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お姫さまの夢




 私は夢の中を自由に創造できた。


 通常夢というのは曖昧で、その時々の精神状態や環境に応じて、本人の希望の有り無しに関係なく見るものを変える。

 そして条件が似通えば、人々が見る夢というのも似通ってくる事もたまにある。


 例えば、子供がおねしょをしてしまった時は、水を浴びたり水の中に潜ったりする夢を。

 少女が想い人といつもより少し長く会話できた日は、その相手と二つも三つも仲が発展した夢を。

 男が苦手な上司と翌日一緒に行動をとらなければならない事が確定すれば、夢の中で上司は三つ子であった。


 多く聞くのは、目覚めてしばらくすれば夢の詳細が薄れて行き、ついにはどんな内容だったのかとうとう忘れてしまうそうだ。

 もちろん覚えている事もあるが、現実には一切介入しない幻のようなものなのだ。

 夢と現実を混同させてしまう人間はそうそういない。

 それだけ夢とは非現実的な空間と言えるのかもしれないと思う。

 

 仮想の空間なのだから、好きなもので塗り固められたらどんなに素敵だろうか。

 それができれば、人は悪夢などという恐ろしいものを見なくて済む。

 それくらい望んだってバチは当たらないだろう。


 だから私は特訓した。


 元々、例外なく夢を夢として認識する事ができた。

 ベッドで眠ると、私はいつのまにかどこか歪な世界にいて、漠然と夢の中であることを理解していた。

 まだ夢の世界が自分の思い通りにならない頃は、気づけば開かれた巨大な絵本の上に立って物語の登場人物の服を着ていたり、ずいぶんと昔に死んでしまったペットのペロペロが鼻息荒く私の足下を駆け回ったりという夢を見ていた。


 父や母に夢の話をすると驚かれることが多かった。

 それと言うのも、夢の中で、そこが夢であると認識したことはないというのがみんなの主張であった。

 だから、夢を夢として走り回ったり空を飛んだりできる私は、己の特技に手放しで舞い上がった。

 今では、無限に創造できる素晴らしい夢を漂っている。










 ちょっと少女趣味すぎたかしら。

 ふわふわのレースをふんだんに使った淡い水色の可愛らしいドレスに身を包む私は、到底似合っているとは思えないながらも、まぁ夢だし、と切り捨てた。

 こういうのは気持ちなのよ、気持ち。

 私かわいい!って自己暗示をかければ、とりあえずは心の平穏は保たれているので良しとした。


 聞こえた馬の蹄の音のする方向を見上げる。

 夜空を道にして馬車がこちらへと駆けてくる。

 優美な白いたてがみを翻し、白馬は一度大きくいななくと、私の前で静かに停車した。

 御者はいない。

 二頭四輪の馬車には御者席はあるものの、誰も乗っていない。

 あくまでも私の創造した世界である夢の中は、もちろん人間も登場させることができるのだが、何か違う。

 イメージしやすい身の周りの人を配役に抜擢すれば違和感がぬぐい切れず、じゃあ全くの他人をと思っても一から見知らぬ人を創造する事の難しさは、一度子供の落書きのような人間を生んでから辞めた。

 あれはちょっとトラウマになった。


 それからというもの、私の夢の中にはほとんど私以外の人間は現れない。

 こんな私利私欲甚だしい中に誰かをぶっ込むというのに気が引けたというのも一つの理由ではあるが。


 馬車の扉がゆっくりと開く。

 車内に身体を収め、座るとゆっくりと動き出した。

 窓から外を見ると、落ちてきそうな場所にも輝く満天の星。

 窓の縁に手を添え、その上に顎を乗せた。


 「美しい景色、煌びやかな馬車。 中には砂糖菓子のようなお姫様。 姫は王子様をご所望ですよー!」


 もちろん返ってくる言葉はない。

 ここは昔好きだった“薔薇王国とうたかたの王子”という絵本を再現した夢である。

 風景上出来。

 馬車は歴史図鑑を熟読した。

 ドレスに至っては、よーしよしよししてもいいくらいの満点である。


 しかし王子は不在である。

 サラサラのブロンドに、エメラルドの瞳。

 女の子たちが夢見るような王子様然としたこてっこての王子が、ここに不足していた。

 絵本の中で柔らかいタッチで描かれた王子しか知らない私は、想像しても三頭身のかぼちゃパンツしか思い浮かばない。

 王子を造る。

 それは悪夢の再来を意味していた。


 しばらく道なりに馬車を走らせていると、夜空の星が不自然に途絶えている事に気付く。

 きらきらと眩い星たちが、切り取ったかのようにスッポリと失われていた。


 「え? 失敗した?」


 今までこんな事はなかった。

 想像すれは、それは夢の中で実に見事に仕上がっていた。

 だからあんな、途中でぷっつりと無くなるなんてちょっと考えられない。


 「白馬さん、全力前進!」


 それまでの闊歩から駆け足に変わると、馬車は風をきるように進んだ。

 夢は夢であるように、殆ど振動もなく快適である。


 星が途絶えている場所に近づくにつれ、それがただ単に星が無くなっているのでは無い事に気付く。

 あれは、夜空自体が途切れているのだ。

 障害物があるかのように、それ以上私の夢は進めないでいるようだった。

 道も、木々も、全てがある境目でプツリと途切れている。

 こんな事は初めてで、徐々に近づいてくるのを馬車の中から言葉を無くして見つめた。


 しばらくして、カツンという馬の蹄が鳴り止む。

 勝手に開いた扉から降りると、近寄って不可思議な場所を見上げた。


 これは、壁だ。


 向こうとこちらで分け隔たれていた。

 私が立っている側は私の夢の中。

 薔薇王国とうたかたの王子をモチーフにした、少女なら一度は憧れる世界。

 しかし、まるで薄く透明度の高いガラスで出来たような壁の向こうは、混じり気のない暗闇であった。


 ペタペタ触ってみるが、亀裂も無ければ取手口も無い。

 じゃあ穴は? と探しても、やはりそんなものはどこにも見当たらなかった。


 無意識のうちに創造してしまったのだろうか。

 隔たれた先の一面の暗闇。

 何それちょっと自分怖い、と思ったところで一箇所ほわりと明かりが灯っている所を発見した。


 あれはもしかして、人だろうか。

 凝らした目で捉えたのは、こちらに背を向ける人の姿であった。

 どうやら椅子に座り、机に向かっているように見える。


 自分の夢の境目を見つけた事にも驚いたが、まさか自分が把握していない人間がいるなんて。

 拳で見えない壁を叩いてみるが音すら響かない。


 「あのーっ、こんにちはー!」


 ずいぶん声を張り上げたつもりでも反応は無かった。

 どうしたものか、と思い壁を押すと、グニャリ、とへこんだ。

 慣れないドレスを着ていた私は体の支えが不安定になり、持ち直す間もないまま転倒した。










 眩しさに、重い瞼を持ち上げる。

 暖かな陽気がふわりと頰をなでた。

 おはようございます、と言われて、私は一つ欠伸を噛みしめた。


「今日、夢の中に人がいたわ。 それもきっと知らない人」

「知らない人、ですか?」

「そう。 だって私、あんなに美しい闇夜の髪の人なんて知らないもの」




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