達した時からいつ戦争を仕掛けられてもいいように、大陸にまだ残っている国々で対アルテガシア同盟を結成したのですが…同盟を結成したところで戦力差が小さくなるわけでもなかったですし、しかも彼らは占領した国の軍隊を自国軍として編入しているのでかなりの大軍を持っているわけです。要は…貴国からの軍事支援が欲しいということです…。」
それを聞いたグロムイコはどう回答すれば良いのか悩んだ。
(異世界と国交締結したその翌日から早速軍事支援だと…?長らく仕事をやってきたがこれほど電撃的な展開は初めてだ…。これは本国に内容を通達してから書記長からの回答を確認せねば。)
「申し訳ありませんが、この内容は一度本国に通達しなければいけない内容ですので、今からこの事を我が国の軍艦から通じて送っておきます。なのでお時間を頂けないでしょうか?」
「は…はい、構いませんが…。」
そう国王が言うと、外交団はすぐさま立ち上がり、扉近くにいたファリルに声をかける。
「すみませんが、港行きの馬車を用意していただけないでしょうか?少し確認しておきたいことがあるので。」
「りょ、了解しました!私についてきてください!」
ファリルはすぐさま馬車が泊めてある場所へと急いで向かった。そして彼らも一緒に向かった。
(早く確認が終わるといいのだが……)
この日、異世界で最初の緊張的な一日が始まろうとしていた。
ー同日 午前8時30分頃 ソビエト連邦 モスクワ カザコフ館 書記長執務室ー
「なんだと、外交団が向かった大陸にあるベルリア王国と会談したその翌日にその隣国から宣戦布告されたのか?」
ブレジネフが疑問の表情をしながら報告しに来た国防大臣のドミトリー・ウスチノフに言う。
「はい。その件なんですが、どうやら我が国に軍事支援を要請してきたとのことです。外交団曰く、ベルリア王国はアルテガシア王国という国から宣戦布告されたらしく、残っている国々で軍事同盟みたいなのを結んでもなお軍事力との差がかなりあるみたいで、かなり焦りの表情をしていたそうです。同志書記長、如何なさいますか?」
「そうだな……まあ一応軍の派遣はしておくか。アルテガシアとやらがどれほど強いかは知らないが、その国を降伏させたらそこで我が国の強さが異世界中に知れ渡るだろうし、社会主義という偉大な思想も同時に伝わる。そして戦後に連邦を構成する共和国として併合をすればかなり得するし人材もたくさん手に入る、そう思わないか?」
「まあ、そうですね。では先程のお言葉を回答に回しても…」
「ああ、それを回答にして構わない。」
「了解しました。では、どれほど派遣いたしましょうか?すぐに用意は出来ませんが…。」
するとブレジネフは派遣する軍の規模をざっくりと答えた。
「装甲車輌はT-72がおよそ100輌とBMP-1が約200輌さえあれば充分だろう。ロケット砲も一応いるな…。あと対ドラゴン戦闘のために戦闘機や空対地ミサイル車輌、自走対空砲とかも用意しておけ。必要あれば爆撃機もだ。何よりやり過ぎが我々の恐怖を異世界に植え付けるのに一番良いからな。」
「りょ、了解しました。すぐにお伝えします。」
その後ウスチノフはベルリア王国にいる外交団に書記長からの回答を伝えた後、外交団はすぐさま王城へと帰った。そしてこれが、ソビエト連邦が正式に異世界の国に宣戦布告した初の事例となった。
ー午前10時10分頃 ベルリア王国 王城 謁見の間ー
その頃謁見の間では、ソ連外交団の帰りを待っていた国王と政務官達が未だに緊張した表情で待っていた。
(外交団から確認するための時間を頂けないかと聞いて2時間ぐらい経ったが、まさか派遣は出来ないということになれば我々はどうすれば良いのだろうか…。うむ……)
そう考え込んでいると、ゆっくりと扉が開いたことに彼らは気が付いた。そこにはファリルとソ連外交団がいた。
「遅れて申し訳ありません。只今我が国の指導者から回答が入りましたので、ご報告させていただきます。」
「そうですか、ご回答はどうでしたか?」
「指導者がアルテガシア王国に援軍を送るみたいですので、我が国は軍を正式にこちらに派遣することに決定しました。」
それを聞いた国王はソ連軍が軍を派遣したことに気が楽になった。すると国王は立ち上がり外交団に感謝のお礼をする。
「ありがとうございます!貴国の助けが無かったら我が国はおろか大陸全体が恐怖に陥れられたでしょう。なんと感謝すれば良いでしょうか…」
「大丈夫ですよ、国交締結したのですからそれくらい当然のことです。」
