社会、粛々と予定を遂行する
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-2046年6月29日 21:00(グリニッジ標準時)-
開戦から1ヶ月。
全ては予定通りに進んでいた。
イングソックの宣戦布告に対し、ネオ=ボリシェヴィキズムは総動員を実施。
TVの中では互いに口汚く罵り、裏では手を回し調整。
全ては予定遂行の為に。
ロンドンにはミサイルの雨が降り注ぎ、地上施設は壊滅。
近郊の主要空港が潰された後、空爆が開始。
ビッグ・ベンは崩れ、ロンドン橋は落ち、ハンプトン・コートは瓦礫の山と化し、ハイドパークは火の海となった。
軍および政府は地下防空壕に避難し、以後そこから指揮を執ることとなった。
イングソックは反撃を開始。英国第1~3軍が、仏の港町ダンケルクに進撃したのが5/31。
その英国軍を仏の第5軍と6軍が挟撃したのが6/2。
ネオ=ボリシェヴィキズムは、民間車両も動員して予備部隊を送り込み続けた。
ダンケルク合戦と呼ばれるその戦いで、英国第1及び第2軍は壊滅。第3軍もかなりの損耗を受けた。
だが、ネオ=ボリシェヴィキズムも無傷では無かった。
ダンケルク合戦が未だ終わらぬ6/9、蘭のロッテルダム近郊が地中貫通爆弾で攻撃を受け、軍の研究施設が壊滅。
その施設がP4で開発していた病原体が漏れ、生物災害が発生した。
ロッテルダムはパニックに陥り、近郊都市のハーグでも発症者が続出した。
アムステルダムへ続く国道は元より、主要道路は全て封鎖。
だが、パニックを起こした一般国民は様々な道、方法で近郊から逃げようとし、王立陸軍と交戦状態に入った。
ネオ=ボリシェヴィキズムは当該地域を焼夷弾で絨毯爆撃し、膨大な死者と引き換えにバイオハザードを収めた。
一方、リスボンはそうは行かなかった。
葡の旧首都リスボン。その北北東100km程のところに位置する都市、ファティマ。
其処にロッテルダムから避難した政府高官の団体が降りた。
彼らが感染した生物兵器には、1週間の潜伏期間が有った。
リスボンは元より、そこから伸びる道路網、鉄道網、航空網。西洋諸国の発達を支えた交通網が仇となり、各地でバイオハザードが発生した。
それに対応できる程の、焼夷弾は用意されていなかった。
これら全てが予定されていた。
無論、会戦時点、5/28の時点でそのような想定をしていた者は居なかった。
この予定は6/25、過去に遡って計画された予定である。
現実改変の痕跡は真理省が削除した。
だから、6/29時点で死者数十万人の被害が発生した事は、予定通りなのだ。
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-2046年7月3日 8:45(協定世界時-6)-
「もはや西欧羅巴に健康な土地はなくなった」
元英国貴族院議員、現イングソック政府高官トマス・パターソン議員は、朝食で汚れた唇をナプキンで拭う。
北米大陸中央部に位置する此処、ネブラスカ州は平穏だった。
宣戦布告前から、英国が戦場になることは決定事項だった。
故に英国の2%を占める政府関係者は、事前に米国に避難していた。
ブリテン島は不沈空母として前線を支え、戦火は此処には及ばない。
大いなる力には、大いなる栄華が宿る。
2%の政府関係者は今まで通りの生活を送り、更にその内の2%――全人類の0.04%の政府高官は、これまで以上の栄華が与えられる。
だが、たとえインナパーティの生活レベルが落ちようと、社会の存続には影響が無い。
その時には、政府関係者は困窮し一般国民は更なる貧困に喘ぐ。
そうして社会のシステムは保たれる。
現在の社会システムに格差は必要不可欠だ。格差が有ることを前提として社会は成り立っている。
ただし、全体のレベルについては、社会の存続に関係しない。
西欧羅巴の人口が何十万人、何百万人減っても、ネオ=ボリシェヴィキズムは普遍だ。
同様に、ブリテン島が全て焼き尽くされ、5千万人の人口がゼロになろうと、イングソックは不滅だ。
「全ては予定通りに進行している」
トマス・パターソンは満足げに頷くと、執務室へ向かう。
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-2046年7月3日 9:00(UCT-9)-
「電文を受信。解読を開始します」
通信士、日坂二尉の叫ぶような報告に、艦長、黒島一佐は歯を食い縛る。
北太平洋。自国領海を遠く離れ、米国の近くに来ている時点で、どのような命令が下達されるかは、想像がつく。
元海自、現滅私海軍第11特殊艦隊、伊4D式潜水艦”ちよだ”。
その心臓は一般的なディーゼル機関ではなく、長期航行が可能な特殊反応炉だ。
