国際社会、全ての勝利を手にする
『素晴らしい』
ウィリアム中将が言う。
B-52が着陸した空港。そこには米陸軍、第442連隊戦闘団の約2,000名が待ち構えていた。
医学技官が拘束されたジュリアに駆け寄り、毛髪や血液などのサンプルを得ていく。
遺伝情報解析器がサンプルから、A,C,G,Tの4文字からなるコードを吐き出す。
複数ヶ所から抽出したコードが一致し、ジュリアを構成する遺伝情報が特定された。
『おお…』
ウィリアムの頬を涙が伝う。
『これで、世界は救われる』
あまりにも純粋な、その喜びの表情に、櫻井は誤解しそうになる。
ひょっとして、ジュリアの遺伝情報を何かに役立てるために使うのではないか、と。
その遺伝情報を元に、難病の治療を行う。
大流行の兆しがある伝染病を防ぐ。
病気や害虫に強い作物を創り、飢饉を避ける。
そんな櫻井の誤解は、ウィリアムの次の言葉で解かれた。
『これで、”D”を根絶することが出来る』
"設計された人類"の根絶。
世界の現実に残された、42人の瑕疵の修正。
そんな瑕疵を修正しようが、世界は救われたりしない。42人の”D”は、世界に何の影響も与えない。
“D”は社会の敵。
滅ぼすべき相手。
そして、“仲間”を纏めるために創られた”奴等”だ。
“D”を滅ぼした翌朝には、再び新たな”奴等”が求められる。
何処からか始まった拍手が、万雷の轟音に変わっていく。
『ウィリアム!』『ウィリアム!』
中将の名を連呼する者もいる。
喜びを爆発させている2,000名の中心にいる中将は、晴々とした顔で指示を下す。
『では、検体の処分を!』
歓声が静まり、数十挺のアサルトライフルが一斉にジュリアへ向けられる。
「ちょっと待ったーッ!」
櫻井が絶叫した。
ウィリアム中将は、栄光への道に水を差す櫻井に、眉をひそめる。
『No.5、彼は何だ?』
No.5と呼ばれた男。以前デジレと名乗っていた男は、口を開く。
『彼は異端者――欠陥品であり、拭い去るべき汚点です』
「何だと!」
「お前ッ、それで良いのかよッ!」
叫ぶ櫻井を傍の兵が銃床で殴り、彼は泥の中に倒れこんだ。
だが、意識を失うことは無く、彼は叫び続ける。
「俺は、お前がどれほどクリンと親しかったか知っている!」
あれは嘘――全てが嘘だったとしても
「クリンを殺した奴等に従って、ジュリアまで殺させるつもりか!」
男の視線が下に——なぜか上着のポケットに落ちた。
『彼女は、人間では無い。”殺す”などという言葉は使うべきではないな』
ウィリアム中将の隣に立つ従軍牧師が、氷のような視線と声を櫻井に向ける。
『人に似せて作られた偽物、神の御業を真似た者が作り出した罪深き獣――否』
牧師のアイス・ブルーの瞳が、ジュリアに向けられる。
『”あれ”は生物ですら無い。神の祝福を与えられておらぬ穢れた異物だ』
“あれ”を破壊することは、神の御心に叶う行為です。
牧師はそう宣言する。
ジュリアの顔に血の気は無く、轡で封じられた口からは声は漏れず、ただその目は、何かを櫻井に伝えていた。
「おいッ!」
櫻井はデジレに、かつてデジレだった男に叫ぶ。
「お前はそんなに、社会が大切なのかよ!」
その男は、先程からポケットから出した小さな装置に気を取られている。
「”社会”ってのは、お前の全てを貢ぐほど大事なのか!」
装置に光が瞬く。
「その”社会”は遅かれ早かれ、お前を喰らうはずだ。それでも——
ガッ…
兵士の銃床が再度振るわれ、櫻井は崩れ落ちる。
『連れて行け。愛情省へ渡すのは、其奴だけで良い』
脳が揺らされ、身体に意志が伝わらない。
櫻井はそのまま兵士に引きずられ、装甲車の荷台に詰め込まれた。
閉まる扉の向こうで声が挙がる。
『構え筒!』
安全装置が外される音、そして槓桿が引かれる音。
『撃ェッ!』
豪雨のような銃声。
それが人間としての櫻井の、最後の記憶だった。




