社会、第三次世界大戦を開始する
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-2046年5月15日 6:30(UTC0)-
「なんですって?」
櫻井が未だ眠い目を擦りながら言う。
『コンゴ政府AIにログインしてくれ』
サイムが繰り返す。
1度は死んだと思った男からの通話。
なのに”やぁ”も”久しぶり”もなく、いきなり要件。
ドライ、と云うのとはちょっと違う。
サイムは単に、そういう事に興味が無いのだ。
一方で画面の中、サイムの肩に乗ってるアルは陽気に手を振ってる。
ちょっと指を振って応える櫻井である。
『文字入力モードで、管理者として』
櫻井は有機EL眼鏡のCUIを起動。目の前のテーブルにキーボードの映像が重ねられ、そこに指を走らせる。
[ksakurai@sakaniaLab] $ su
操作が異様に重い。
コンゴでは、国連軍がデータセンタを壊していると聞いた。
――B・Bが利用できる資源が少ないのかな?
そう想像する櫻井である。
『いや、そうじゃなく管理者で入ってくれ』
サイムの声に、櫻井の右眉が上がる。
rootはシステムに対し全権限を持っている。
オペミス1回で重大インシデントが発生するのだ。
『rootのパスワードを言うぞ』
「ちょ、ちょっと待った」
あたふたとログインし直す。
[root@world] #
――世界の全権管理者って何だよッ!
心の中でツッコむ櫻井であった。
『ではコマンドを叩いてくれ」
サイムはニヤリと笑うと9文字のコマンドを指示する。
「ファッ⁉︎」
[root@world] # rm -rf /*
「ちょ、サイム。これって…」
『早く叩きたまえ』
ンなこと言ったって…
コンピュータには、危険なコマンドもある。
だが、その中でもコレは特別だ。
何があっても叩いちゃイケナイやつだ。
叩いたら最後、全てが消える。
消す作業をしているOSごと消えるという、トンでもナイやつだ。
――これは、罠じゃなかろうか?
どんな罠かは想像もつかないが。
『pSion:大丈夫。単なる隠しコマンドだよ』
アルから補足があったが、物がモノだ。
――通話先は本当にサイムか?
――相手がサイム本人と知る術は無いか?
サイムと櫻井だけが知っている話は、色々有りそうでなかなかナイ。
『時間制限がある。早くしたまえ』
どうすれば良い。
どうすれば判る?
「サイム」
悩む櫻井に閃きが訪れた。
「俺の名前を言ってくれ」
『知らん』
一瞬たりとも迷わず答えるサイム。
――あーこれは確かにサイムだ。
国際社会が櫻井を罠に掛けるなら、知らない筈が無い情報。
つか、普通知ってる情報。
だが、興味のない事はまるで知ろうとしないのがサイムだ。
「ミミズもカエルも御免っ!」
スターン
リターンキィを叩く櫻井。
「あれ?」
Password:
『パスワードを言うぞ。後30秒しか無い』
慌てて言われるままに打つ櫻井。
ko katna le jgena .gorudias.
『pSion:”ゴルディアスの結目を切れ”か。所長はロマンティストだね』
スターン
櫻井がリターンキィを叩いたすぐ後、月からの通信は切れた。
――俺は何をやらされたんだ?
全く説明して貰えなかった櫻井である。
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-2046年5月28日 10:00(グリニッジ標準時)-
英国――否、今ではイングソック不沈空母の豊富省は緊張に包まれていた。
遂に始まる。
最後の戦争が。
永遠の戦争が。
第三次世界大戦の幕開けだ。
3つの複合社会は互いに最後通牒を出し、後は宣戦布告を待つだけとなった。
本来なら1ヶ月前に始める筈だった戦争。
サイムの放送で予定が遅れに遅れ、豊富省もデスマを続けていた。だが――
「これが終われば、やっと休暇が取れる」
オペレータのトム・パーソンズが呟く。
彼と妻の間には、幼い娘と息子がいる。彼女たちに会うのは何日振りになるだろう。
カツ――
背後で特徴的な靴音が響き、トムは震え上がった。
上司、チャリントンの靴音だ。
先程の呟きは聴かれていただろうか?
この重要局面で休暇の事を考えていた、などと知られれば叱責では済まない。
降格、クビ、下手をすると愛情省送りだ。
カツ、カツ、カツ――
近づいてくる靴音が緊張を高め、心拍数は200まで跳ね上がる。
「未だか?」
「ま、未だですッ!」
裏返った声でトムが応えると、暫く沈黙が支配した。
カツ――
遠ざかって行く足音に、トムは漸く自分が呼吸を止めていた事に気づく。
だが、ドアが開く音が聞こえない。
――宣戦布告が出るまで、此処に居るつもりかよォ
と、その時
「来たッ!」
トムの端末に署名付きのメールが表示される。
通信元は――
「どちらからだ?」
チャリントンは尋ねる。
滅私かネオ=ボリシェヴィキズムの二択である。
「そ…の」
トムは、言わねばならぬ己の境遇を嘆く。
「コンゴ、南キヴ州の自衛民兵組織。リーダのチェベアからで…」
ビキィッ!
そんな音をトムは聞いた気がした。
上司の眉間にシワが寄った音だ。
「そっ、即座に消去しますッ!」
首肯する上司に、正解を引き当てたことを知るトムであった。
コンゴ民主共和国などという国は無い。
そこにあるのは、労働力、及び資源の供給地だけだ。
そう社会が定めた。
その社会の真実に従わぬ者は、愛情省が対応する。
その後、つつがなく滅私とネオ=ボリシェヴィキズムから宣戦布告された。
トムは減俸にはなったが、クビにもならず蒸発もしなかった。
但し、家族と会うのは当分先のことになりそうだった。
大量のミサイルが英国へ飛んできたからだ。




