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観賞魚の夢



 赤く長い尾びれをゆらめかせ、見る角度によっては光って見える鱗をまとった体を波のように動かす。

 小指ほどの大きさの観賞魚たちが群をなして泳ぐ姿は、きらきらと小さな光が瞬いて、私の意識を奪っていった。


 なんて美しいのだろう。


 水槽などという小さな檻は存在しない。

 手を伸ばせば触れられる位置を、赤い観賞魚たちは優美に泳いでいる。

 私の足を八の字に避けたり、首のすぐ横を滑ってキャップのリボンをつついていったり。

 力強く泳ぐ様はどこまでも自由だった。


 一匹の観賞魚が私の顔の目の前までやってきた。

 私の鼻の頭にこつりと当たり、そのまま上空へと泳いでいく愛らしい姿に笑いがもれる。


 我ながら、あっぱれな夢だ。

 この観賞魚は実際今飼っている品種であり、品の良い赤が群をなす姿は想像以上に美しい光景になった。

 

 先入観のせいか何だか息苦しい気がして口を開くと、ゴポリと空気がもれてはるか先にある水面へと昇っていった。

 少し癖のある私の栗色の髪も、水の浮力を感じる様にフワリと波打つ。

 もしここが本当に水の中であれば今ごろ私は溺れているに違いない。


 「まるで巨大な水槽だな」


 突然背後から声をかけられた。

 油断していた私は、口から無駄な空気を大量に放出させた。


 「趣味が悪い」

 「こんにちは、ヘルムートさん」

 

 悪態を流して挨拶をするが、今度は彼が私の愛想をさらっと無視した。

 まったく、つくづく相性は良いとは言い難かった。


 「ところで、ヘルムートさんの夢はどうしたんですか? ここの領域は私の欲望のはけ口ですよ?」

 「……嫌な言い回しをするな」


 忌々しそうに歪められた顔は、以前机と膨大な書類を消し去った時と同じ顔をしていた。

 きっとまた夢でまでうっかり仕事をしてしまっていたに違いない。

 そこばかりは同情する。

 ただ今回は途中でそれが夢だと気付いたあたり、王国筆頭魔術師の名は伊達じゃないと感嘆した。


 「で、書類の山を親の仇を見るように睨みつけた後、自分の夢を握りつぶしてきたヘルムートさんは、ここにたどり着いたという訳ですか」

 「貴様、見ていたのか」


 すごい、当たっていたのか。

 答えずヘラリと笑ったら睨みつけられた。

 眉間の皺はもうデフォルトである。


 「魚、綺麗でしょう」


 ヘルムートさんの周りにも観賞魚たちがひらひらと踊るように漂っている。

 しかしそれを見つめる彼の目に温度は無かった。

 私は少しだけ意識を集中させると、彼の周りにいた魚が一斉にヘルムートさんの体をつつき始めた。

 

 「おい貴様、何をする!」

 「綺麗でしょう」

 「鬱陶しいたけだ! これを何とかしろ!」

 「綺麗でしょう」

 「たたみかけるな!」


 手で追い払われる魚も、若干顔を青くさせる彼も可哀想になってきた為、魚たちを上空へと浮上させてあげた。


 それにしても、貴様とよろしくする気は無い、ふん!だった彼が、どうしてわざわざ私の所へとやって来たのだろうか。

 声までかけて来て、少し想定外である。

 こちらとしてはゆくゆくは夢友達になるべく徐々に距離を詰めていこうと色々打算的な計画を企てていたわけではあるが、彼の性質上ゆっくりと時間をかけてゆくつもりでいた。

 それがまさか、この間の今日で向こうから歩み寄って来てくれるとは。

 嬉しい誤算で顔が引き締まらなくて困る。


 「おい、何だその顔は」

 「お気になさらず」

 「馬鹿にしてるのか」

 「いえいえそんな、馬鹿になど」

 「その態度が神経を逆なでしていると何故気付かない!」


 彼と仲良くなりたい私は、これ以上怒らせて関係を悪化させてはなるまいと頰を両手でグニグニとほぐした。

 すでに無視できない溝があるのは置いといている。


 すみません。と言えば納得して無いながらも、ふんっと顔を逸らした。

 この人は鼻を鳴らして返事をするのだろうか。

 そう解釈すれば、素直になれない弟のように見えてちょっとだけ和んだが、歳が一回りほど上に見える異性に対してそれはないなと思い直した。


 「……おい、この魚はどうやって出してる」


 よく分からない質問ににキョトンとした。


 「私が出したいから出してますよ?」

 「そうじゃない、具体的にどうやって具現化しているのかと聞いているんだ」


 私の目がパチリパチリと瞬く様子を、ヘルムートさんは苛々しながら見ている。


 「もちろんイメージして……」

 「イメージ? それはどの程度だ。 形状を寸分違わず熟知していれば良いのか? それとも、ものの仕組みまで理解した上で創り出しているのか?」

 「まさか! そんなたいそうなものじゃないです。 イメージはイメージです」

 「は?」

 「もちろん知らないものや人間のように個々の動きが変則的で細密なものは出来ませんが、普段から見慣れてるものならちょっとイメージすれば簡単に出てきますよ。 何て言ったらいいか……私は創り出したいものを思い浮かべて、目の前に存在した姿を想像してます」

