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雲の夢




 モクリ、とした感触が右手に伝わる。

 もう少し大きくしようと空中に漂う雲をちぎる様に拾い集め、目の前のひときわ大きな雲に肉付けた。


 今日の夢の中は、一面の青空。

 見上げても見下ろしても、ひらけた視界は全て青く澄み渡っていて、無いはずの地に足は付いているものの、まるで空に浮いているようだった。

 そこら中に綿あめのような雲が漂い、息を吹きかけて飛ばしたり、手を突っ込んで癒されたりと、既にさんざん楽しんだ後である。


 今は雲を寄せ集め、飛行する為の土台を作っているところだった。

 ようやくベッド2つ分程の大きさになったところで、体重をかけてみて安定の具合を確かめる。

 もちろん雲から落っこちたところで夢の中で死ぬ事はないが、出来れば心の平穏は守りたい。

 いついかなる時も、そこが夢の中であろうと、私は石橋を叩いて渡る人間なのだ。


 「さて、出発しますか」


 エプロンドレスの裾をたくし上げ、大きくジャンプをして雲へと乗り込んだ。

 勢いよく乗った反動で雲の一部が舞い上がった。

 ぐんと上昇すれば、さっきまで居た場所が途端に小さくなり、私は胸を踊らせずにはいられない。


 なんて気持ちが良いのだろう。

 ゆるやかな風が私の栗色の髪をなびかせた。

 肌をすべる風は優しくて、一度大きく体を伸ばして全身で受け止めた。


 はっ、と思い出す。

 うっかり本来の目的を忘れるところだった。


 乗っている雲の端まで這いずり下を覗く。

 どちらが上なのか分からない程の青空が広がっており、漂う雲の隙間を注視するもいかんせん雲が多すぎた。

 手のひらにポンと現れた扇子で大きく一振り。

 途端に雲は突風に煽られ、散り散りに去っていった。


 広がった視界の先に、さっそくその姿を発見した私は雲の降下を試みる。

 フヨフヨと迷い無く行き着く先は、黒髪のあの男の人の所だった。


 男はすぐ後ろに降り立った私には気付かず手元を動かしている。

 相変わらず机にかじりついている様子であり、以前は分からなかったが男の足元や机上に書類が山のように築かれていた。


 彼は飽きもせず、一体何をそんなに根を詰めているのだろうか。

 男の手元を覗き込む。

 やはり気付く様子は無い。

 何をしているのだと思い、今広げられている書類の冒頭を読み上げた。


 「〝王子教育に食育を組み込むメリットと、その実施案〟……?」


 なんだそれは。

 ふむ、と顎に手をやった所で男の肩が飛び跳ねた。


 ちょ、こっちまでビックリした。

 むしろ体も少し浮いたんじゃあなかろうか。

 それくらいの衝撃だった。

 

 整った顔が私を振り返る。

 男は信じられないものを見たとばかりに顔を歪め、続いて不審者を見る顔つきに変わった。


 「何だ貴様は、どうやって私の執務室に侵入した」

 「何って、雲に乗って」

 「……何を言っているんだ。 おい、誰か」


 嫌だこの人、私の存在に気持ち悪そうに身じろぎしてる。

 本気の不審者だと思っているらしい男は、あたかも今までそこに存在していたかのように突然現れた扉の向こうに向かって声を張り上げた。


 「おい、誰かいないか!」

 「誰も来ませんよ」


 今の私は、男にとって完全なるイレギュラーである。

 未だ夢だと気付いていない男は、自分のテリトリーに突如侵入した私をヤバい奴だと思っている。

 しかも今の会話の流れだと、扉の外で中の主人を守っていた者たちをも制圧した手練れである。

 それカッコいいかも、と喜色を浮かべかけたが、男の顔が警戒心丸出しでジリジリと後退し出したので、そろそろ状況を説明してあげることにした。


 「見てください、下」


 私の動きを警戒してなかなか視線を動かせないのか、男の目元にグッと力が入る。

 しかし何か異変に気付いたようで、眉を寄せた後、目線のみ下へ向けた。


 「……な、何だこれは……!」


 そりゃあ、その反応になる。

 なんせ空の真っ只中に私たちは立っているのだから。


 「幻術か!?」

 「違います、夢です」


 理解できないという男の視線とぶつかった。


 「だからここは、夢の中なんです」


 ……夢?と口の中で反すうする男は、状況を飲み込もうと周りを見回した。


 「一応ここ、私の夢の中のつもりなんですけどね。 少し前から貴方が夢の中に登場するので、今日は声をかけてみました」


 頰をつねってみてください。と促すと、男は言われるがままに頰に痛みを与えていた。

 

