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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第十章 ワシントン流星雨の日
79/81

人類、死中に活を求める

========

-2046年7月20日 19:45(東部標準時(EST))-


米国ホワイトハウス、西翼の地下にある危機管理(シチュエーション)(ルーム)


エドワード副大統領(VP)が聖書に手を置き、会議開催を宣言した。

長い机の片側には、エドワードVPを含め政府及び軍部高官が並んでいる。

もう片方には、櫻井の姿が1つだけ。

彼が魔法の指を振ると、シチュエーションルームの機能が――米国の情報管理機能が復活した。


米国内の基地、監視カメラ、センサから状況が飛び込み、処理され、整理され、壁に設置されたモニタに映し出される。

電気を失い、あらゆる制御を失った米国。

だが、国民(アメリカ)は保っていた。米国民の誇り(アメリカンスピリッツ)を失わず、治安は保たれていた。

辛うじて。


一方、合衆国(US)は――政府は壊滅的だった。

全ての統制が崩壊し、州ごとに分裂し、州は街に分裂し、職員は散逸していた。

軍は統制は何とか保っていたものの、通信網喪失の影響は大きく、有事に向けた統合的な対応は不可能な状態だった。


アメリカ合衆国(USA)を崩壊させた悪魔、その使者が目の前に居る。


『それでは、交渉を始めよう』

エドワードVPが戦いのゴングを鳴らした。


========

-2046年7月20日 20:15(EST)-


エドワードVPは困惑していた。


相手の非を突き、矛盾を示し、情に訴えた。

恫喝し、賄賂をちらつかせ、脅迫も辞さなかった。

なのに、目の前の男は動揺しなかった。

イアフォン越しに状況を伝えるスタッフからも、彼に動揺が無いことを示された。


確かに、彼我の科学技術差は圧倒的だ。

潜在的な武力も、おそらく比べ物にならぬだろう。

だが交渉は科学技術とは関係無い。

武力は、交渉の為の武器にはなるが、万能では無い。

論理すら武器の1つに過ぎない。


交渉は、人間対人間の感情が左右する戦いだ。

そしてエドワードVPはその戦いの熟練者であり、対する使者(サクライ)は専門的訓練を受けた事も無い一般人だ。

にも関わらず、こちらの攻撃は相手に届かず、相手の攻撃のみがこちらに動揺を生む。


――この男、本当に魂を悪魔に売ったのか?


