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閑話

ヘルムート視点







 何の冗談かと思う程に日々高く積み上げられていく書類の山は、近頃徐々にその勢いを減らしていった。

 理由は明白であった。

 本来それらを職務としてこなさなければならない者が、ようやく本腰を入れ始めたからだ。


 遅い。幾ら何でも遅すぎる。

 先王が崩御なされてもう半年が経とうとしていた。

 今現在、自分がこなす仕事量の約半分は、新しく国王となられたシャルム陛下のものである。

 先王は貴族の平均寿命から見ればあまりに若い死であり、この度即位したシャルム陛下が齢十九歳という歴史的にみても早い即位だったとしても、半年という期間は言い訳にできるほど短くはなかった。

 もともと先王は特殊・・な病を患っており、思っていたより急ではあったが、何も対策をしなかったわけではない。

 シャルム陛下は教育や教養はもちろん、早くから公務にも携わり、近年では外交にも力を入れ、その有能さを発揮していた。

 国営の上層部の膿も大方出し切った。

 爵位重視であった貴族社会もこれを機に一新させるべく、爵位に関係なく実力があり信用に足る者たちをシャルム陛下の周りに付けた。

 未だに反発はあるものの、これに関しては長期戦になる為長い目でみるしかない。

 とにかく、若い国王だからといって不足が無いように準備をしてきたはずだったのだ。


 しかし現状は、増え続ける書類と不眠不休という実態。

 今は自分達が血を吐きながら職務をこなせばどうとでもなっているが、付け焼き刃では長くは続かない。

 日々、辺りに怒鳴りちらし、寝る間も無く机にかじりつき、たまに思い出しては食事を口に運ぶ。

 そろそろシャルム陛下に上級魔法でも一発かましてやろうかと冷静な判断ができなくなってきたところで、ようやく彼の方の重い腰が上がったのだとの報告が入った。

 私の他にも数人、国の要を担うもの達は、目の前で頭を下げる主君にようやくといった気持ちになった。


 今なら分かるが、こうなったのはシャルム陛下だけのせいではない。

 先王が病に伏せる中、次代を作ろうと奔走する我々は気が付かなかった。

 何より大切な、新たな国王になるという心構えがシャルム陛下に備わっていなかった事を。


 めっきり多くなった溜息が漏れる。


 本来の自分の気質なら、シャルム陛下に対してここまで大事にする事はなかった。

 とうの昔に発破をかけ、叱責し、強制的に王の器にさせていただろう。

 しかしそれを良しとしなかったのは、己の無力さをシャルム陛下に被ってもらうためにはいかなかったからだ。


 私が最年少で王宮筆頭魔術師になれたのは、歴代最高位の魔力量が備わっていたのはもちろんだが、その知識量が群を抜いていたのが一番の理由であった。

 産まれてすぐ、小さい身体で膨大な量の魔力を制御できなかった私は、貧しい農村では忌避の対象になった。

 村長と実の両親の手によって殺されかけた私を救ってくれたのは、隠居していた二代前の元王宮筆頭魔術師の老婆であった。

 毒にも薬にもなる巨大な魔力が産まれたため、慌てて向かった先で私を見つけたのだそうだ。

 彼女は人肌を求める私を抱き抱えると、人里離れた森の中、命つきるまで私を育ててくれた。


 与えられたのは、生きる知恵と同等に、彼女のもてる全ての魔術の知識であった。

 私の存在を国に知らせていた彼女は、己の死をもって、私の元に国の使者を保護の名目で寄越した。

 この時、私は齢十二歳。

 新たな保護者となったのは、彼女の息子夫婦であった。

 公爵家の後見人が付き、貴族社会の教育を受け、とんとん拍子に今の地位を得た。


 筆頭になったその足で先王に謁見した時に、ようやく私の存在理由を知った。

 先王は〝精霊の忌子〟であったのだ。


 人は皆、体中に魔力を循環させて生きている。

 生きて行く上で大なり小なり人は体内の魔力を消費し、血肉と同じで新たな魔力を体内で製造している。

 それは乳児も老人も皆等しく、逆を言えば魔力が枯渇すれば簡単に人は死ぬ。

 死にはするが、実際魔力を使い過ぎても体内の魔力が尽きてしまうことはほとんどない。

 血液や細胞にいたるまで、細かい粒子となって身体に定着しているからだ。


 しかし例外がいる。

 それが精霊の忌子と呼ばれる存在である。

 十数年に一人程度の割合で現れる彼らは、体内に魔力を定着出来ず、また作り出す事の出来ない体質の人間を指す。

 産まれた直後は母体から受け継いだ魔力が体内に満ちているが、魔力を留めておくことの出来ない彼らは魔力を消耗するだけ消耗して、あとは枯渇するのを待つだけなのだ。


 応急処置として他人の魔力を定期的に注ぐ方法で、精霊の忌子たちは何とか生き長らえてきた。

 しかしその方法にも欠陥がある。

 体内に循環する魔力は、あくまで自分自身の魔力が微量でも含まれていなければならないのだ。

 注ぎ続ければ魔力は補えるが、消耗する魔力量は変わらない為、年を重ねれば自身の魔力の濃度が徐々に薄まり、最終的に空っぽになってしまう。

 精霊の忌子は皆、短命であった。 

 今までの精霊の忌子に比べれば、それでも先王は長く生きた方なのかもしれない。


 私の主な役割は、精霊の忌子の原因究明と治療法の開発。

 先王の病に関しては極一部の者にしか知らされておらず、私の研究も秘されていた。

 決して容易では無かったが、私を育ててくれた彼女へ今恩を返せるのだと躍起になって没頭し、ようやく昨年、己の魔力の一部を半永久的に体内へ定着させる魔術式を完成させた。

