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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第一章 受注はしたものの
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櫻井、職をさがす

「それは、MDBが倒産したからだ」


藤田の言葉が、櫻井の脳裏でコダマする。


MDBが構築した投資判断AIがある。

それを顧客がネット証券に接続して、AIが直接売り買いさせるようにした。

投資上限額などは設定しておらず、結果として巨大な損失を(こうむ)ったらしい。


「それは、ウチ(MDB)の責任じゃないだろ!」

「投資に失敗したのはウチのAIの責任だ、というのが顧客側(あっち)の弁護士の言い分だ」


「裁判官は顧客側の言い分を認め、MDBの資産は全て損失補填に回された。ま、あっちの弁護士がスゴ腕だったんだ」

そんな無茶な。呆然と呟く櫻井に対し、あくまで冷静な藤田。

「AIがなぜこんな判断をしたのかってことは、誰も説明できない。それが裁判官には誤魔化しに思えたらしい」


AIの多くの処理は、なぜ動くかすら説明できない。説明できる部分も、高度に数学的な話となるため、裁判官には伝わらない。

裁判官に伝わらないことは、裁判では証拠として認められない。

だからAI絡みの裁判は、ベンダ側が圧倒的に不利になる。


「今は投資の多くをAIがやってるからな。おそらく今までの学習データが役に立たなくなったんだろう」

なんの慰めにもならない説明をする藤田。

ちなみに彼は、かなり以前からAIに投資をさせ、大儲けしたとの噂がある。

「裁判で不利だと知った瞬間に持ち株を売って、助かったよ」


「ちょっと待て! 今お前、なに言った」

櫻井の追求に、電話の向こうで藤田が詰まる気配がした。

「なんでお前が裁判の状況を知ってるんだ」


いやー、と藤田が口を割る。

「ほら、知っての通り俺の妻はアレだから」

大学時代に知り合った藤田の妻は、某財閥の末娘である。

法的には財閥の娘婿だろうが、独身のサラリーマンだろうが裁判の状況を知ることができない、という点は同じ。

ただし、そのタテマエと現実の間には、深い溝が横たわっている。


--ぢぐじょぉおお…

藤田との間にある深い溝を妬む櫻井。

「今回の件で俺は傷者になった。妻の実家からすればな」

彼をとりなすべく、藤田は言う。

「俺は家を追い出された。多分、離婚させられるだろう。もう、息子とも会えないかも知れない」


ゲスではあるが、息子を可愛がっていた藤田の姿を思い出し、櫻井はちょっと同情する。

多少の損得はあっても、職を失ったのは櫻井も藤田も同じだ。

「そうか、お前も大変なんだな」

「あ、そうだ。なぁ麗華、櫻井から電話が来たけど、話すか?」

「!?」


--イッタイ、オ前ハ、ドコデ誰ト話シテイル?


「べつにいいってさ。じゃあ日本に帰ってこれたら連絡してくれ」

ガチャン。ツーツーツー


「俺は、どうやって帰れば…」

改めて藤田に対する妬みを膨らます櫻井であった。


-2045年8月9日(水)16:55-


『大変な状況みたいね』

唖然と呆然、妬みと嫉みが心の中でコサックダンスを踊っている櫻井の前に、女神が舞い降りた。

空港まで送ってくれたお尻ちゃん--ジュリアである。


「あ、ああ。日本まで帰る旅費を捻出できるかどうか…」

『大丈夫。この国は職には事欠かないわ。暫くこっちで働いて旅費を貯めたらどう?』

なんて優しい人だ、特に藤田と比べて。と感動する櫻井。


ジュリアは櫻井の横に座り、携帯ディスプレイ(ノート)を広げる。

『貴方はスクリプトが書けて、AIの技術者でもあるわね』

ポン、ポンと、ジュリアはノートに映し出された項目を選択していく。

『他には、何ができるの?』


ジュリアのノートを見つめると、櫻井の有機EL眼鏡(グラス)が映し出された文字を翻訳する。

ポン、ポン、ポン。

何件か選択すると、次に労働条件の画面が出た。


『住居と食事の提供は必要よね』

ジュリアが2つの条件を選択する。

『他に何か希望はある?』


ポン、ポン、のポン。

賃金欄を選択しようとすると、ジュリアが止めた。

『言葉が話せないのに、高給は望まない方が良いわ。危険だったりキツい仕事もあるから』

女神様の(おお)せのままに。櫻井は賃金欄に手をつけるのをやめた。


『今日泊まる処も無いんでしょ?』

ジュリアに指摘され、"今すぐ就職できる"という欄を選択する。

選択の都度、表示される企業が少なくなっていたが、とうとう1つだけになった。


『このボタンに触れれば、向こうの人事担当に繋がるわ』

色々ありがとう。と涙ぐみそうになった櫻井だが、ネクタイを直し、仕事モードに頭を切り替える。

--いざ。

ポン。


『やーどもども。まいどおーきに』

ノートに、見覚えのある笑顔が映し出された。

『ちょうど皿洗いや掃除、洗濯、その他もろもろの雑用を片付けてくれる人が欲しかったんや』

そこには、デジレが満面の笑みを浮かべていた。


『雑用の合間に、ちょこちょこっとスクリプト書いてくれる人なら大歓迎や』

--これは

『しかも、こないな低賃金で。これなら所長も大満足やで』

てへっ。

横で舌をぺろっと出しているジュリア。


--騙されたーーっ!


泣きっ面にストロングマシーン1号・2号。

渡る世間は鬼ばかり。

そのことを痛感する櫻井であった。

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