国連軍、心に棚を作る
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-2046年3月25日 14:05-
「君は誰だ」
と中将は言った。
「私の事ならジェニファと呼んで」
と女性が言った。
米陸軍、第442連隊戦闘団幹部が揃った前で。
動揺もせず。
招かれざる客にも関わらず。
「私はナタリー元少将を--
「黙りなさい」
中将の発言を止める。
「ママをそう呼んで良いのはパパだけ」
君は――
と中将は眼を見張る。
「彼女の娘か」
円卓に座る大佐が、指でサインを送る。
2名の伍長がジェニファの背後から腕を掴もうとする。
1人は投げられ、もう1人は関節を極められた。
その場の誰も、何が起きたか分からぬ内に。
「そして”彼”の娘よ」
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数十年前、世界に幾度かの危機が訪れた。
人類絶滅級の危機だ。
米陸軍と日本の陸自から十数名の者が選出され、それに対処した。
その内2組、4名が結婚し、幾人かの子供が生まれた。
“現実”には、そんな危機は起きなかった。
“真実”は改変済みだ。
だが米陸軍には――幹部にさえ、その時の記憶を残す者が居た。
中将の様に。
「パパは無事かしら?」
ジェニファは、その子供の1人だと言っている。
それも、米陸軍最強の女性と、陸自最強の男性の間に生まれた子供だ、と。
そして、目の前でその実力を――実力の片鱗を見せた。
否、誰にも見えなかった。
中将は数十年前、南アフリカ共和国の作戦で、彼女の両親に会っている。
母親には、目の前に立たれただけで鳥肌が立つほど、圧倒的な戦闘力を感じた。
父親には何も感じず、片手でも遇らう事が出来そうだった。
だが戦闘になると彼は、姿が見えぬほど速く、正確無比に動き、素手の一撃で化物を屠った。
その状況を、中将は恐怖と共に記憶している。
もし目の前の女性が、その2人の能力を受け継いでいるなら――否。
中将の肌が、目が、知っていた。
ジェニファは、2人の能力を受け継いでいる。
鳥肌が立つほど圧倒的な戦闘力と、姿が見えぬほど速い動きを受け継いでいる。
勝ち目は無い。
中将は目の前の端末を操作し、ジェニファに向けた。
「ハイ、パパ。元気そうね」
女性の顔がほころんだ。
『あ、ああ、いや。ちょっと元気とは言えないなぁ』
端末から控えめな声が響いた。
「ママが怒ってたわよ」
カチカチカチカチ…
端末から、妙な音が聞こえ出した。
「勝手に出て行って、まんまと捕まるなんて」
端末の中の男が震え、歯が鳴ってる音だ。
『い、いやだって、お前が攫われたとウィリアムから…』
「嘘に決まってるじゃない」
ジェニファはウィリアム中将を見据えた。
「お陰でアタシが余計な仕事を引き受ける羽目になっちゃったわ」
「!?」
扉が開き、黒い姿が5つ現れた。
度肝を抜かれた第442連隊戦闘団幹部の前で、ジェニファは言う。
「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている――その精神を貴方たちは一体何処に捨て去ったの⁉︎」
彼らは――と中将は口を開くが声にはならなかった。
ジェニファが口にしたのは米国独立宣言の前文。米国社会の背骨だ。
否――だった。
ジェニファは宣言した。
「第100歩兵大隊C中隊、指揮を執るわ」
C中隊の戦闘員5名が、ジェニファの背後を守る様に立つ。
但し――とジェニファは母親を思わせる笑みを浮かべる。
「C中隊全員への全権委任。必要な物資、輸送機関の提供。そして”被害”は無制限まで許容よ」
“No”と言った瞬間、その者の命は無いだろう。
米軍内でも扱えぬC中隊。
その枷が外れている。
そして、中将がナタリー元少将に依頼しようとした条件は、正にその通りだった。
C中隊戦闘員を率い、速やかにサカニア総合研究所を制圧。
“D”の遺伝情報を入手し米陸軍に、米陸軍のみに届けること。
そのために、C中隊への全権委任。必要な物資、輸送機関の提供。そして被害は無制限まで許容。
「あと、パパはちゃんと南アフリカまで届けてね。ケープタウン空港でママが待ってるわ」
いやちょっと待ってくれ、と端末から悲壮な声が響くが聞く者は居ない。
「行くわよ」
ジェニファの声にC中隊の5名が頷く。
「イエス、マム」