 そう、完成させた筈だったのだ。

 ただ遅すぎた。

 この時にはもう、先王の体内には自身の魔力は一滴も残っていなかった。


 それから僅か二日後、先王は崩御なされた。

 知らない者たちは突然の事に打ちのめされながらも、賢王であったと追悼の意を捧げた。

 知っていた者たちは、誰も私を責めなかった。

 それどころか、病を治す術を今世に残す事こそが先王の最後の王としての務めであったと私の肩を叩いた。


 葬儀の際、先王に花を手向ける彼らの後ろで、私は今にも崩れそうな身体を必死に支えていた。

 その時の自身がどんな状態だったのか覚えていない。


 ただ、先王の長子であらせられるシャルム現陛下の私へ向ける眼差しだけは記憶の中にこびり付いていた。






 「ヘルムート、入るぞ」


 ドアを開けてからそうのたまった男は、返事を聞く事もなく私のデスクへずかずかと近寄った。


 「開けてから言うな。 常識を身に付けろ」

 「次から次に運び込まれてくる書類にいちいち受け応えしてたらキリがないだろう」


 理解できない自論をほざく男を隠すように目をつむった。

 硬くなった眉間を揉みほぐし、今しがた置かれた書類を一瞥する。


 「貴様、何だこの書類は」

 「溜まってた陛下の外遊資金の決算書です」

 「何故それを私のところへ持ってくるのかと聞いている」

 「金額が金額なので、財務官が判断しかねて魔術師長へと」


 乱雑に扱いたいのを堪え、今渡された書類をそのまま男へと突っ返した。


 「疲労で思考能力も死に絶えたか。 魔術師に決算書を持ってきてどうする。 意見を聞きたいなら宰相あたりに聞け」

 「いやー俺もおんなじ事言ったんだけどよう」


 前は宰相の方が聞きやすかったけど、最近は丸くなったと噂の筆頭魔術師様の方がとっつきやすいからなぁ。

 などと聞き捨てならない事をほざくこの魔術師教官を睨め付けた。


 「意味がわからん」

 「あれ気づいてない? お前ここ最近、ずいぶん気の抜けた顔をしてるぞ」


 ちなみにこれは俺だけの意見じゃないからな、先に言っておくけど。

 とぼやく男を信じられない気持ちで見返した。


 「どういう事だ。 もう少し詳しく説明しろ」

 「おい、何だよ恐いなぁ。 別に悪いことじゃないし良いだろ」

 「良いわけあるか。 間抜け面と言われて何故それを喜ばなければならない」

 「ほんとやめてよそんな事言ってないよ俺。 どうせまた一睡もせず書類にへばりついてんだろ? 疲れが溜まってんだよお前。 休め休めー」


 最近夢の中に現れるあの奇妙なメイド服の女と同じ事を言われ、グッと言葉につまる。

 そんなに疲労感がこびりついているのだろうか。

 気の抜けた顔というのも、眠気が顔に現れてしまっているのかもしれない。

 筆頭としてあるまじき醜態である。


 「最近は時間を決めて仮眠を取るようにしている。 ……しかし確かに疲れは残っているのかもしれない。 忠告として受け取っておこう」


 だからもう帰れと暗に促せば、男からは驚いた顔が返ってきただけだった。


 「……なぁ、ヘルムート。 俺な、お前に余分な事を言っちまったんじゃないかってずっと思ってたんだ」


 何の話か分からなかったが、別段聞く気も持てず次の業務に取り掛かるため新しい書類の山から数枚手に取る。

