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お仕事の夢




 最後の一枚を干し終わり、達成感と共に大きく伸びをした。

 仕事をこなした後のこの満足度は遊戯では味わえない。

 苦労、忍耐、努力の先にこそ充実感が存在するのだ。


 雲一つ見当たらない青空は絶好のお天気日和。

 無数に張り巡らされた紐には、一体何人分あるのかというほど、真っ白なシーツが干されている。

 風が吹き付け、無数のシーツが踊るようにはためいた。


 「気持ちいい」


 雲に乗った時とは違った心地よさである。

 両手いっぱいの大きなカゴを地面に起き、自分が干した洗濯物を眺めた。


 シミひとつ見当たらない純白の布ごしに、ヘルムートさんの書類を見つめる横顔を思い出す。

 いつも固い表情で、疲弊が全面にこびり付いていた。

 思い出してしまったら居ても立っても居られなくなって、エプロンドレスがはしたなく舞うのも無視して迷路のように重なり合うシーツの間をぬって駆け出した。


 その姿は思いの外直ぐに見つかった。

 いつもとは違いソファーに腰掛けている。

 ベロア素材のソファーは濃紺色でシンプルだが、座り心地の良さそうな形は何だかヘルムートさんらしいなと思ってしまった。


 寝ても覚めても仕事から解放されないのはかわいそうだ。

 さすがに今回は違う夢を見ているのだろうか。

 

 近くに寄って顔を伺う。

 私に気付く様子のないヘルムートさんは、キュッと目を細めた後、顔を両手で覆ってしまった。


 (何だか辛そう……)


 この人は、どうしてこんなにも現実の苦悩を夢にまで引っ張ってきてしまうのか。

 夢では現実世界で消化しきれないものや自分でも気づかない心の根底に潜むものを投影してしまいやすい。

 現実でさんざん考えて悩んで、それでも夢の中でまでずっと厳しい顔でいるヘルムートさんは、きっと根がとても真面目な人なんだと思う。


 「ヘルムート様、お茶をお持ち致しました」


 どこからともなく現れたカートの上にはティーセットが乗っている。

 埃が入らないようにカップの上に乗せていたナプキンを取り紅茶を注ぐ私の横で、ヘルムートさんは疲れたようにソファーにもたれかかった。


 「茶はいい、下げてくれないか」

 「いいえ、ヘルムート様。 温かなお茶には身体の緊張を解きほぐす効果がございます。 根を詰めても良い結果は得られません。 少しお休みになっては如何でしょう」


 有無を言わさずローテーブルの上にカップを置く。

 好みのお砂糖の数が分からなかった為そのまま出したが、お茶はあくまでも休ませる口実なので良しとした。

 

 「私はそんなに余裕が無いように見えるか」


 カップを睨みつけるヘルムートさんは、我を通すメイドに怒っているというよりも、気を使われている自分自身に苛立っているようだった。


 「ヘルムート様がそう感じるのであれば、そうなのでしょう。 私は主人の最良を整えるだけにございます」


 ヘルムートさんはしばらくカップを見つめ、耐えきれず自嘲した。

 おもむろにカップに口をつけると「美味いな」と、それはそれは小さな声で呟いた。


 何か言いかけて口を開いたヘルムートさんはようやくお茶を入れたメイドを振り返る。

 言わずもがなメイドとは私の事である。

 口を開いたまま言葉を発せずに固まってしまったヘルムートさんをメイド然として見返した。


 「お代わりはいかがでしょう」


 私の言葉に覚醒したヘルムートさんは肩を震えさせ、瞬時に顔色を変えた。


 「貴様〜〜〜!」


 震える手からカップを離す際も、彼の気質が下品な音を鳴らすのを良しとしなかった。

 理性の人である。

 憤怒の顔は真っ赤に染まっているというのに、馴染んだ所作は洗練されてて天晴れだ。


 「ヘルムートさん、お忘れですか。 ルーリアですよ」

 「知っている!」


 野生動物さながら全身の毛を逆立てるように威嚇される。


 「だっていつも貴様としか呼んでくれないので忘れてしまったのかと」

 「私の夢の中に土足で入り込んで馴染んでこようとする奴に言われたくはない!」


 馴染んでいたのか。

 これ以上は彼の神経が更に擦り切れてしまいそうなので、とぼけた顔で受け止めた。

 それが災いしたのか、痛くはないが無言で頭を叩かれたのは腑に落ちなかった。


 「今日はお仕事じゃないのに何だかお疲れだったので。 夢でくらい、休んだっていいじゃないですか」

 「……だから茶を入れてくれたのか」


 憮然とした眼差しは私の横のカートに注がれている。

 実際、温かさも感じなければ匂いや味も記憶を頼りに擬似体感しているだけなので、現実のものと比べればこんなものは気休めにしかならない。

 分かっていても尚、出さずにはいられなかった。


 何かを言いかけて、口を閉じ。

 更に口を開いて、言いにくそうに「……その、なんだ……」と、無意味な言葉を発するヘルムートさんの様子に思わず顔がにやけそうになる。

 

