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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第七章 おばあちゃんはパルチザン
56/81

コミックヒーロが到達する

========

-2046年3月20日 12:45-


ケントは1人、配置に着いた。

此処に到達したのは、彼だけだった。

他の3名は時間が過ぎても現れなかった。

おそらく、もう生きてはいまい。


最終目的地まで約300m。

その距離が非常に遠い。

森林が200m。その領域は問題ない。

問題は最後の100mだ。


非常に広い庭。平な地面は芝生で見通しが良い。

森林から1歩出れば、狙撃銃の弾丸がケントを貫くだろう。

先程、スコープに反射した光が、研究所の小さな窓に見えた。


ブルースの重火器なら森林内から攻撃できた筈だが、そのブルースの姿は無い。

超人的な勘を持つダイアナならば、射手が引金を引くその一瞬を察し、銃弾を避けることができたかも知れない。だが、そのダイアナの姿も無い。

カーラの狙撃なら、木に身を隠しながら射手を狙えた可能性はある。そのカーラも居ない。


此処にはケントしか到達できなかった。

彼だけが此処に到達した。

だが、それで充分だ。


========

-2046年3月20日 12:50-


サカニア総合研究所では、”ターゲットα”と呼ばれる男を追尾していた。

木々に、獣に仕込まれたカメラ。各種センサ。

それに連動した罠。展開した第1世代の部隊。

それら全てをすり抜け、ターゲットαは研究所の側に来ている。


運、偶然、そんな言葉は意味を成さない。

どうやってかその男は、多数の罠を回避して来た。

監視の目が切り替わる一瞬に見失い、別の目に映った時には信じられぬ距離を移動していた。


「テレポートでもしてるんじゃないか?」

呆然と櫻井が呟く。

ターゲットαを留める手は、もう殆ど残っていない。

研究所の屋上で配置に付いているコラと、彼女が持つ狙撃銃だけだ。


========

-2046年3月20日 12:52-


鼻から息を吸い、丹田に落とす。

口から細く長く息を吐き、精神を研ぎ澄ます。

コラはスコープに、森林の奥に潜むターゲットαを捉えている。

ターゲットも、捉えられていることを認識している。


だが、ターゲットが認識していない事が、すくなくとも1つ。


銃弾がターゲットを貫く時、失われるのは彼の命だけではない。

もし彼女が彼を殺せば、彼女は群れから離れる。

そして第1世代全員が、群れから離れる。

第1世代全員の人生が、失われる。


――でもね


コラは”あの時”の光景を思い浮かべる。

子供たちが誘拐された時、コラは密猟者の姿を照準に捉えていた。

あの時、引金を引けば、ハラムが英国に拐われることは無かった。

あの時、引金を引いていれば、この状況は発生していなかった。


コラが引金を引いていれば、この戦争は起きていなかった。

ブラザヴィルで業火に呑まれた50万人は、今も生きていた筈だ。


――だから


心を、感情を、今は別の場所に置く。

自分を設計された1個の機械とする。

ターゲットを撃つ、その目的で心を再構築する。


========

-2046年3月20日 12:53-


「来た!」

櫻井が叫ぶ。


静止衛星が捉え、モニタに映し出される研究所。

その東側、森林の奥から擲弾(グレネード)が飛び、着弾と共に煙が上がる。

風に流され、煙は西に――研究所の方に漂う。

だが、


「居ないぞ?」

モニタの画像を拡大し、赤外線画像をオーバラップさせる。

其処にいる筈のターゲットαの姿が無い。


========

-2046年3月20日 12:54-


その一瞬、ケントは駆ける。研究所の南側(・・)から

ゼンマイ仕掛けで投擲した煙幕弾。

そちらに狙撃手の注意が向けられる可能性に賭けて。


ケントの視界に、シャッタが閉められた正面玄関が大きくなっていく。

後30m近づいたら焼夷手榴弾でシャッタを破壊する。中に入ればこちらのものだ。

その時、視界の隅、上方、研究所の屋上に光が見えた。

――嗚呼


――あの光は多分、ツァスタバのマズル・フラッシュ。

――まるで気づかなかった。いい腕だ。


========

-2046年3月20日 12:54-


研究所の周りには各種センサが張り巡らされ、どれほど気配を消しても大型哺乳類を見逃すことは無い。

もしもハツカネズミ程度の大きさだったなら、ターