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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第十章 ワシントン流星雨の日
69/81

隷属は自由

========

-2046年4月21日 20:00(UTC(協定世界時)-1)-


悪魔――

其れは神に敵対する者。

其れは人を超えた力を持つ者。

其れは誰にも分かる印を持つ。


「悪魔が滅んだって、いつの話だよ。そんなモンはもう百年も前に滅んでる。”D”なんかいなくても、人類はやっていけるさ」

『そう、皆がそう思っていた。だが、今では無理だ』

死相が浮かんだ目で、No.5は櫻井を見上げる。

『人類が絶滅する手段を考えた事はあるか?』


「核戦争とかでか?」

『そう、そういう方法――いわゆる終末兵器のことだ』

核兵器は――

『安全だ』

とNo.5は言った。


『核兵器はコストがかかる』

莫大な予算を持つ国でなければ、作る事が出来ない。

それを運ぶための機構――ミサイルなども必要だ。

一個人が捻出できる金額では無い。


そして莫大な予算を持つ国は、その状況を変えようとは思わない。

『懸念すべきは、個人だ』


自暴自棄になった人間は、周りの人間を巻き込み死のうとすることがある。

個人が持ちうる兵器の火力が大きくなれば、脅威も大きくなる。

自動車は兵器となりうる。

銃火器も入手できる国ならば選択肢の1つだ。

だが、終末兵器と呼ばれるような兵器は、個人が持てる筈が無かった。

つい最近までは。


ゲノム編集システム――安価に、簡便に、遺伝情報を書き換えられるシステムが、全てを変えた。

『例えば、このサイトに情報(コード)が記されている』

No.5が有機ELコンタクトから、櫻井の有機EL眼鏡(グラス)に情報を送る。


――ATGAACTGATGATACAGGTATTCACG…


「なんだこりゃ?」

『約18万5千塩基対の遺伝情報(ゲノム)

No.5は一瞬目を閉じ――

『天然痘ウイルスの遺伝情報(コード)だ』


発病後の致死率は30~50%。

非常に強い感染力。

放置され数年を経過してもなお、感染力を保持する耐久性。

余りの危険性に全社会が協力し、根絶した唯一の病原体。

根絶に伴いワクチン接種も行われなくなり、今では全く免疫を持たない人が多い。

そしてその場合、致死率は90%に上がる。


『この情報(コード)が流出したのは2027年』

アラビア半島戦争の前年。

その起因となったウイルスと”遺伝子操作技術を捨てろ。今すぐに”という手紙が各国へ届いた年だ。

『以来、終末兵器は、個人が入手できる状況になった』


ゲノム編集システムは、塩基配列の情報を与えればその通りのDNAを作る。

そしてウイルスは複雑な細胞を持たない。

DNAとそれを取り囲むカプシドからなる分子機械(ナノマシン)だ。

誰もが、容易に、安価に、終末兵器たる天然痘ウイルスを作る事ができる。


『誰か、偶然の不幸に囚われた者が人類滅亡を望んだら――サクライ、お前はどうする?』

「いや、それは、その」

どーしよーもナイ。


80億人を超える人類。

その一人ひとりが終末兵器を手にしうる。

人類全体と無理心中しようとする者が、80億人の中に1人でも居れば、人類社会は滅びる。


『防ぐ術は無い』

No.5の無情な言葉がキャビンに響く。


『各国は――全ての社会は絶滅を避けるべく様々な手を打った』

戦争は平和――バイオハザード発生という現実の改変

無知は力――ゲノム編集システムを使うための科学的思考の剥奪

『だが、それでは足りない』

社会システムだけでは制御できない不安要素(リスク)

『人間の心だ』


『だから、滅ぼされた悪魔の代わりを担う者が必要だ』

偶然の不幸に対し、責任を負う存在。

恐怖と嫌悪の対象。

『それが”D”だ』


何故だ?

