社会、駝鳥の回答を選ぶ
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-2046年5月12日 13:00(グリニッジ標準時)-
ロンドンにしては珍しく、よく晴れた午後。
帝国戦争博物舘前では、子供たちが社会見学の列を作っていた。
と、突然轟音が響き、子供も引率していた大人も耳を塞ぎしゃがみこむ。
南の空に小さな光が現れ、大気を引き裂く音と共に見る見る内に上空に到達する。
バムッ!
高度1,500mでパラシュートが開き、速度を落とした何かが降下して来る。
高度600m、その何かが弾けた。
ポム。
軽い音が響いたそうである。
ヒラヒラ。
ヒラヒラ。
紙の様な何かが舞い落ちて来る。
地面に落ちる。
何も起きない。
子供たちが近寄りだす。
引率者は必死で止めようとするが、止まらない。
「あーお猿さんだ」
子供の1人が落ちてきた写真を見て言った。
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-2046年5月12日 23:00(GST)-
「警戒管制は何をやっとったんだ!」
「危機管理はどうなってる!」
平和省は阿鼻叫喚である。
ロンドンに舞い落ちたのは写真だった。
月の地下で、月面上で、地球をバックに、遊んでるSボノボの写真だった。
危険な仕掛けも有害物質もナシ。
写真を取り合ってケンカし、タンコブを作った子供が数名。
微々たる被害である。だが。
「アレが爆弾だったら、どうするつもりだ‼︎」
どーしよーもナイ。
大気圏突入時の速度は12km/s、M35。
そんなもの防ぐ兵器は無い。
需要が無く、予算も付かなかった。
「もしも!万一!奴等が核を持っていたら…」
エライ人の怒鳴り声は急に尻すぼみになる。
ポセイドンの息子が”何”で飛んでたか、思い出したのだ。
“息子”は核爆弾を後ろで破裂させて飛んでた。一体どうやったのか、放射性廃棄物は殆ど検出されないが、間違いなく核。
万一どころか、ばら撒くほど持ってる。
終末兵器は核だけではない。
生物兵器――天然痘ウイルスに代表される致死性の病原体。それを創る技術を敵が持っていたら?
考える間でも無く持ってる。
英国が漏洩させたアンチ”D”ウイルスは、No.5が創ったアンチ”対D”ウイルスで無害化された。
そして”D”は月に居る、とサイムは言った。行方不明になったNo.5は月に居る――と米軍は思い込んだ。
独自のウイルスを創れる人物が月に居る。それは米軍にとっては確定事項である。
だがそもそも、一般人が作れる終末兵器である。Sボノボに作れないはずはない。
米軍の前提は間違っているが、結果は合ってる。
事実としても現実としても、社会の敵が容易く社会を滅ぼす事が出来る。
しかも、社会が滅んでもデメリットが無い。何せ別の星に住んでいる。
そんな”現実”は認められない。
だが、いくら現実を改変しても、敵は知ったこっちゃなく攻撃可能。
この状況は想定外。
社会の判断基準、最優先事項は社会自身の存続だ。
だが、その方法が見つからない。
平和省だけでなく、真理省、愛情省、豊富省は、壮絶なデスマを繰り広げた。
エライ人は部下に、部下はその部下に檄を飛ばす。
「この状況をなんとかしろ!」
どうやって?
という質問に対する答えは、昔から決まっている。
「それを考えるのが、お前たちの仕事だ!」
何万枚、何百万枚のプレゼン資料が作られた。
全て却下。
当然である。
竹槍で月を攻撃しよう。
そんなプレゼンを受領する者が居れば、それは無能である。
ここに至って、社会は機能不全に陥った。
社会というシステムは、ある程度の曖昧な――前例の無い状況にも対応できる。想定の幅が広いのだ。
だが、この事態は余りに想定外過ぎた。
結果、社会システムがバグった。
表面的な現象だけを捉え、似た状況の対応を行ったのだ。
つまり――
地球上で第三次世界大戦を開始した。
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難題にぶつかった時、人類は戦争により解決して来た。
戦争で解決できない問題は無かった。
故に、今回の問題も戦争で解決する。
だが誰と?
それが問題だ。
戦争は、イングソック、ネオ=ボリシェヴィキズム、滅私。その3社会間で行われる。
三つ巴の戦争だ。
その3社会が互いに戦っても何も解決しない。得る物は無い。
だが関係ない。
難題にぶつかった時、人類は戦争により解決して来た。
難題にぶつかったら戦争をする。それは社会の本能だ。
何故なら人類は戦争に勝ち続けて来たからだ。
否――
戦争をして、勝った者だけが人類として生き残った。
社会が難題を抱えた時、戦争をしないという選択肢は無い。
その選択肢を取る者は――取った者は、皆滅びた。
社会が抱えた難題は、排除したいのはSボノボたちである。
だが、手が届かない。
一方で社会の本能として、戦争は行わねばならない。
だから代替手段として、手の届く存在と戦争する。
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-2046年5月13日 13:30(月標準時)-
「困ったわね」
アサラトがため息をつく。
「パパがやり過ぎたんだよ」
マセンコがサイムをこき下ろす。
そのサイムの姿は無い。
「どこに行ったのかしら?」
「なんか、所長と内緒話してるみたい」
とアトケ。
サイムに頼まれて、盗聴はおろか気付くことも出来ない通信回線をコンゴと繋げたのだ。
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-2046年5月13日 13:35(UTM)-
「無事で何よりだ」
「そっちもな。だが、あの放送はやり過ぎだ」
所長にもこき下ろされるサイム。
「だが丁度良いタイミングだ。協力して欲しい事がある」
「うむ、任せたまえ」
胸を張るサイム。
「いや君にじゃない」
ショボンとするサイムを放置し、所長が言う。
「そこで聞いてるんだろう、コンゴ政府AI」
「ええ、私は常に聞いています。ミスタ・ルムンバ」
聞き慣れた声が響いた。
「やって欲しい事がある。但し、くれぐれもご内密に、だ」
コンゴ、南キヴ州で所長が笑みを浮かべた。