 「ヘルムートさん」


 名前を呼べば、ピタリと止まった。

 一体何を言われるのだろうという疑心の目がこちらを捉えた。


 別に感謝して欲しい訳でもなければ、態度を改めて欲しい訳でもない。

 ただ私が勝手にしているだけであって、ヘルムートさんは私の勝手を押し付けられているだけである。

 それは出会ってからずっと変わらない。


 人が良いらしいヘルムートさんは私の一挙一動に常に振り回されてしまっているが、さらっと流して己を一番に考えて行動してもいいはずだ。

 むしろ私ぐらいは、もっと雑に扱ったってバチは当たらないと思う。


 「現実世界のこと、今だけでも忘れませんか?」

 「……何?」

 「ヘルムートさんの様子からご多忙なのは分かります。 それはもう痛いほど。 でも、常に気張っていてはそのうち潰れちゃいますよ」


 自覚があるのか、ヘルムートさんは苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らした。


 「……分かっている。 だが、気づけば日中の作業をここでも繰り返している。 前回は運良く夢の中での自我を取り戻せたが、毎回となると自信がない」


 確かに。

 忘れがちだが、こんなにも夢の中を自由気ままに遊び呆けていられる私こそが珍しいのである。

 それならばと、何かの縁が働いてしまったのはきっと意味があるのだろう目の前の苦労人と繋がってしまった夢に思いを馳せ、素晴らしい事を思い付いたとばかりに提案を持ちかけた。


 「では今後私が、夢である事を伝えに行きますね!」


 何て素敵なアイディア。と思ったのは私だけなのか、ヘルムートさんの顔色は大して良くならない。


 「どうしてそう楽観的なんだ。 これは私の問題。 貴様に面倒をみてもらおうとははなから考えていない」

 「いいえ、私の問題でもあります」


 言ってみろ、と顔に書いてあるヘルムートさんへ私は高々と宣言する。


 「だって私と遊んでくれる人がいません!」

 「またそれか!」


 空を飛んだり、好物に埋もれてみたり、憧れの世界に行ってみたり。

 私の邪な歴代の夢の数々を例に挙げ、いかにここが楽しく素晴らしいかを切々と語る私に、ヘルムートさんはそれはもう辟易とした表情で沈黙を貫いた。


 「ヘルムートさん聞いてますか?」

 「ああ、よく聞いている」

 「それなら私の言ったこと分かりましたね?」

 「ああ、貴様が欲望に魅せられて夢の中で無駄に能力を発揮している事は良く分かった。 こんな貪欲甚だしいメイドを雇う主人を思うと、何ともやるせない気持ちになる」


 目をぱちくりさせる。

 そのまま自分の足元を見おろすと、濃い緑色をしたスカートの裾がわずかにゆらめいた。

 

 「何か言いたいことでもあるのか」

 「そう言うヘルムートさんは使用人の使い方に慣れているみたいですけれど、やはり貴族の方なのでしょうか?」

 「……それを知ってどうする」


 彼の眇られた目は、私の一挙一動を取りこぼさないように見据えられている。

 

 王国筆頭魔術師は、現実世界では選ばれた者のみぞなれる特権階級だ。

 その者の力は一国を揺るがし、またその言葉は大きな影響力を持つ。

 それこそ、私のような身分の者とは本来顔を付き合わせる事すらはばかられる程に。

 言ってしまえば、雲の上の存在なのである。


 すでに私は彼の正体に気付いてしまってはいるが、身分など関係ない夢の中では不要だと、その事実をはなから打ち明けるつもりは無い。

 

 「今更ながら、言葉遣いを改めた方が良いのかと思いまして」

 「本当に今更だ」


 いつも失礼な態度ばかりですみません。

 口にする方が彼の神経を逆撫でしかねないので、こっそり胸の内で謝罪した。


 「最初の会話に戻りますが」

 「何だ」

 「紅茶のお代わりはいかがですか?」


 脱力しながらも、砂糖を一つ入れてくれ、と注文を入れる彼は少なからず夢を夢として楽しもうとしているらしい。

 時間が経っても昇る湯気から、大好きなダージリンの匂いがした気がした。










 その色を青漆せいしつと教えて貰ったエプロンドレスに身を包んだレベッカが、私の為に今日も寝覚めの水をグラスへと注いでくれる。


 「メイドの格好をしてるからって、メイドとは限らないのよね」

 「私はお嬢様のメイドです」

 「うん。 いつもありがとうね」




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