核の炎、全てを焼き尽くす
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-2046年3月30日 15:35(コンゴ標準時)-
『ネイチャー・バイオテクノロジ2038年8月号に、掲載されている』
君らには、とサイムはカメラに指を向ける。
『関係無い話だろうが、遺伝子工学により私の遺伝情報はこの子に』
サイムの掌がマセンコの肩に置かれる。
『受け継がれている』
『もし子孫を残せれば同種であり、これは』
と、サイムは静止衛星からの画像を重ね合わせる。
コンゴに、ブンバ空港へ向かう全世界からの大陸間弾道弾を示す。
『大量虐殺だ』
『政治的な決定を科学なんかで箔付けしようとするから、そういうことになる』
ICBMは人工衛星からのγ線レーザで撃ち落とされていくが、数が多い。
『気に入らぬから、都合が悪いから、引っ込みがつかないから――戦争に至る政治的な理由など、大概そんなもんだろう』
私には興味が持てない。
そうサイムは肩をすくめる。
『戦争以外の選択肢もある。だが君らにとって、それは都合が悪いのだろう』
サイムは両腕にマセンコとアトケ――家族を抱える。
『無論、生物学的にヒト――ホモ・サピエンスとボノボ――パン・パニスカスは別種だ』
だが――
『こうして子を成し、家族になることができる』
ICBMが減らなくなった。
『ふむ、衛星が過熱し過ぎたようだ。もう防げんな』
最も近くのICBMは、もう直ぐブンバ空港へ到達する。
『ではこれまでだ』
サイムの顔は、いっそ晴々としていた。
サイムが何かを操作したのだろう。通信が全世界への放送からこの機だけへの暗号通信に変わった。
『ミスタ・サクライ――今一度、君に忠告しておく』
B-52の操縦室内で、櫻井が背筋を伸ばす。
おそらくこれが、サイムと話す最後の時だ。
『全てを偽りにしてはならない』
瞬間――世界が恐ろしく明るくなった。
B-52の背後から莫大な光が降り注ぐ。
全ての無線通信が停止した。
そして、爆風が全てをなぎ払った。
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-2046年3月30日 16:25(CAT)-
――全てを偽りにしてはならない
5ヶ月ほど前。櫻井がハラム救出のため、英国に向かった日。
車の中で、サイムが言っていた。
――彼女の存在を否定するな
――彼女の存在を否定すれば、君は無知に、彼らの力に、取り込まれてしまう
――もし、否定してしまえば。
――すべてが偽りになる
そうサイムは言った。
通信が回復し、無言の操縦室に音声が響く。
『――42発が到達し、人類の敵は滅びました!』
別の周波数に合わせる。
『――これは人類の、人類による、人類の為の勝利です!』
どの周波数も、勝利と達成と歓喜の叫びに溢れていた。
全ての罪、全ての悪、全ての闇が晴らされたかのように。
『最早、脅威はありません。彼ら邪悪な者たちは全滅しました。我々は2度と恐ることは無いのです!』
「全滅――か」
ぽつりと、櫻井が呟く。
この機が脱出したことは、社会には知られていない。
この社会で、知られていないことは存在しないことと同義だ。
『私は存在しない』
ジュリアが呟く。
「俺は存在しない」
櫻井も律儀に呟く。
『君たちは存在しない』
背後から、デジレの鋼鉄の声が響いた。
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2人は弾けるように飛び退った。
櫻井の身体の芯が、氷のように冷え、固まっていく。
ジュリアの目が大きく見開かれ、デジレを凝視した。
『君たちは存在しない』
鋼鉄の声が繰り返す。
『デジレ…貴方…』
ジュリアが囁く。
『そう、私だ。その場を動くな。命令されるまで静止していろ』
自動翻訳機から妙な関西弁が消えている。
彼の手には拳銃が握られ、その背には鋼鉄の柱が通り、その貌は――表情は僅かにしか変わっていないにも関わらず、全く違って見える。
確認するかのように櫻井を鋭く一瞥すると、後は一切関心を払おうとしなかった。彼であることは間違いないが、もはや同じ人物では無かった。
不意にジュリアが動いた。
姿が霞む程の速さで彼女が舞い、”彼”の拳銃を――鈍い音と喘ぎ声が響き、ジュリアが崩れ落ちた。
彼女は床の上でのたうち、必死で息をしようとしていた。
その額から血が流れ落ちる。
ジュリアは顎への掌底を行い、同時に拳銃を奪おうとした。
どんな兵士よりも――第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊よりも速い動きだった。
遺伝情報を書き換えられ、人類を超えた筋力を持つ設計された人類だけが成し得る速さで。
だがデジレの――デジレと名乗っていた男の動きは彼女を凌駕した。
そんな人類は”現実”には存在しない。
『貴方は――』
苦しみながらもジュリアが言う。
『そう。私は君と同じ設計された人類。失われた42人の内の1人だ』
『何故』
『その問いは無意味だ』
否――
「無意味なんてことがあるかッ!」
櫻井の拳は、その男に触れさえしなかった。
彼は櫻井の右肘を軽く掴んだだけのように見えた。
だが、その手には破砕機並みの力が込められており、櫻井の右腕を粉砕した。
激痛にのたうつ櫻井を見る目に感情は無く、関心も無い。
『この戦争は私の――設計された人類の遺伝子を入手する為に、ただそれだけの為に起こされた筈よ!』
ジュリアが叫ぶ。
『貴方が”あちら側”に居たのなら、何故この戦争を起こしたのよ!』
その男は応えず、その瞳からは何の感情も読み取れなかった。