 カサリという音は思いの外大きく響いた。


 「元々平民だったお前が誰よりも若く魔術師になって、すぐ潰されちまうと思ったんだ。 まぁ実際は随分と図太く居座ってたけどよ」


 ようやくどの事を言っているのか見当がつく。

 この男は元々、私の上司であった。

 妬みや嫉み、嘲笑の対象であった厄介者の私を、彼は他の者と平等に扱ってくれていた。

 それは今でも変わらず、何かと倦厭される私と周りとの橋渡し役を買って出てくれている。


 『ここは舐められたらおしまいな世界だ。 こんなガキにお前らは敵わないんだ、って気持ちで胸を張って相手の目を見返せ。 謙遜や萎縮よりも、威圧的に尊大に。 劣等感ややっかみを持った連中は、相手が脅威であると感じれば感じるほど閉口せざるを得なくなる』


 何かと嫌がらせをされる私に男が言った言葉だった。

 言葉そのままに素直に聞いた訳ではないが、一理あると思ったのは事実であった。

 だから私は誰よりも早急に力を付け、有無を言わせない実力でもって周りを黙らせた。

 私の態度が硬化したのはそんな人間をたくさん見てきたからだ。

 意図したわけでなく、冷徹な対応こそが世を渡るための鎧になった。


 「何を気にしているかは知らんが、貴様の言動で私がどうこうなるなど自惚れに過ぎない」


 私の立場も現状も周りの評価も、それらは全て私が選択して生まれた結果だ。

 何かから受ける影響はあっても、自分自身が出した答えを、自分以外の何かのせいにするなど甚だしく愚かだ。


 ふと、無邪気に笑い、思うがままに行動する一人の女を思い出す。

 彼女も私と同じだ。

 他人の目など気にせず、己を貫こうとする。


 ルーリアと名乗った彼女は、会う大半は深緑色のメイド服を着ていた。

 キャップの中に髪をしっかりしまい込んで給仕をする姿はさほど違和感はないと言える。

 エプロンドレスの質がそれなりの爵位の家に仕えていると思わせたが、自らも立場を明かさない自分が詮索する事ではない。

 とは言え、珍しい髪色を持ち、筆頭魔術師の盛服を着込んだ出で立ちと名前から私の正体が彼女に知れてる可能性は高い。

 不平等だが別段態度が変わることもなく、ましてや何も言ってこない彼女にとやかく言えた事ではなかった。

 

 彼女を煩わしく思いながらも、不快な気持ちが一向に湧かないのはそういった理由からではないだろうか。

 たくさん接した訳でもないのに、彼女との時間が他の誰といるよりも気持ちが楽だった。

 あれだけ不躾に絡んでくる輩も珍しく、珍獣を相手にしているようなものだという事にしておく。


 「それなら良いんだ」


 男は満足気な顔で、返した筈の書類をまたデスクへと戻してきた。


 「おい」

 「やっぱりこれはヘルムートが確認した方がいい。 不明点は陛下に直接確認してくれ」

 「私以外の適材はどうした」

 「お前が適材だって言ってんの」


 次の反論を待つ事なく男はドアノブに手をかけた。

 振り返って見せた顔は、上司だった頃よく見たニヒルな笑みだった。


 「今のお前なら、陛下ともちゃんと話ができると思うぞ」


 椅子から浮きかけた腰を元の位置に戻す。

 ヒラヒラと手を振った男の姿はドアの向こうへ消えていった。




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