掠れた声で、そう聞こえた。
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-2046年3月29日 18:25-
コンゴの密林を黒い影が走る。
枝から枝へ飛び移り、罠は次々に無害化されていく。
その進軍速度は、先日の第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊を超える。
C中隊だ。
装備を着けず服すら纏わず、殆ど生まれたままの姿の彼らは、此処が生まれ故郷のように迷わず進んで行く。
サカニア総合研究所からの迎撃部隊の姿は無い。
違和感を覚えながら、ジェニファは前進を止めない。
数時間後、目的地が――サカニア総合研究所が見えた。
「C中隊総員127名、全員到着」
中隊長のファイベンが、掠れた声でジェニファに伝える。
当然の様に頷くジェニファ。
「突入部隊ヲ編成、指示ヲ待ツ」
横に現れたシルヴィが囁く。
彼女の後ろには3つの影が居る。
「では指示よ。たとえ撃たれても、相手を殺さないように」
ジェニファの指示にファイベン、シルヴィを含めた5つの影が立ち竦む。
「貴方たちの未来には、多分それが必要」
そう言うとジェニファは自ら拳銃を落とす。
数瞬、5つの影は動きを止めたが、ファイベンが銃を落とすと他の4名もそれに倣った。
「最初に私、次にアイアン、その時点で銃撃が無ければ他の4名も来て良いわ」
ジェニファは5名の中で、最も頑健な者を選ぶ。
「有レバ?」
「敵を陽動して。その間に私とアイアンで目標を無害化する」
もし出来なければ――
「その時はファイベン、貴方が指揮者。C中隊への全権委任も引き継ぐわ」
つまり――
「以後、C中隊は誰の命令も聞く必要は無い」
思わず自分の首に手を伸ばすファイベン。
そこに、以前嵌められていた爆薬付きの首輪は無い。
「行くわ」
5名が何も言えぬ内にジェニファは走り出す。
銃撃は、無い。
一瞬の迷いを見せたアイアンに、ファイベンが指でサインを送る
――行け
アイアンが疾走し、研究所の外壁に辿り着く。
銃撃は、最後まで無かった。
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-2046年3月29日 23:05-
研究所は、静まり返っていた。
多くの部屋には、生きている者の気配が無かった。
ただ一室、所長室と書かれた部屋から寝息が聞こえていた。
他の皆に下がるよう指示を出すと、ジェニファは扉をノックする。
寝息が止み、灯りが点きゴソゴソ動く音がする。
扉が開くと、大柄な黒人男性が現れた。
「サカニア研究所、所長のルムンバだ」
握手を求める右手を、ジェニファは無視する。
少し肩を竦め、所長は言う。
「入りたまえ。そちらの5人も」
「私タチハ人デハ無イ」
「人類じゃないだけだ」
所長はそう言うと、扉を開けたまま部屋に戻る。
「サカニア総研では君たちは人間だよ。Sチンプの諸君」
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Sボノボの第1世代は、イスラエルで生まれた。
彼女たちを創った技術は米国にも伝えられ、陸軍主導で同様な生物が創られた。
ただし、基となった生物はボノボでは無い。
チンパンジだ。
同じパン族のボノボとは異なり、彼らの凶暴性は非常に高い。
人類と同じくらい高い。
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-2046年3月29日 23:10-
室内で、所長はコーヒ・メーカのスィッチを入れると、ソファに座った。
「最初に幾つかの情報を教えよう。時間の節約になる筈だ」
脚を組むと、快活な調子で続ける。
「この研究所に居るのは私だけだ。おおっと、閉じ込めている特殊部隊員を除いてね」
Sチンプの顔色を読み、所長は続ける。
「彼らは生きている。一時的に錐体路--随意運動信号を伝達する神経を麻痺させているから、鼻の頭も搔けんがね」
そして、とにんまり笑う。
「他の者が何処に行ったのか、私は知らない」
敢えて聞かないようにして来た。尤も--
想像はつくがね、と肩を竦める。
「何処に行ったの?」
余り気乗りのしない声でジェニファが聞く。
「君たちには手の届かない世界さ」
所長はそう応えた。




