国際社会、力押しで解決を図る
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-2046年3月30日 14:00(コンゴ標準時)-
『人工衛星経由で、爆薬点火信号が放送』
ジュリアの声が機内に響く。
『ダミー信号送信開始』
『進路変更。目的地へ向かえ』
手話が続く。
その名の通り成層圏近くを飛ぶB-52は、滑らかに右旋回。
『よーし、良いぞ。なかなかスジが良いじゃないか』
操縦席に座るクリンの肩を叩くのは、パンロゴ。飛行機マニアが昂じて、ブンバ空港からンドラ空港まで目視飛行でB-52を飛ばしてきたバカモノである。
研究所からの脱出を検討した際、拿捕したB-52の利用を提案したのがパンロゴである。密かにブンバ空港に向かった彼は、単身B-52に乗り込み離陸。ンドラ空港で、所長を除く研究所の全員を迎え脱出を成功させた。
だがまさか、自動操縦を使わず手動で目視飛行してくるとは思わなかった。
アサラト他に叱られ、操縦禁止を言い渡された彼は、現在クリンに操縦方法を教える教官となっている。その隣では、ジャンベがいつでも自動操縦に切り替えられるようスタンバってる。
「所長は大丈夫だろうか?」
ちょっと心配する櫻井である。
『大丈夫や。心配あらへん』
いつもと変わらぬデジレである。
『国連軍が狙うとるのは、軍かコンゴ政府AIかSボノボか…他にもあるかも知れんが、所長を捉えたかて一銭の得にもならん』
「そうだけどさ」
損得を考えるなら、そもそも戦争などしない。
否、損得の基準が変わるからこそ、戦争は起きる。
通常なら人が死ぬことは相当な損だ。だがそれ以上の損、または死を補って余りある得のため、戦争を起こす。
だから、所長を害することが得だと国際社会が決めれば、彼の命は風前の灯である。
『ほんなこと、彼女らに聞かせられんやろ』
デジレが囁く。
柔かな笑い顔に、目だけが笑っていない。
「そうだな」
彼女ら――ジュリアやSボノボたちには聞かせられない話だ。
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-2046年3月30日 15:05(CAT)-
『CHMP42、滑走路35L、最終進入』
滑走路の自動音声が操縦室に響く。
『お遊びはここまでよ』
ジャンベが自動操縦に切り替え、パンロゴとクリンが情けない顔をする。
操縦を奪った自動装置が、B-52をブンバ空港に降ろす。
牽引車がやってきて機体の向きを変える。燃料補給車もやって来る。
「こっからまた、何処かに行くのか?」
『いいえ、念のためよ』
櫻井の質問に、軽く応えるアサラト。
与圧され、客室に変えられた爆倉庫から、Sボノボたちが降りていく。
操縦室に居る櫻井たちは、最後に降りることになる。
パンロゴが操縦室を記念撮影し
――ピン
何かが、鳴った。
「?」
『何?今の音』
首を傾げる人類をよそに、Sボノボたちの動きが加速した。
パンロゴが手を振り、タラップを駆け下りる。
思わず後を追おうとする櫻井を、ジャンベが遮る。
「おい、一体何が――」
『国連軍が飽和攻撃を始めたわ』
『?』
アサラトが櫻井の腰に手を回し、背中に顔を埋める。
『数千発の大陸間弾道弾が発射された』
ジャンベの後ろに居るサイムが言う。
『着弾点は、無論ブンバ空港だ』
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『貴方たちは、この機で脱出しなさい』
サイムに寄り添い、アトケが言う。
『核爆発時には大量の電磁波が出る。この空域のレーダ網は麻痺するわ。だからこの機は感知されずに、逃げることができる』
「いや、それじゃ皆を呼び戻さないと!」
櫻井と目を合わせ、アサラトが首を横に振った。
『いえ。私たちは一緒には行けない』
『人類社会は、どうしても私たちを受け入れられない』
『自分たちを滅ぼしうる者の、存在を認めることができない』
アサラトとアトケが言う。
『痛ッ、ちょっ…何を』
『もう、会うことはできない』
クリンがデジレを見ずに言う。
その手にはデジレの髪の毛が1本ある。
クリンの目から涙が溢れ出す。
『僕は、楽しかったよ。君と一緒に研究できて』
デジレの髪の毛を、手に持った小さな装置に入れる。
『君も、少しでも楽しかったなら…いや』
クリンは首を横に振ると、デジレに装置を渡す。
『君に贈る祝福だ。決して…絶対に呪いじゃない。信じてくれ』
『アサラト、時間よ』
アトケが辛そうに言い、タラップに手を掛ける。
『さよならジュリア、サクライ。人類が皆、貴女たちのような人だったら良かったのに』
『サイム!』
アトケと共に機を降りようとするサイムに、ジュリアが叫ぶ。
『私は彼女らと共に行くよ。彼女らも受け入れてくれた』
『そんな、私も――どうして』
『サクライと、幸せにな』
デジレは、呆然と機を降りるクリンを見つめる。
最後まで2人の視線が交わることは無かった。
櫻井の視線がアサラトの肩に注がれる。
いつの間にか、白い小さな身体がそこにあった。
「アル!お前まで」
アルジャーノン012Yが立ち上がり、手を振る。
その目から涙が溢れる。
その小さな身体に、精一杯の悲しさを表して。
他の者が全員機を降り、タラップが離れていく。
機に残る3人を最後まで遮っていたジャンベが、出口に跳ぶ。
閉まりかける扉を蹴り、離れていくタラップに取り付く。
彼女の手が、今生の別れを告げていた。
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-2046年3月30日 15:30(CAT)-
ブンバ空港を飛び立ったB-52は、超低空飛行で離れていく。
閉じ込められた3人は自動操縦を解除できず、唯、国連の放送を聞くことしか出来なかった。
『この度、国際連合に加盟する196ヶ国は全会一致で、遺伝子操作生物の排除を決定致しました』
『コンゴは国連に加盟もしてないってわけ⁉︎』
ジュリアの言う通り、本来の国連加盟国は197ヶ国。だが現実は変更されているらしい。
『彼ら――否、”それ”らは人工的に創られた物であり、神へ近づこうとする科学者の思い上がりから産まれた物です』
『それらは確かにそれなりの知能を持ち、話すこともできる、ように見えます』
「見えます?」
思いっきり話してた。手話でだが。
『ですが、それは意味を分かって話しているのではありません』
『彼らは高度な訓練を受けたオウムの様に、教わった言葉を繰り返すだけです』
『それが世界の”真実”ってわけね…』
呆れたようにジュリアが吐き捨てる。
『それらは中途半端に知能が高く、故に危険です。我々は、それらの絶滅に全てを――
「だからッ‼︎ 核ミサイルで全てを無かったことにするのかッ!」
櫻井の叫び声は、国際社会には届かない。
『これは大量虐殺ではありません。彼らは我々と別種です。もし子孫が残せるなら別ですが、そんなことは不可能です』
『不可能なことなど無い』
突然、別の声が割り込んだ。
国連放送に割り込んだその声は、画像を伴い全社会に放送された。
サイムが左側に、アトケが右側に、その間に居るのは第3世代のマセンコだ。
『もし子孫が残せるなら別だと言ったな』
サイムが凄みのある笑みを浮かべ――
『この娘は、私とアトケの実の娘だ』