 「簡単に……?」

 「はい」


 ヘルムートさんは何やら難しそうな顔で腕組みをしている。

 たまに眉間の皺をいっそう深くしては下方の一点を見つめる姿をしばらく黙って眺めていたら、集中力が切れたのか魚の数がぐんと減っていた。


 「もしかしてヘルムートさん」

 「おい貴様、何を言おうとしている」


 すごい。

 寸前まで思考の海に浸かっていた筈なのに急浮上してきた。


 「いや、ヘルムートさん。 まさか、」

 「いま貴様が考えていることは間違いだ」

 「いやだって」

 「違うと言っている。 喋るな!」


 何を言おうとしている。 とか言ってたくせに。

 口に出そうとすれば遮って、なんて理不尽なんだ。


 もしかしなくとも、ヘルムートさんはまだ夢を思う通りに動かせないのではないのだろうか。

 今も何やら真剣に考え込んでいるようで、その実、下方の一点を凝視しているのはそこに何かを生み出そうとしているようだった。

 しかし待てど暮らせど何もおこらない。

 無意識なのか目元に力が入りすがめられている。


 「ヘルムートさん、リラックスですよ。 難しく考えるから上手くいかないんです」

 「言われなくても分かってる」

 「じゃあ今やろうとしているのが難易度高いんじゃないですか? もっとやり易いやつにしましょう!」


 彼の矜持に響くのか、私のアドバイスに憮然とした面持ちになるが構うものか。

 夢をどれだけ満喫出来るかは現実のモチベーションにも大きく作用するのだ。

 是非ともヘルムートさんにもこの良さを分かってもらいたい。


 「いつもの机なんてどうですか? 夢の中でしょっちゅうかじりついてるから出し易いと思うんです」

 「好きでやってるわけじゃない!」


 迂闊な怒ワードを出してしまい、ヘルムートさんのやる気を削いでしまったため慌てて他の案を考えた。


 「だったらヘルムートさん、ペットは飼ってますか? もしくは昔飼ってたペットでもいいです」

 「……使用人たちが家の裏でこっそり捨て猫を飼っていたことがある」

 「まぁ! 正式な家猫にはしなかったんですか?」

 「皆んな私からの叱責を恐れ報告が上がってこなかった。 余計な事をすれば和が乱れると思い放置した」

 「……猫は、元気でしたか?」

 「元気であったのだろう。 よく飲みよく食べ、デブ猫になるのではと危惧したものだ。 最後にはメイド長の息子夫婦が引き取っていった」


 想像したらいい話すぎて泣けてきた。

 猫を放っておけない使用人たちももちろんいい人達だとは思うけれど、きっと猫と皆んなの為にヘルムートさんは悪役に徹していてくれたのだろう。

 それに猫の様子もきちんと把握しているあたり、他の人の目を盗んで見守っていたに違いない。


 もし現実で彼と知り合うことがあれば、使用人たちにヘルムートさんの優しさを力一杯伝えてあげることができるのに。

 確かに高圧的で歯に衣着せぬ物言いをするが、それだけでは測れないほど彼の心根は隠しようもなかった。


 うっかり目に涙を溜めてしまった私をヘルムートさんはギョッとしたように見返した。

 次いで、猫の話のくだりを思い出したようで、こちらを睨みつけながら顔を真っ赤にした。

 余計な事を喋ってしまった!という顔だ。


 「とても可愛がっていたんですね」

 「黙れ、忘れろ」

 「愛着がある方が記憶により鮮明に残っているはずです。 その猫を出してみましょう!」

 「貴様はつくづく私の話を聞かないな」

 

 ヘルムートさんは根負けしたように溜息をついた。

 しかし直ぐに気持ちを切り替えると、自身の足元に集中した。


 空間がぐにゃりと歪んだ。

 そこに現れてニャーと鳴いたものに私は口を押さえ、ヘルムートさんは戦慄きフラリと一歩後退した。











 観賞魚に餌をあたえるレベッカの様子を目で追った。

 夢の中で見たものと変わらない艶やかさである。

 

 提案を失敗した私が悪いのか、夢の中の自由度がまだまだ少ない彼が悪いのか、きっとそのどちらでも無かったのだと言い聞かせた。


 「人には向き不向きがあるのね」

 「……私に何か粗相がございましたでしょうか」

 「いやいやっ、ごめんなさいレベッカじゃなくてね。 歴代最強と言われても、一筆書きの平面はちょっと面白かったなって」




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