その言葉が櫻井の口から出る前に、No.5の声が響く。

此処(ここ)に知恵が必要だ。賢き者は、その数字(コード)にどのような意味があるかを考えるがよい。コードは人間を指している』

そして――

数字(コード)獣の数字(666)だ』


「お前は――

『何を言ってる?熱で頭がやられたか?そう言おうとしているな』

頷く櫻井を無視してNo.5は続ける。


『時間が無い。お前が理解する事が必要だ』


========

-2046年4月21日 20:50(UTC(協定世界時)-1)-


其れは社会に敵対する者。

其れは人を超えた力を持つ者。

『そして誰にも分かる印を持たねばならない』


悪魔が持つ蝙蝠の様な翼。

鬼が持つ角。

そして”D”の細胞に刻まれた製造番号(獣の数字)

『それが悪魔だと分かる印が必要だ』

その印は上書きされ、失われた。


『印が失われたことを、知られるわけにはいかない』

人類の未来を守るために。

そうNo.5は言うが、櫻井は全然納得しない。


『全ての人間に希望を与えなくてはならない』

不幸を回避する手段――希望が必要だ。

回避するための”何か”を行える対象が必要だ

『だから、悪魔が必要だ』


其れを倒せば全ての問題が解決する。

全ての不幸の原因たる存在。

偶然の、避けられない不幸の責任を背負う者。

『だから、”D”を悪魔たらしめる製造番号(666)が必要だ』


『全ての人間の心を、我々(”D”)への恐怖と嫌悪で縛らなくてはならない』

その恐怖と嫌悪無くして、人類は存続できない。

『人間は恐怖と嫌悪に囚われなければ、生きていけない』

人類は昔から――未だボノボやチンパンジと分科する前から、恐怖と嫌悪に隷属して生きていたからだ。


大型肉食獣への恐怖。

貧しい生活への嫌悪。

恐怖と嫌悪への隷属関係は、石器時代の人類には有効だった。

だが科学技術の発達により社会が安全に、生活が豊かになるにつれ、その関係は歪んでいった。


恐怖、嫌悪、それらの感情は、脳が産み出すホルモンが引き金を引く。

本来、恐怖や嫌悪を感じなくて良い環境に包まれても、人類の脳はそのホルモンの生産を止めない。それは進化の過程で得た脳の性能諸元(スペック)だ。


状況に関わらず産み出される恐怖、嫌悪は、その向かう先を求める。

何らかの対策を取る相手を求める。

そのように人類は進化して来たからだ。


だから、人間は悪魔を生み出した。

不必要な恐怖や嫌悪を向ける対象。

漠然とした不安の責任を取る者。

この数千年間、人類は自らの不要な感情を悪魔に押し付け、悪魔に隷属して生きてきた。


『隷属は自由』

No.5が言った。


『悪魔に隷属する事は、不安を悪魔に背負って貰うことだ』

そうして初めて――

『人は自由になれる』


悪魔は永遠の存在でなくてはならない。

ウイルス如きで倒される存在であってはならない。

「でもな――

口を挟もうとする櫻井を、彼は止める。

『サクライ、ワイはあんさんが嫌いやった』


『何も苦労を知らんと女の尻追っかけよって、人に隠すことなく自分の感情を晒しよって』

彼の声は掠れ、次第に聴き取り難くなっていく。

『ジュリアもそうや。”D”である不幸を喧伝して、自分がどんだけ恵まれとるか知ろうともせんかった』


『あんさん達も、クリン達も、大っ嫌いやった』

その言葉を最後に、デジレだった男は息を引き取った。


========

-2046年4月21日 23:10(UTC-1)-


『pSion:サクライ、彼は――

「わかってるさ」

櫻井は1人、デッキに用意されていた鉄の檻に彼の遺体を封じ込めた。


ヒトは嘘をつく時、多少なりと緊張する。

それは、専門家でなければ判らないほど微妙な差異。だが自動翻訳機(トランス先生)は、その差異を検知し、妙な関西弁としてそれを表した。

彼は常に自分を偽り、”デジレ”を演じていた。だから彼の言葉は常に妙な関西弁に翻訳されていた。


「コイツが言ったことなんて、全部嘘っぱちだ」

だが――

「それに俺は悪魔が必要だなんて、思えない」

それでも――

「最期の言葉を嘘で固めてまで、成し遂げたかった事なら――


櫻井は歯を食いしばり、鉄の檻をデッキから押し出す。


大西洋外洋ならば、遺体を誰にも見つからぬよう処理する事は容易い。

遺体が見つからなければ、No.5の死は誰にも知られない。

彼は”悪魔”として不死の存在になり得る。


彼が望んだ通りに。

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