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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第八章 毒をもって毒を制す
61/81

その男、戦争の目的を語る

難産でした

========

-2046年3月30日 時刻不明-


「正義のためだ」

その男は言った。

ここ数年デジレ――エマニュエル・デジレ・ムバラと名乗ってきた男は、そう言った。


「正義⁉︎ この戦争の何処に正義があるのッ!」

「あらゆる処に」

絶句するジュリアに向かい、男は問う。

「君は正義をどう定義する?」


「正義は――」

一瞬だけ考えたジュリアは、顔を顰め答える。

「社会が決めた”正しいこと”よ」

男の唇だけが笑みを(かたど)る。

「社会は正義をどうやって選択する?」


「遺伝的アルゴリズムによって」

男の質問にジュリアは答える。男の思考の先を読んだのだろう。その声に先ほどまでの勢いは無い。

「そう。社会の中では様々なバージョンの”正義”が生み出され、適応した文化的遺伝子(ミーム)を選択する」


「当然その”正義”からは――

男の視線は、櫻井の腕に応急処置をするジュリアから一瞬たりと離れない。

その瞳に輝きが宿る。

「社会の存続を脅かす文化的遺伝子は、排除される」


進化は、必ずしも個体の生存に有利な方向へ向かう訳では無い。多くは生存に有利でも不利でも無い中間的な変異が選択される。

だが、個体の生存を脅かす遺伝子は選択されず、遺伝子プールから速やかに排除される。

同様に、社会の存続を脅かす文化的遺伝子は、速やかに排除される。


「11世紀の羅馬(ローマ)では、聖地(エルサレム)に住む異教徒(イスラム)を殺すことが正義だった」

歌うように男は言う。

「16世紀の葡萄牙(ポルトガル)では、農業発展のために黒人を奴隷化することが正義だった。1940年の独逸(ドイツ)では、反社会分子たる猶太(ユダヤ)人を収容所へ移送することが正義だった」

それらの正義は、社会の存続を脅かすものではなかったのだ。


『社会にとって正義は、社会を”正常”に保つための力として作用する』

「誰が、社会の”正常”を決めると言うんだ」

痛み止めが効き、櫻井が床から言葉を発する。

『それは社会自身が決める。倫理など関係ない――否』

男は、初めて存在に気づいたような目で櫻井を見る。


『倫理は、社会が選んだ”正常”に沿って規定される』


========

『それでコンゴと戦争することは、どの社会の”正義”ってわけ?』

床から見上げるジュリアの殺意を、男は意に介さず――

『君はまだ勘違いをしているようだ』


『”コンゴと戦争する”ことが正義ではない』

相手がコンゴだったことは偶然に近い、と男は嗤う。

『”戦争する”ことによる正義の消費、それが目的だ』


『正義は、社会を”正常”に保つための力として作用する。あたかも、生物にとっての免疫力のように』

だが――

『強すぎる免疫力は生物にとって害となる』


昔、まだ人類が獣だった頃。

身の回りには病原体が多く、生き延びるためには強力な免疫力が必要だった。

だが清潔な環境下では、あまりにも清潔過ぎる環境では、その免疫力が仇となる。

攻撃すべき病原体が見当たらぬまま大量に生産された抗体は、自身の細胞を攻撃し、アレルギィ反応を起こす。


『”正義”にも需要と供給のバランスが必要だ。現代社会には消費しきれない程の”正義”が生産され、供給過多になっている』

供給過多になった”正義”は、いずれ社会自身を攻撃する。

取るに足らぬ悪、悪とも呼べぬ不備、避けられない瑕疵。消費仕切れぬ正義は、それらを攻撃してしまう。

そして悪を消した後、更に正義は余剰となる。

いずれ正義の牙は社会に向けられる。そして、社会は崩壊する。

『そうなる前に、”正義”の消費が必要だ』


だから、戦争が必要だ。

そう男は言った。


========

『社会のためだけではなく、人類にとっても戦争は必要だ』

戦争が無ければ、人類は生きていく事が出来ない。

男はそう言う。


『ある日、1人の人間に不幸が訪れる』

事故、病気、何でも良い。

『そいつは言うだろう。”何故だ”と』

何故、俺にこんな不幸が訪れたのか?

コイツでもアイツでもなく、俺に訪れたのは何故だ?


そして、”何故”と問うのは本人だけでは無い。


皆が言う。何故だ、と。

彼の何が悪かったのか?

この不幸の原因は何か?

悪いのは誰だ?

諸悪の根源は何だ?


