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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第二章 禁じられた超人
8/81

櫻井、誓いを立てる

『もしこの事が外部に漏れたら、その子は殺されちゃうわ』

思わず櫻井はポケットを手で覆う。

『こんな可愛い子を、そんな目に合わせたくないでしょ?』


櫻井がポケットを覗くと、アルが覗き返してきた。

「ああ、大丈夫。そんなことはしないよ」

櫻井は優しくアルに言う。

子供と動物には優しい男なのだ。ただし女には野獣。


「この子は自分の名前が分かるみたいだ。遺伝子操作で、こんな知能が高いネズミができるなんて」

なぜか、微妙な空気が流れた。

『ほな、契約成立や』

一転して、にこやかになるデジレ。

『今日からバリバリ働いて貰うでぇ』


『まず、皿洗いね』

『洗濯物も溜まってるんや』

『図書室の片付けもして欲しいな』

『桜井君、君は帳簿がつけられるかな?』


さーさーこっちへ。どーぞどーぞ。


先日は立入禁止だった部屋に櫻井は案内される。

そこは秘密の研究室などではなく食堂。ただし、大変なコトになっていた。

--どうしたら、こんなにちらかせるんだ?


『食事しとると、ピンと閃くことがあるんや』

『それで、食事どころじゃなくなって』

『とにかく、食器洗浄機はここにあるから。じゃーねー』


「ここにあるからって言われたって…」

その機械は、洗うべき食器に囲まれて蓋も開けられぬ有様だった。


========


-2045年8月10日(木)12:45-


『きれいな食堂で食べると美味しいわね』

--だったら何とかしようと思わなかったのか?

そんなセリフが喉下まで出かかったが、飲み込む桜井。

ついでにサンドイッチも飲み込む。


「美味いな」

『でしょ!』

自慢げに言うジュリア。

『なに言うてんねん、キミは作ってないやろ』

すかさずツッコむデジレ。

「じゃ、誰が作ったんだ?」


--なぜ空気が凍る


櫻井の、なんてことない言葉に固まる4人。

『ところでジュリア、昨日貰ったこの予算申請だが…』

--しかも、無理矢理話を変えたー!


所長とジュリアが予算交渉している横で、サイムとデジレは技術用語満載の話を始める。

手持ち無沙汰な櫻井は、なんとなく指に触れた毛皮をモフる。

--ん? 俺は何をモフってるんだ?


指先を見ると、アルが甘えてた。

『アル!』

『こいつ、また逃げ出しよった!』

大騒ぎである。


『だめ。この子、ケージのシリンダー錠を解錠してるわ』

携帯ディスプレイ(ノート)で録画映像を確認したジュリアが頭を抱える。

『想定以上の知能だ』

興味深そうにサイムがアルを見つめる。


『もし、研究所の外に逃げ出したら…』

『いや、それはない』

所長が断言する。

『マウスには特注のタグを埋め込んである。そのタグが近くにあれば、外部へのドアは開かない』

あのタグは高価だった、とコボす所長。涙もこぼさんばかりの勢いである。


『ジュリア、アルは研究所内で放し飼いにしてはどうだ?』

サイムの声を聞き、うんうんと頷くアル。

「間違って踏んじゃうことは無いかな?」

櫻井の声に、首をかしげるアル。

『ヒトに踏まれるほど、マウスの反射神経は鈍くないわ』

ジュリアの声に頷くアル。


--こいつ、言葉が分かるのか


名前どころじゃなく、明らかに言葉を--フランス語を理解している。

櫻井の言葉は日本語だから、理解できていないらしい。

櫻井はノートの発声モードを起動する。


「研究所の外に出たいのか?」

『Voulez-vous sortir du laboratoire?』

ノートが櫻井の言葉をフランス語の音声に変える。

と、首を横に振るアル。


「研究所内で遊びたいだけか?」

『Voulez-vous jouer au laboratoire?』

うんうんと頷くアル。


気付くと、4人が櫻井を見つめていた。ガン見である。

『ダメや。こら誤魔化しきれんわ』

デジレがジュリアの肩に手を置く。

ジュリアは頭を抱え、ため息をついた。


========


2003年、ヒトゲノム計画によりヒトの全塩基配列が解析された。

2005年、チンパンジーの全塩基配列が解析された。

2006年、ヒトとチンパンジー、及び脊椎動物の塩基配列を比較した結果、ヒトだけに差異がある配列を見つけ出した。

ヒト加速領域(HARs)(Human accelerated regions)と呼ばれる領域である。


特にHAR1と呼ばれる106文字の領域は、ヒトとチンパンジーで18文字異なり、その差異がヒトの脳を発達させている。

『アルは、そのHARsを改変されたハツカネズミよ』

「ひょっとして、俺たちと同じ配列に?」

ジュリアは、ふと所長を見た。

『ヒトと同じではない』

所長が後を引き継いだ。


『最初に創ったS(スーパー)マウスは、確かにヒトと同じHAR1を持っていた』

--最初に?

『2016年の事だ。まだ私が学生の頃だよ』

--俺の生まれた年、つまり30年近く前だ


『その配列を基に、一部を変えた第2世代を創った』

『HAR1の様々な部分を変えてみて、最も知能の高いSマウスを次の親にしたんや』

デジレが後を引き継ぐ。

「遺伝的アルゴリズムで、知能を高める遺伝子を求めたのか」

『まぁ、そういうこっちゃ』


人為的に突然変異させたマウスを多数創り、その内で知能の高いものを選択する。

選択したマウスの遺伝子を少しだけ変異させたSマウスを多数創り、知能の高いものを選択する。

人工的に進化を加速させ、知能を高めたマウスを--知能を高める塩基配列を創ったのだ。

もしその塩基配列をヒトに導入すれば、知能が更に高くなる可能性がある。

そのヒトは、人間以上の存在になるだろう。


『伝統的に、各世代で最も知能が高いSマウスを"アルジャーノン"と名づけとる』

『彼の正式名はアルジャーノン012Y。12代目のアルジャーノンよ』

そのアルは、櫻井の指でころころ遊んでいる。


「彼の知能は、どのくらい高いんだ?」

知能指数(IQ)は約40。知的障害のヒトと同等だ』

補助を受ければ、人間の生活ができるレベルだ。


『もしこの事が外部に漏れたら…』

「大騒ぎどころじゃないな。言葉を理解する動物。しかもネズミ算式に増える動物が解き放たれたら、人類滅亡の危機だ」

『そこは大丈夫』

と、ジュリアが胸を張る。

『私自身が執刀して去勢してあるから』


キュンッ


櫻井の胸がトキメいたワケではない。

もっと下の部分が縮こまった音である。


『彼だけでなく、全ての雄は生後まもなく去勢してる。繁殖することは無いわ』


キュキュンッ


4人ほど、男たちが青ざめる。

『せやからな』

「この件はくれぐれも内密に。約束する」

固い誓いを交わす男たちであった。

次回は9/30頃

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