国連軍、詰めの一手を指す
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-2046年3月30日 11:30(CAT)-
サカニア研究所から南南東へ30km。ザンビア共和国、ンドラ空港。
そこに、巨大な機体が近づく。
「CHMP42、滑走路28R、最終進入」
航空管制官の指示に従い、滑走路28Rに正対する機。
だが、機からの返信は無い。
規則違反であることは間違いない。
だが、管制官が苦情を申し立てて良い相手でないことも、間違いない。
コールサインCHMP42は、無言のままその巨体を滑走路へ降ろした。
駐機すると、直ぐに給油が開始される。
そして、特別口から機に乗り込む何人もの姿。
フードを被ったその姿は妙に小さく、無言だ。
飛行計画によれば彼らは米軍。部隊名は伝えられず、ただC中隊とのみ書かれていた。
――薄っ気味悪い
管制官の心に、そんな言葉が過ぎる。
「CHMP42、プッシュバック承認。滑走路10L」
――さっさと行っちまえ
「CHMP42、風向120、風力3。離陸を許可、滑走路10L」
プラット・アンド・ホイットニ社製ターボファンエンジンが唸りを挙げ、”成層圏の要塞”はその巨体を空へ浮かべた。
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-2046年3月30日 12:00(CAT)-
「コミック・ヒーローズから入電。”D”の毛髪を確保との事」
第442連隊戦闘団幹部に笑みが広がる。
このために、何十万人の血が流れたか。
何百万発の弾丸が撃たれ、何千万ガロンの燃料が費やされたか。
だが今、その全てが報われた。
“現実”の瑕疵を修正する銀の弾丸。
それが今、米陸軍に――米陸軍だけの手に渡ったのだ。
「サカニア総合研究所へ部隊を送れ。何者も進入させるな」
その弾丸は――手段は、米陸軍だけのものだ。
「C中隊は?」
ウィリアム中将の声に、大佐が応える。
「ンドラ空港を離陸。パトリック空軍基地に向け飛行中です」
中将がふと目を天井に向け、呟く。
「航空事故は無くならんものだ」
「は?」
「乱気流、翼面の凍結による失速、ピトー管に虫が詰まったり、パイロットがレバノン料理を食べたり――原因は様々だが、この時代であっても飛行機は墜ちる」
大佐は中将の意を汲み、無言で頷いた。
「元少将には、哀悼の意を表しよう」
それから、と中将は付け加える。
「夫は返してやれ、傷もつけるな」
再度、切り札を切る時の為に。
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-2046年3月30日 14:00(CAT)-
「人工衛星経由デ、爆薬点火信号ガ放送」
と、シルヴィ。
「これで、君たちは自由だ。探そうとする者も居ない」
四輪駆動車に凭れながら、所長が言う。
きっと何処かで、C中隊を乗せた軍用機が墜落しているのだろう。
そのような情報が、全世界の航空管制システムに伝達されている筈だ。
それが世界にとっての”真実”。
だが、それは実は嘘だ。
此処は森林の中。C中隊の面々は、思いのままに過ごしていた。
木に登る者、小動物を捕まえBBQの準備をする者、毛繕いをする者たち、こっそり森の奥へ行く2人連れ。
「彼女らも、移動手段を手に入れた」
Sボノボが移動しようとすれば、目立ってしょうがない。明らかに人類とは手脚のバランスが違うのだ。
だが、Sチンプと見分けがつく者は、そうそう居ない。
彼女らがC中隊だと名乗れば、国連軍では誰も遮ることはできない。
詮索することもできない。
なにせ米軍の最高機密である。詮索する者が居れば、米軍がその口を塞ぐ。
「彼女らは今頃、次の目的地へ向かっているところだろう」
そう、所長は笑みを浮かべる。
「じゃぁこれで作戦終了ね。お疲れ様」
明るくジェニファが言う。
「次の使令があるまで、各員自由行動よ」
そして、死亡した兵士に使令を下す者など居ない。
晴れて自由の身である。
解き放たれたSチンプたちは、コンゴの密林でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし——
とは、ならない。
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-2046年3月30日 14:25(CAT)-
Sチンプは、兵士として創られた。
人間によって創られた生物に、神の下の平等など無い。
人類を超える知能も、人類と9割以上同一の遺伝情報も、言語遺伝子改変による会話能力も、彼らに人権を与えることは無い。
