第四話 深淵の守護者 ~地獄の番犬~
こうして、鬼を殲滅することを誓った桃太郎は、何時しか八神のことを師匠と呼ぶようになった。
それから、さらに3年の月日を経て、師匠の仕込みでかなり強く、大きく成長した。桃太郎は16歳になっていた。
ついにその時がやって来た。鬼たちの総本山、鬼ヶ島。それがこの世界と地獄を繋ぐ入り口らしい。
「師匠!奴らを必ず殺しに行ってくるぜ!!!」
「ああ、奴らに慈悲を掛けるな。迷わず殺れ、全てが敵だという事を覚えておけ!!!」
桃太郎はおじいさんとおばあさんの敵を胸に秘め、鬼ヶ島へと向かったのであった。
道中、桃太郎は一人歩いていた。川沿いの森の中で休憩に入ろうと、大きな岩に腰かけたところへ夥しい程の邪気が悪寒の様に背中に走った。
「グルゥゥゥ――ッ!」
桃太郎が恐る恐る後ろを振り向くと、それは威嚇するように唸り声を上げる。
そこにいたのは三つの頭の巨大な犬だ。その容貌はまさに恐怖の象徴でもある。だらだらとこぼれる唾液のせいか、呼吸をするたびに口から蒸気を上げる。3つの頭の内の一つは筋肉が爛れ、口が裂け骨が見えている。
「なんだ?」
すぐ目の前にいる『化け物』は、存在するだけで本能的に近づいてはいけないのだと直感する。
この3年間で師匠から学んだことを思い返す。八神師匠のキツイ訓練でも決して折れなかった事を。どんなに夥しい程の邪気を纏っていても、屈しはしない。もちろん最初は吐くほどだったが。
目の前の強大な敵は、ふと桃太郎からなにかを感じた。
その、3つ頭の犬は一歩、また一歩と下がった。
「お前は一体何者だ?」
桃太郎の問いかけにゆっくりと応じる。
「我が名はケルベロス!深淵の守護者にして黒き地獄の番犬だ!!!」
野太い声が頭の中に直接響く。神経にビリビリとくるその状況に桃太郎は困惑した。
「人間が何故こんなところに・・・?」
そう言いかけたケルベロスは、腰の黒い刀と、白い巾着袋を凝視する。
「それは、桃太郎の旦那のもの!いや・・・そうか、死んだんだったな!」
独りでに、直接流れていく声に戸惑いを覚える。
「何を言っているんだ!桃太郎は俺だ!」
桃太郎はその話を振り切って叫んだ。その発言に脳内に流れる声がピタリと止む。
「約束の地に戻って来たか。鬼殺し!!!いや、桃太郎の旦那!」
「え、戻ってきた?」
その『化け物』には、確かに初対面なはずだが、どこか懐かしさを覚える。
「前にも、会ったことがあるか?」
その、『化け物』に問う。
「それは、もうじき分かる事だな。旦那、それより契約のダンゴはあるのか?」
3つの首を揺らして、口から蒸気を上げる。
「契約のダンゴ?」
一つ思い当たるものがあった。それは、燃え盛る炎の中で渡された白い巾着袋。
「このことか?」
桃太郎は巾着袋をケルベロスに突きつける。
「よし。それを、開けてこっちに寄越してくれ!」
桃太郎は、巾着袋を開けた。今まで一度も開けたことが無かったが、中を覗き込んだ。中には、10センチ程の赤いダンゴが3つある。その中から1つを取ってケルベロスに向かって投げた。
ケルベロスの2番目の頭が大口を開けた。投げたダンゴは弧を描いて、上手くケルべルスが噛み砕いた。
「うあ――――ッ!!!」
刹那、桃太郎の脳に電撃が走った。体の芯からが熱くなり、足がガクガクと震える中、全てが目に映った。
「あ、あぁ゛あ゛―ッ!!!」
あまりの熱さと、苦しさに桃太郎は声にもならない悲鳴を上げた。シナプスが次々と接続したかの様に神経細胞が活発化し、その瞬間、桃太郎の頭の中に膨大な記憶が流れてくる。
「なんだ・・・これは!俺の、記憶じゃぁ無い・・・のか!?」
それは、怒り、苦しみ、憎しみ、別れ、歓喜が入り混じっていた。どこか懐かしく、確かに過去に感じたものだった。己の記憶ではないが、自分が見たものに感じる。そこには、ケルベロスの姿もある。巨大な鳥、凶暴なサル、鬼、散っていく仲間。
「目覚めたか、まあ時が経つにつれて蘇っていくだろう」
桃太郎は自分の記憶の中から察した。自分がかつて鬼と戦っていたことも。
「かつて鬼と戦って、敗れた我と旦那は同じような境遇だろ。約束の地にて集結の時は来た。地獄の門の守護者の地位を奪われた思い、晴らさせて貰おうとするか」
こうして、桃太郎は仲間との再会を果たした。
『次回予告』桃太郎はケルベロスと共に森を抜け、草原に出た。そこでもう一体目の再び約束の地にて終結する。