『何も悪いことをしていない者に、不幸が訪れる。理由なく突然訪れる。そんな恐ろしいことは無い』

何時、自分にもその不幸が降りかかるか分からない。

不幸を防ぐために、何もできない。

そんな漠然とした不安に、人類は耐えられない。

何か理由を、原因を、悪を、不幸が訪れた者に求める。求めずにはいられない。


『残念ながら、不幸の多くは偶然だ』

だが、そんな事実を人類は認められない。

必ず原因を見つけ出す。作ってでも、必ず原因は見つけ出さなくてはならない。

その原因を防ぐため、何か行動をするために。

行動せず、ただ不幸の訪れを待つ。そんな状況に人類の心は耐えられない。


『だから行動は、必ず行われなくてはならない』

『行動って——

『そう、戦争だ』


戦争は、漠然とした不安が社会を破滅させない為の安全弁だ。そう男は言う。

『不安を方向づけ、制御しながら消費する。それが戦争の目的の1つだ』


奴等が悪い。

奴等が諸悪の根源だ。

奴等さえ居なければ、問題は解決する。

そのような存在が、人類には必要だ。


『確かにボノボは違う。おそらく何らかの遺伝情報が影響しているのだろう』

だが――

『我々人類は、戦争無しには生きて行けない』

人類の心は、そんな状況に耐えられない。

常に戦争をし続け、その状況で進化した人類は、戦争の無い環境に適応出来ない。


「んなワケがあるか!」

櫻井の叫び声が響く。

デジレの顔をした男に。

その内に存在した、知らぬ男に。


「日本は、もう100年も戦争をしていない!人類に戦争が必要なんて、お前の言葉など信用できるか!」

『そう。日本は最も早く現実を改変した国だ』

櫻井の口が開いたまま止まった。


『50年以上前から、日本は戦争を行なっている』


『1991年、日本軍はイランを侵略した』

そのことは、君も知っている筈だ――

男の言葉に有機EL眼鏡(グラス)が反応し、説明文を表示した。

“自衛隊ペルシャ湾派遣”


「あれは侵略じゃない。機雷を除去するっていう、むしろ平和のための派遣じゃないか!」

『そう。それで各国は気づいた』

男の声には面白がる響きが含まれていた。

『ただ施政者が”出兵”を”派遣”と、”軍事作戦”を”平和維持活動”と言うだけで、それが”現実”となりうる事に』


『全ての国が、日本に学んだのだ』

“現実”は変えることが出来る、と。

“真実”は”事実”に関わりなく変えられる、と。

『ただ言い換えるだけで、多くの国民が”戦争をしていない”と信ずる事が出来るのだ、と』

国民全員がそう信じれば、それは現実となる。


『だから、アラビア戦争を起こせた』

日本という実績があるから、国際社会は現実改変というハイリスクの賭けに出れた。

そして賭けに勝ち、膨大なリターンを得た。


君自身――と、男は櫻井を見る。

『未だに日本は戦争していないと思っている』

事実を知りながら。

『それを私に指摘されてもなお、君は信じている』

それが――

二重思考(ダブルシンク)だ』


========

『本来なら、人類(ヒト)が同族意識を持てるのは、数十名程度だ』

感覚的に、感情的に、仲間と思える上限は数十名だ。

それ以外は他人であり、苦しもうが死のうが、関係ない。仲間を守るためなら殺す事も厭わない。

感情的には。


『だが、それでは人類は他の動物に勝てない』

強靭な肉体も牙や爪も持たぬ人類は、大型獣に怯えて暮らしていた。

『人類の繁栄は、1つの重要な発見に依るものだ。火でも鉄でもなく、”それ”が人類を万物の霊長とした』


『”奴等”ね』

ジュリアの声は掠れ、殆ど聞き取れない程だった。

『そう。”奴等”だ』

男の声は朗々と響いた。

「奴等——って誰だ?」

櫻井が呟く。


『”我々”じゃない人々よ』

ジュリアの声は低く。

『人々を纏める最高の方法だ』

男の声は高く。

『”仲間”とは、”奴等”に立ち向かう者を表す言葉だ』


つまり——

『”仲間”は、”敵”により定義される』

敵を、滅ぼすべき相手を、”奴等”を創った事で、人類は限界を超えた群を手にした。

その数の力が、人類を地球の覇者にした。


だから——

『戦争が必要だ』


敵を、滅ぼすべき相手を創る為に。

怒りを、恨みを、怨念を産むために。

次の戦争の為に。

その次の戦争の為に。

無限に続く戦争の為に。


無限に戦争を続ける。ただ、それだけの為に。

当分、難産デス

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