(実を言うと我が国の軍事力や恐怖を異世界全体に広める宣伝目的と異世界に新たなるソビエト連邦の一部分として樹立させるために派遣するのだがな。)
こうしてソビエト連邦はアルテガシア王国に向けて軍を派遣することに決定したのだが、更に一部ワルシャワ条約機構加盟国がこれに協力したので結果としてT-72とT-55、そしてBMP-1だけで350輌というかなりの大軍と化してしまった。
だがこの日から、ベルリア王国から獲得した領土を軍事拠点とするために、ベルリア王国から獲得した領土に住んでいる住民全員も空軍基地や陸軍基地の建設に徴用され、急ピッチで始まることになるのだった。そして不眠不休の基地建設が始まってからおよそ3日後には空軍基地が完成したので、ソビエト空軍はすぐさま一部の爆撃機や戦闘機等の軍用機を基地に送り込んだ。
そして11月20日に、ソ連地上軍と空軍はアルテガシア王国方面へと大軍を向かわせ、アルテガシア王国と直接対決することになった。
ー11月20日 午前8時00分頃 ベルリア王国 敵の野営地に一番近い町ルフアトにある広場付近ー
アルテガシア王国がベルリア王国に侵攻を始めてからおよそ4日が経過したこの日、敵軍の野営地に一番近い町ルフアトでは、多くの兵士たちが瞬きせずに周辺を監視していたのだが、兵士たちの間では外交締結したばかりのソビエト連邦の援軍が来るという噂が広がっていた。
「なあなあ、最近国交結んだばかりのソビエト連邦の援軍が来るって聞いたんだが、ソビエトってどれくらい強いんだ?」
「聞いた噂だと、飛竜ですら全く追い付けないやつとか、鋼鉄の箱みたいなのが高速で移動するやつが来るって聞いたぞ。」
「本当か?もしそんな軍隊だったらアルテガシア王国どころか列強国ですら余裕で潰せそうだな!」
町にある石畳の道路や広場で休憩をしている兵士たちがそういった会話をしていると、遠くのほうから低い唸り声をあげる何かがゆっくりと広場に近づいていた。ワルシャワ条約機構軍の機甲師団である。話をしていた兵士たちはそれを見た瞬間夢を見ているのではないかと疑った。
「鋼鉄の箱って話は本当だったのかよ…。」
「おい見てみろ、めっちゃ多いぞ!しかも奥まで続いているぞ!」
「これは俺らの圧勝間違いなしだな!」
兵士たちは各々の感想を述べた。
そしてワルシャワ条約機構軍機甲師団の一部車輌が広場に集結するのを見た兵士たちは、その光景に圧倒されており、広場には大勢の兵士たちが援軍を一目見ようとたくさん来ていた。
「おい見てみろ!あれが鋼鉄の箱みたいなのを動かしている人間だぞ!」
「意外だな。いかにも強そうだったからもっと派手な服装をしてるかと思ってたが、なんか質素だな。」
ワルシャワ条約機構の戦車やBMP-1から次々と見えてくる人間の姿にベルリア王国の兵士たちは見た感想を言い合っていた。
一方ワルシャワ条約機構軍側はというと、兵士たちが何故これほどたくさん広場に集まっているのかが謎だった。
「高官から聞いた話だと、確かここが敵の野営地から一番近い町だと聞いたんだが。何故あいつらは余裕そうに広場に集まっているんだ。何かの間違いか?。」
BMP-1から降りてきたあるソ連兵が車輌にすがっている仲間と会話をする。
「さあな。もしかしたら俺たちが来たことで自信を持ったのか、あるいは見たこともない兵器だから一目見ようとたくさん来たかのどっちかだな。」
「どっちにしろ俺らはアルテガシアをここから追っ払って降伏させるために派遣されたんだ。確かアルテガシアって飛竜というドラゴンみたいなのと魔法を除けばせいぜい中世並みの技術力しかないんだろ?そんな国と俺らが勝負なんかしたらすぐ終わるぜ。」
「ああ、何しろ俺らには戦車という他にはない兵器が有り余るほどあるからな。」
彼らがそう会話をしていると、遠く離れたどこかから誰かの叫び声が聞こえてきた。
「敵襲!敵襲!!」
それを聞いたベルリア王国軍は混乱しだすものの、ワルシャワ条約機構軍は何事もなかったかのような表情で準備をし始めた。
「チッ、早速出番が来たな。」
「ああ、一体どれほど強いのか実に楽しみだ。」
会話をしていた彼らは武器を整えると、外に出ていた条約機構軍の兵士はすぐさまBMP-1の後部に乗り込んだ。全員が乗り終えるとT-72やT-55といった戦車がルフアトに近づいてくるアルテガシア王国軍に向かって前進したのを皮切りに、BMP-1などの車輌も続いて広場を後にした。
そしてワルシャワ条約機構軍機甲師団は、ルフアトを攻め落とそうとしているアルテガシア王国軍と対決することになる……。