 「何だと……、本当に痛くない」


 それはそうだ。

 何てったって夢なのだから。

 私は満足してウンウンと頷いてみせた。


 「しかしここは何だ? 貴様の夢の中だというが、どうして私が貴様の夢に現れなければならない。 貴様こそが私の夢を侵食しようとしているのではないのか」


 言われた内容よりも、貴様って3回も言われた事の方が気になる。

 ずいぶんと尊大な態度である。

 立っている男の服装を正面から見てもやはりずいぶんと質が良いし、さっきの書類の内容でやんごとない立場にある人っていうのは十二分に分かるんだけどさ。

 それにしたって高圧的というか、目がゴミ屑を見ているようにすがめられている。

 この場合、ゴミ屑は私なのでできたら勘違いの方向に持っていきたかったが、歯に衣着せぬ男の口調はとどまることを知らなかった。


 「おい、聞いているのか」

 「はい、聞いておりますとも。 しかし私にもどうして私たちの夢が繋がっているのか分からないんです。 むしろ、貴方が私の夢の産物であるほうがしっくりくるくらいには、今の状況の説明がつきません」


 そうなのだ。

 私は夢とは睡眠中に起こる幻覚だと思っている。

 意識というのは他人に侵入させない不可侵の領域。

 本来であれば、夢とは、それを見ている人間のみが作り出す事ができるものである。


 そして目の前の彼と対話してみて確信したのが、彼は私が創り出した人間ではないという事だ。

 何故なら、私にはこんなにも精巧で、人間的・・・な人間を創り出すことは不可能だからだ。

 予想外の反応はするし、彼の造形、服装、ペン立てや机に至るまで、見たこともない程の美しさは、到底私ではイメージすることすらままならない。


 だから私は、自分の中で矛盾を生じさせながらも、これは面識のない私たちの夢が何らかの要因によって重なってしまったのだと結論付けた。


 「ふんっ。 そうだな、私も貴様のような頭の悪そうな奴を夢で作り上げてしまったとは考え難い。 奇妙な巡り合わせだ」


 幸せが逃げていってしまいそうな溜息を吐き出し、男は背後の机にもたれかかった。

 足元の書類をうっかり蹴ってしまったようでカサリと鳴ると、その存在に男が瞬時に怒りをあらわにした。


 「忌々しい!」


 ドン、と机を叩くと、次の瞬間には机と書類一式が跡形もなく消えた。


 「消しちゃって良かったんですか」

 「夢の中でくらいあんなものは見たくない」


 お疲れ気味のご様子。

 夢の中で見るたび仕事に熱中してた事から、男の現実での多忙や苦労がうかがい知れた。

 

 「それなら今から楽しみませんか? 雲に乗って空を飛ぶって気持ちいいですよ!」


 もしやこれは夢友達ができるかも! と興奮を抑えて提案した。

 ちょっと前のめりになってしまうのはご愛嬌だ。

 ようやくこの楽しみを分かち合える人が現れたと目をきらめかせたが、男は私の顔を一瞥するなり、フンっとバカにしたように顔を逸らした。


 「断る」

 「え、何でですか。 せっかくの夢の中てすよ。 これが夢だって認識してるなら、今なら何でもできちゃいますよ。 暴君ですよ」

 「興味はない」

 「興味はない……!? 貴方、それでも人間ですか? やっぱり私が創り出した有象無象」

 「全ての人間が貴様のように卑しい願望を解放したいと望んでいると思うなよ、小娘!」


 ピシャリと拒絶され私は閉口した。

 それならばもうしょうがないと諦め、未だフワフワ浮いていた雲に乗り込んだ。


 「本当にいいんですか?」

 「くどい」


 これはもう何を言ってもダメだ。

 流れる雲の上でまどろむべく浮上しようとしたところで大事な事を忘れていたのに思い当たった。


 「そうだ、忘れてました。 自己紹介がまだだったので、お名前を教えていただいてもいいですか」


 男はムッとしたように目を細めた。


 「それこそ必要ない」

 「そんな事ないですよ。 もしかしたらまた夢の中で会うかもしれないじゃないですか。 これが現実に影響を及ぼさないとも限らないし、お互いの事は少しでも知っていた方が良いと思うんです」


 男は思う事があるのか、僅かな時間目を伏せて考えた後、胡乱げな眼差しを若干残したまま口を開いた。


 「尋ねてきた貴様から名乗るのが筋じゃないのか」

 「あ、そうですよね、すみません。 私はルーリアと言います」

 「……ヘルムートだ」


 ヘルムートさんですね。 もしかしたら今後もお付き合いがあるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。

 ここまでを一息で言い切り、返事も聞かずに雲を急上昇させた。

 言い逃げである。

 だってそうしなければ絶対「よろしくする気は無い」とか跳ね返されそうだったし。

 案の定、下方で米粒大になったヘルムートさんが此方を見上げてなんか騒いでいた。

 あれはきっと、想像通りの事を喚いているに違いない。


 私は拒絶を受けながらも、まさかの夢の中で実在する人間とのコンタクトが取れたことに大満足した。










 はたり、と今更ながらの疑問が湧いた。

 書類にあった〝王子〟の文字。

 皺一つ見当たらない全身黒で統一された質の良い制服姿。

 胸元には身分を明かすシルバーの勲章がきらめいていた。


 「ねぇ、黒髪で男前でそれなりの立場にいる人間で、ヘルムートって名前の」

 「きゃー! ヘルムート=ヴァレンシュタイン様の事ですよね! 最年少で王国筆頭魔術師の! 実力は歴代最強であり、何よりあの美貌は国をも落とすとも言われているんですのよ。 わたし、ファンなんです!」

 「いつになく被せ気味にまくし立てるわね」




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