その男、戦争の目的を語る
難産でした
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-2046年3月30日 時刻不明-
「正義のためだ」
その男は言った。
ここ数年デジレ――エマニュエル・デジレ・ムバラと名乗ってきた男は、そう言った。
「正義⁉︎ この戦争の何処に正義があるのッ!」
「あらゆる処に」
絶句するジュリアに向かい、男は問う。
「君は正義をどう定義する?」
「正義は――」
一瞬だけ考えたジュリアは、顔を顰め答える。
「社会が決めた”正しいこと”よ」
男の唇だけが笑みを模る。
「社会は正義をどうやって選択する?」
「遺伝的アルゴリズムによって」
男の質問にジュリアは答える。男の思考の先を読んだのだろう。その声に先ほどまでの勢いは無い。
「そう。社会の中では様々なバージョンの”正義”が生み出され、適応した文化的遺伝子を選択する」
「当然その”正義”からは――
男の視線は、櫻井の腕に応急処置をするジュリアから一瞬たりと離れない。
その瞳に輝きが宿る。
「社会の存続を脅かす文化的遺伝子は、排除される」
進化は、必ずしも個体の生存に有利な方向へ向かう訳では無い。多くは生存に有利でも不利でも無い中間的な変異が選択される。
だが、個体の生存を脅かす遺伝子は選択されず、遺伝子プールから速やかに排除される。
同様に、社会の存続を脅かす文化的遺伝子は、速やかに排除される。
「11世紀の羅馬では、聖地に住む異教徒を殺すことが正義だった」
歌うように男は言う。
「16世紀の葡萄牙では、農業発展のために黒人を奴隷化することが正義だった。1940年の独逸では、反社会分子たる猶太人を収容所へ移送することが正義だった」
それらの正義は、社会の存続を脅かすものではなかったのだ。
『社会にとって正義は、社会を”正常”に保つための力として作用する』
「誰が、社会の”正常”を決めると言うんだ」
痛み止めが効き、櫻井が床から言葉を発する。
『それは社会自身が決める。倫理など関係ない――否』
男は、初めて存在に気づいたような目で櫻井を見る。
『倫理は、社会が選んだ”正常”に沿って規定される』
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『それでコンゴと戦争することは、どの社会の”正義”ってわけ?』
床から見上げるジュリアの殺意を、男は意に介さず――
『君はまだ勘違いをしているようだ』
『”コンゴと戦争する”ことが正義ではない』
相手がコンゴだったことは偶然に近い、と男は嗤う。
『”戦争する”ことによる正義の消費、それが目的だ』
『正義は、社会を”正常”に保つための力として作用する。あたかも、生物にとっての免疫力のように』
だが――
『強すぎる免疫力は生物にとって害となる』
昔、まだ人類が獣だった頃。
身の回りには病原体が多く、生き延びるためには強力な免疫力が必要だった。
だが清潔な環境下では、あまりにも清潔過ぎる環境では、その免疫力が仇となる。
攻撃すべき病原体が見当たらぬまま大量に生産された抗体は、自身の細胞を攻撃し、アレルギィ反応を起こす。
『”正義”にも需要と供給のバランスが必要だ。現代社会には消費しきれない程の”正義”が生産され、供給過多になっている』
供給過多になった”正義”は、いずれ社会自身を攻撃する。
取るに足らぬ悪、悪とも呼べぬ不備、避けられない瑕疵。消費仕切れぬ正義は、それらを攻撃してしまう。
そして悪を消した後、更に正義は余剰となる。
いずれ正義の牙は社会に向けられる。そして、社会は崩壊する。
『そうなる前に、”正義”の消費が必要だ』
だから、戦争が必要だ。
そう男は言った。
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『社会のためだけではなく、人類にとっても戦争は必要だ』
戦争が無ければ、人類は生きていく事が出来ない。
男はそう言う。
『ある日、1人の人間に不幸が訪れる』
事故、病気、何でも良い。
『そいつは言うだろう。”何故だ”と』
何故、俺にこんな不幸が訪れたのか?
コイツでもアイツでもなく、俺に訪れたのは何故だ?
そして、”何故”と問うのは本人だけでは無い。
皆が言う。何故だ、と。
彼の何が悪かったのか?
この不幸の原因は何か?
悪いのは誰だ?
諸悪の根源は何だ?