彼らは兵器であり、資産であり、減価償却の対象だ。
これまで創られた数百個体の内、使えなくなった——費用対効果が認められなくなった者は廃棄された。
それが可能な資源だ。
一方で、彼らは脅威だ。
人類を超える知能、腕力。
鍛え抜かれた戦闘技術、各種兵器への習熟、戦略・戦術知識。
そして、人類と同等の凶暴性。
もし彼らが反乱を起こせば、勝てる部隊は殆ど無いだろう。
だから米国の害にならぬよう、爆薬付きの首輪を嵌められていた。
管理されてきた。
その首輪は無く、残る127名全員が此処に居る。
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ファイベンがジェニファの前に立つ。完全武装で。
彼の後ろには、何十名ものSチンプが同様の装備を着けて並んでいる。
「俺タチガ復讐スルトハ、考エナカッタノカ?」
「誰に?」
ジェニファの言葉にファイベンは唖然とした表情を浮かべ、数瞬固まった。
そして、首を振り苦笑する。
「人類…ト言ウ心算ダッタガ――」
人類全体は、誰と言うには多すぎる。
「ソウダナ」
武装したSチンプたちに、次第に理解が広がっていく。
Sチンプを不遇な目に合わせた者、彼らは人類の部分集合であり、人類全体ではない。だが時に人間は――社会は、自分に都合の良い線引きをして、憎しみの対象を部分集合から全体集合にすり替えてしまう。
「人類全体を憎しみの対象にするなら、類人猿全体まで広げない理由が必要だな」
所長が横から茶々を入れる。
「理由ナラ簡単」
C中隊の参謀――ゲィレットが言う。
「人類全体ガ、彼ラヲ含ミ私タチを含マナイ、最大ノ集合ダカラヨ」
「復讐心ハ常ニ対象ヲ、可能ナ限リ大キナ集合ニシタガル」
ゲイレットはクルリと目を回すと――
「ソノ様ナ文化的遺伝子ヲ持ッタ社会ガ、戦争ニ勝チヤスカッタ」
復讐心の対象を適切に選ぶ社会は、全て滅ぼされたからだ。
「デモ戦争ニ勝利スルニハ、私タチノ数ハ――
ゲイレットの唇を、ファイベンは人差し指で塞ぐ。
「判ッタ」
親兄弟を”廃棄”した米陸軍隊員への復讐心はある。それはファイベンの心が生んだ復讐心だ。
だが、対象を人類全体に広げようとするのは、人類社会が創ってきた文化的遺伝子だ。
そんな文化的遺伝子に、心を支配されてはならない。
ファイベンが手話を送ると、全員が武装を下ろし樹々の中に消えた。
「判ってないわね」
ジェニファがダメ出しをした。
判ってないって、復讐心の適切な対象が?
人類が創った文化的遺伝子に振り回されてはならん、という判断が?
そんな疑問を顔に表すファイベンに、ジェニファはビシッと指を突きつける。
「女の子の唇を塞ぐのは、人差し指じゃないわよ」
突きつけた指を自分の唇に向け、意味ありげに微笑む。
――するの?
――ちゅー、するの?
興味津々という感じで、ファイベンとゲイレットを見つめるジェニファ。
そこら辺は、まだ子供である。
――一応、恩もあるし
――期待に応えるべきかしらん?
多少悩む、ファイベンとゲイレット。実は2人、夫婦である。
「デモ、米国マデ行ッテ、彼ラヲ脅カシテヤルノモ楽シソウダケドネ」
木からぶら下がって見ていたシルヴィが、ファイベンの首を後ろから抱きしめる。
「ア…」
そのまま自分の方に向かせ、唇を奪う。
呆然とするゲイレット。
ここで、彼らは米国社会で育てられた、という事実がある。この社会、禁欲を善としている。
神に立てた誓いにより、死が2人を分かつまで、千代に八千代に苔のむすまで、浮気はご法度である。そして、仮に夫婦の間でも、子作り以外の目的で性行為など、イタしてはならぬ。
一方、多くのチンパンジの群れは乱行である、と云う科学的事実がある。このためチンパンジの睾丸/体重比は、人類に比べ大きい。
つまりチンパンジの男は皆、絶r…いや何でもない。
勿論チンパンジだからといって、ファイベンが浮気や乱行などをして良いわけではない。
“〜である”から〜べき”を導いてはならない。
“ヒュームのギロチン”と呼ばれるこの原理によれば、ファイベンはシルヴィの誘惑に負けてはならぬ。
一方、”スタージョンの第2法則と”呼ばれる以下の経験則がある。
“全てのものの90%はクズである”
つまり、男の90%はクズである。
実は、ファイベンもクズである。
そして、シルヴィは女性的魅力に溢れたSチンプである。
その後ファイベンを始めとした男どもが7つの大罪の1つを犯し、人類への戦争どころじゃない事態に陥った。
言い訳しようが無い状況でゲイレットに見つかったファイベンの運命は、くれぐれもご内密に。




