2056年
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-2056年4月21日 10:45(協定世界時+1)-
『そこでパパは、ママを狙う悪人どもを千切っては投げ、投げては千切り…』
――またパパがあの話してる
幼い頃から何度も聞かされた話だ。
でもアレは嘘に違いない。そうクロエは思う。
もうあんな嘘には騙されない。何と言っても今年中には10歳になる。そしたらもう、大人なのだから。
「クロエも近くで聞いてきたら?大好きなお話でしょ」
ママは分かってない。もう私はあんな嘘に騙される程、幼くないんだから。
「ママはどうしてパパと結婚したの?」
そう言うと、ママは少しビックリしたように目を見開いて、花が咲くように微笑んだ。
「んーそうね。決定的だったのは、私を信じてくれたことかな」
ママはパパにはもったいない。
美人だしスタイルも頭も良いし強いし。
パパはひょろ長くて目も細いし、肌も黄色い。そして腕相撲では私に負ける程、弱っちい。
幼い頃から”パパに似てる”と言われるのが残念だった。自分の一重の目が嫌い。自分の色の薄い肌が嫌い。ママに似たかったのに。
一方、パパの話を笑いながら聞き入ってる弟は、まだまだ子供だ。
なんてったって、まだ5歳なんだから。
なのに弟はママに似てる。悔しい。
「ママは、他に好きな人はいなかったの?」
「ママ、あまり男の人と縁が無かったのよ」
――嘘だ
前に、ママとパパの部屋を探検した時に見たことがある。
ママが男の人と写ってる写真。
私の手が届かない高い棚の上にあったけど、よじ登って見つけた古い携帯ディスプレイに有った。
凄く嬉しそうに笑ってるママをハグしてる男の人。
黒い肌で、とってもハンサムで、スタイルもスーパーヒーローみたい。
その人は、その1枚にしか写ってなかった。
名前も消されてて、判らなかった。
気になって、ノートの削除済みファイルを解析したら、その人の写真がいっぱい出てきた。
パパと一緒に写ってる写真も有った。
ママと一緒に写ってる写真も有った。
ママやパパが”所長”って呼んでるおじさんと一緒の写真も、サイム博士と一緒の写真も有った。
そして、お猿さんと一緒に写ってる写真も見つけた。
サイム博士とお猿さんは、月から人類を支配してるって色んな本に書いてある。
学校の先生もそう言ってた。
でもママはそう思ってないみたい。だから私の判断は、まだ保留中。
パパもそう思ってないみたいだけど、それはどうでも良い。
写真の中のサイム博士もお猿さんも、とっても優しい顔していた。
削除された写真を見た事は、誰にも言ってない。
一緒に探検してたレルンが、”この件はくれぐれもご内密に”って言ったから。
レルンはウチの可愛いペット。
フワフワなネズミさん。
彼女が話が出来るってのは、私だけの秘密。
パパにも、ママにだって内緒。
とにかく、ママにはパパよりあのハンサムさんの方がお似合いだと思う。
そうだったら、私の肌ももっと黒くて、目も二重でぱっちりしてた筈なのに。
とにかく、ママは最高でパパは中の下くらい。
「そろそろ降りる支度よ」
ママがパパに言う
電車がそろそろミュアンダに着くみたい。
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-2056年4月21日 12:35(UTC+1)-
レストランでお昼ご飯を食べた後、みんなで海に行った。
パパは海に来る度に砂浜に座って、ボーっと遠くを見る。
雨の時も傘をさして、遠くを見てる。
あれ?
昨年海に来た日も4/21だった。
一昨年もそうじゃなかったっけ?
パパに何してるか聞きに行こうとしたら、ママに止められた。
「パパをそっとしといてあげて」
「どうして?」
私はママに聞いてみた。
どうして毎年、この日に海に来るのか。
どうして毎年パパは、北西の方を眺めてるのか。
どうしてパパは、ちょっと悲しそうな顔をしてるのか。
「それは、パパの秘密」
ママはそう言う。
「ママはその秘密を知ってるけど、知らないフリしてるの」
どうして?
「それは、パパが秘密にしときたい事だから」
それってまさか、浮気!?
パパはこんな美人なママがいるのに、すぐ他の女の人に目を取られる。
もしママを泣かしたら私が承知しない。そう思ってるけど、ママが平気そうだから許してあげてる。
「浮気なんかじゃないわ」
もっと――
悲しい事だってママは言ってた。
寂しそうな顔で。
「あ…」
弟が、とことこパパの方に歩いて行く。
引き止めようとする私をママが抑えた。
「良いの。良いのよ」
弟がパパの隣に座ると、パパが振り向いて弟を名前を呼んで――
パパは泣いていた。
「さて、アイスでも食べに行こうか」
ママに手を引かれて、2人で波打ち際から離れる。
ふと思い出した。
弟の名前をつけるとき、ママとパパが喧嘩してた事。
ママが言った名前にパパは猛反対してた。
いつもの通り、結局ママが押し切ったけど、あんなパパを見たのはあの時だけ。
ママに手を引かれてカフェに入るとき振り向くと、パパはもう全然泣いてなくて、弟と追いかけっこしてた。
甲高い声で弟が笑う。
弟の――デジレが。