エドワードの皮膚は、抑えようとしても抑えきれぬ怖れに鳥肌を立てていた。

「繰り返しますが、我々の指示は唯1つ」

目の前の男は、感情を見せぬ目をエドワードに向ける。

「政府全ての権限を、政府AI(B・B)へ委譲して下さい」


下さい(プリーズ)”と、口調こそ丁寧だが、この男には心が無い。

何を言う時も、何を言われても表情を変えず、汗も浮かべず、指先の震え1つも無い。

癖なのか、時折鼻をヒクつかせる以外には顔を動かさず、何か動作もぎこちない。否、動作自体は滑らかだが、違和感がある。


この男は人間では無い。エドワードの脳の奥底、獣だった頃の本能が訴える。自分の同種では無いと。

同時にエドワードは確信する。

この男に、この男の背後に居る悪魔に、世界を渡すことは出来ない。


この男に心は、魂は無い。

魂無き者に、人々の生活を、国民の人生を託すことは出来ない。

いくら弁を尽くそうと、この男は一歩も引かない。

そして引く必要が無い程の力を持っている。


――此処が分水嶺だ

エドワードは確信する。

人間として死ぬか、人の形をした肉として生きるか、その選択を行うのは今、この瞬間だ。


エドワードVPは、左側へ座る軍部に手話で指示を送る。

その指示に従い、メリッサ・リチャードソン大将が立ち上がる。

胸元から右腕が上がり、拳銃(M11)の9mm銃口が使者に向けられる。

『我々の応えも唯1つだ』


『人類は決して諦めない。必ずお前ら猿共を倒し、世界を取り戻す』


その会議室に居る者が次々に立ち上がる。

右腕が、左腕が上がり、白い手が、黒い手が、黄色の手が銃把を握る。

全ての銃口が向けられた男は、それでも動揺の欠片も見せず、肩を竦める。


「私の背後に居るのがSボノボだ、と今だに思ってるのですか?」


次の瞬間、シチュエーションルームの全モニタに、黒い顔が映った。

メリッサ・リチャードソン大将の目が見開かれる。

彼女はその男を知っていた。


現実と事実の狭間に位置する男。

米国陸軍兵士であり、人類の敵。

人類と変わらぬ外見。だが彼は人でない。

その胸に心は無く、魂も持たぬ男。

『そう、私だ』


デジレの顔を持つ男(No.5)がモニタの向こうから言った。


========

-2046年7月20日 20:25(EST)-


『Sボノボは暴力を好まない』

人類(ヒト)と分岐した後、どこかの時点で起きた突然変異。それがボノボから攻撃性を大きく失わせた。


『だが、我々は違う』


No.5の背後から次々に黒い肌を持つ者(ネグロイド)が現れる。

42の人の形をした肉。

創られた生命。

社会が修正せねばならぬ現実の瑕疵。


『諸君らは我々を滅ぼそうとした』

シチュエーションルームに居る者は、誰も何も言わなかった。

言えなかった。

それが真実だったからだ。

今、この瞬間も、それを願って止まないからだ。


『斯く在る時を予想していたか。だが、もう遅い』

No.5、そして他の41個体の双眸は、冷酷に米国社会の頂点に立つ者たちを見据える。

『Sボノボは、交渉が決裂したなら米国を我々に任せてくれると言った』

No.5がカメラの前を譲り、女性の1個体が正面に立つ。


『月の無慈悲な夜の女王――Sボノボが無慈悲になれると思って?』

「思いません」

空気を全く読まない櫻井の声だけが響いた。


ガタン


誰かの手から拳銃が落ち、床に転がる。

部屋の奥に設置されたモニタのみが画像を変え、米国の地図が映される。

その上の数十箇所に印が付く。

米国内の全ての軍事基地の上に印が付く。存在すら機密の基地も含めた全てに。

その内の1つは、ホワイトハウスの場所に付いている。


『交渉は決裂したようね』

歌うように、モニタの中の女性が言う。

「残念ながら」

何事も無かったかのように応える日本人。


エドワードの脳裏に、ロンドンで猿の写真が撒かれた事件が蘇る。

敵は月から、ピンポイントで砲撃ができる。

大気圏突入時の速度はM(マッハ)35。

迎撃する術は無い。

世界最強の軍隊は、何も出来ぬまま全ての兵力を剥奪される。

その後は――


エドワードの脳裏に、米国の歴史が蘇る。

17世紀、それから19世紀に至るインディアン戦争の歴史だ。

銃と疫病によるアメリカ先住民族の浄化――否、虐殺と奴隷化の歴史だ。

それが繰り返される。何十倍の規模で。


『未だだ』

震える声でエドワードVPは告げる。

『未だ交渉は続いている』

ほう――と、不気味な笑み(アルカイク・スマイル)を日本人が浮かべ


その胸元のポケットが動き、ひょこっと1匹のネズミが顔を出した。


========

-2046年7月20日 21:05(EST)-


「ったく、生きた心地がしなかったぞ!」

震える声で櫻井が責め立てる。小声で。

ホワイトハウス地下から秘密脱出口を通り外に出た櫻井は、一般市民に紛れ、近くの公園に辿り着いた。


『yLerun:ま、ま、結果オーライじゃない』

『pSion:ボクも流石に肝が冷えたよ』

責められるレルン――第13世代のSマウス。

現在は櫻井の胸ポッケから出て、公園の草むらで遊んでる。

ちなみに、アル(pSion)は月に居るため、通話には少々タイムラグがある。


『yLerun:そもそも貴方(サクライ)が交渉出来れば、こんな手間を掛けること無かったのよ』

ビシィと指摘するレルン。

そこを突かれると言い返せない櫻井である。


『yLerun:でもなかなか楽しかったわ。自分が巨大化したみたいで』

「俺は全然楽しくなかった。痒くなっても鼻の頭すらかけないし」


Sマウスの脳内にある電子部品(タグ)

その実態は無数のマイクロマシンであり、Sマウスはそれを使ってネットに直接アクセスできる。

そのマイクロマシンを、櫻井の脳内にも導入した。


脳がネットに直接アクセスできるということは、ネットから脳に直接アクセスできるということである。

レルンは、櫻井の脳に――身体を司る器官に直接アクセスし、身体を乗っ取った。勿論、櫻井の合意の上である。


「でも、あのお偉方の面々、自分がハツカネズミと交渉してたと知ったら、どんな顔しただろーなー」

『yLerun:ちょっと見てみたかったわよねー』

お気楽な2人である。


月の地底でアルは肩を竦める。

櫻井は気づいていないが、ハツカネズミはボノボとは違う。

進化の過程で、凶暴性を失ってはいない。


モニタに映ったNo.5他の42人はCGで、声もサンプリングの作り物だった。

だが、言葉はアルの言葉だった。

もし、あの場で櫻井が、レルンが撃ち殺されたなら、報復する準備は整っていた。


アルは、地球へ向かう移動体に指示を出し、軌道をごく僅かずらした。

もしズラさなかったらどうなっていたのか?


その件は、くれぐれもご内密に。

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