「中国標準時1800に浮上、特殊反応誘導弾を2弾発射後、急速潜航。次回通信は2000に、との事です」
――特殊反応誘導弾、発射か
それを一般用語では、核ミサイルと言う。
海自では核兵器を持てないため、”核”は”特殊反応”と言い換える必要がある。
操舵手に発射位置への進行を指示しながら、黒島一佐は100年前の先達――日本海軍人に思いを馳せる。
米国本土への核攻撃。
おそらく、当時の日本海軍にとって、それは夢であり叶わぬ願望だった。
滅私――中国が中心となった複合社会は、現象としては大東亜共栄圏と同じだ。
100年後、大日本帝国の夢が現実となる。
なのに――
なぜ心がこれ程重いのか、口にはせず黒島一佐は心の中だけで呟いた。
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-2046年7月4日 4:05(UCT-6)-
トマス・パターソン議員は、SPに叩き起こされる。
有無を言わせずエレベータへ連れて行かされ、生体認証を要求される。
「何方からだ」
認証操作を行いながらSPに問うも、答えは無かった。
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-2046年7月4日 4:35(UCT-6)-
「30分程前、北太平洋に浮上した滅私の大型潜水艦から、2発の潜水艦発射弾道ミサイルが発射」
「10分前に此処に落ちた」
「出力は150kt超。核弾頭です」
トマス・パターソンの求めていた答えは得られた。
そんな答えを求めていなかったことは、ひとまず置いておく。
「報復攻撃は?」
思考の片方はパニックに陥っていたが、二重思考を操り適切な問いを発する。
「稼働中の原潜にプラン17を伝達。北京、上海、東京、ソウル、台北、ジャカルタ他、主要都市を目標にSLBMを発射予定、だが――」
「現状は核爆発に依るものと思われる電波障害により、通信が途絶している」
報復攻撃に対し、更なる報復が繰り返されるだろう。
この地下司令部は、核戦争の為に造られた。
そして今、その地下司令部が稼働を始めた。
水、食料、電力は数年間保つよう設計されている。
これもまた、予定通りだ。
全ては予定通りでなくてはならない。
だが、そのように現実を改変する真理省は最早、改変作業をする者が居ないかも知れない。
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-2046年7月4日 3:00(UCT-9)-
「曹長、俺は知りませんからね」
「あァ、お前に責任負わせるつもりはねェよ」
潜水艦ちよだの食堂で、カレーを食べながら平塚一曹の愚痴は続く。
「ああ…何で命令通り発射しなかったんだろう」
「そらお前」
早々とカレーを平らげた中村曹長が、ゲップを1つ。
「俺が鍵を捻らなきゃ発射出来ねェさ」
特殊反応誘導弾の発射は、誤操作を防ぐため2名の隊員が同時に鍵を捻る必要がある。
その役目を命ぜられた2名の内、中村曹長は鍵を操作しなかった。
平塚一曹の懇願も虚しく時は過ぎ、中村曹長が勝手に”発射完了”を報告し、ちよだは急速潜航した。
ザザッ――
超長波が繋がる際の雑音が艦内に響き、続いて総監部からの声が届いた。
「良くやった!」
中村曹長の右眉が上がる。
「貴艦の発射したSLBMは2発とも見事に命中し、目標は完全に沈黙した!」
――なん…だと?
中村曹長と平塚一曹の頭上に、”?”マークが浮かぶ。
おかしい。
色々おかしい。
潜水艦への通信は暗号電文だけだ。平文でしかも音声とは何事だ。
そして”貴艦の発射したSLBM”などというモノは無い。
発射してないのだから。
だが、この内最初の疑問は直ぐに解決した。
「先程、海上幕僚監部が報復攻撃を受け、沈黙した」
艦内に衝撃が走る。
「此処にもICBMが近づいている。これが最後の連絡となるだろう。だから諸君に、一言だけ申し上げたい」
「ありがとう。以上だ」
その言葉を後に、ヨコスカは沈黙した。
「…敵の謀略?」
「馬鹿、ちよだへの暗号回線がそうそう破れてたまるか」
そう言う中村曹長の眉間には皺が寄る。
――あの声、真壁海将補の声だった
ちよだの試験航行時から数年間艦長を務め、現在は横須賀地方総監幕僚長となった人だ。
中村曹長にとっては、数年に渡り寝食を共にした戦友だ。声を聞き違える筈は無かった。
「じゃ、じゃぁ東京は…日本は…」
「煩ェ、黙れ!」
狼狽える平塚一曹を一喝し、中村曹長は長考に入る。
「…かも知れねェ」
「へ?」
「東京も横須賀も、無事かも知れねェ」
――此奴、ウゼェな
縋るような目を自分に向ける平塚一曹を見て、中村曹長は思う。
だが、こんな奴でも戦友だ。
「生き延びたければな――」
懇々と言って聞かせる。
あの件は、くれぐれもご内密に。