『何も悪いことをしていない者に、不幸が訪れる。理由なく突然訪れる。そんな恐ろしいことは無い』
何時、自分にもその不幸が降りかかるか分からない。
不幸を防ぐために、何もできない。
そんな漠然とした不安に、人類は耐えられない。
何か理由を、原因を、悪を、不幸が訪れた者に求める。求めずにはいられない。
『残念ながら、不幸の多くは偶然だ』
だが、そんな事実を人類は認められない。
必ず原因を見つけ出す。作ってでも、必ず原因は見つけ出さなくてはならない。
その原因を防ぐため、何か行動をするために。
行動せず、ただ不幸の訪れを待つ。そんな状況に人類の心は耐えられない。
『だから行動は、必ず行われなくてはならない』
『行動って——
『そう、戦争だ』
戦争は、漠然とした不安が社会を破滅させない為の安全弁だ。そう男は言う。
『不安を方向づけ、制御しながら消費する。それが戦争の目的の1つだ』
奴等が悪い。
奴等が諸悪の根源だ。
奴等さえ居なければ、問題は解決する。
そのような存在が、人類には必要だ。
『確かにボノボは違う。おそらく何らかの遺伝情報が影響しているのだろう』
だが――
『我々人類は、戦争無しには生きて行けない』
人類の心は、そんな状況に耐えられない。
常に戦争をし続け、その状況で進化した人類は、戦争の無い環境に適応出来ない。
「んなワケがあるか!」
櫻井の叫び声が響く。
デジレの顔をした男に。
その内に存在した、知らぬ男に。
「日本は、もう100年も戦争をしていない!人類に戦争が必要なんて、お前の言葉など信用できるか!」
『そう。日本は最も早く現実を改変した国だ』
櫻井の口が開いたまま止まった。
『50年以上前から、日本は戦争を行なっている』
『1991年、日本軍はイランを侵略した』
そのことは、君も知っている筈だ――
男の言葉に有機EL眼鏡が反応し、説明文を表示した。
“自衛隊ペルシャ湾派遣”
「あれは侵略じゃない。機雷を除去するっていう、むしろ平和のための派遣じゃないか!」
『そう。それで各国は気づいた』
男の声には面白がる響きが含まれていた。
『ただ施政者が”出兵”を”派遣”と、”軍事作戦”を”平和維持活動”と言うだけで、それが”現実”となりうる事に』
『全ての国が、日本に学んだのだ』
“現実”は変えることが出来る、と。
“真実”は”事実”に関わりなく変えられる、と。
『ただ言い換えるだけで、多くの国民が”戦争をしていない”と信ずる事が出来るのだ、と』
国民全員がそう信じれば、それは現実となる。
『だから、アラビア戦争を起こせた』
日本という実績があるから、国際社会は現実改変というハイリスクの賭けに出れた。
そして賭けに勝ち、膨大なリターンを得た。
君自身――と、男は櫻井を見る。
『未だに日本は戦争していないと思っている』
事実を知りながら。
『それを私に指摘されてもなお、君は信じている』
それが――
『二重思考だ』
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『本来なら、人類が同族意識を持てるのは、数十名程度だ』
感覚的に、感情的に、仲間と思える上限は数十名だ。
それ以外は他人であり、苦しもうが死のうが、関係ない。仲間を守るためなら殺す事も厭わない。
感情的には。
『だが、それでは人類は他の動物に勝てない』
強靭な肉体も牙や爪も持たぬ人類は、大型獣に怯えて暮らしていた。
『人類の繁栄は、1つの重要な発見に依るものだ。火でも鉄でもなく、”それ”が人類を万物の霊長とした』
『”奴等”ね』
ジュリアの声は掠れ、殆ど聞き取れない程だった。
『そう。”奴等”だ』
男の声は朗々と響いた。
「奴等——って誰だ?」
櫻井が呟く。
『”我々”じゃない人々よ』
ジュリアの声は低く。
『人々を纏める最高の方法だ』
男の声は高く。
『”仲間”とは、”奴等”に立ち向かう者を表す言葉だ』
つまり——
『”仲間”は、”敵”により定義される』
敵を、滅ぼすべき相手を、”奴等”を創った事で、人類は限界を超えた群を手にした。
その数の力が、人類を地球の覇者にした。
だから——
『戦争が必要だ』
敵を、滅ぼすべき相手を創る為に。
怒りを、恨みを、怨念を産むために。
次の戦争の為に。
その次の戦争の為に。
無限に続く戦争の為に。
無限に戦争を続ける。ただ、それだけの為に。
当分、難産デス




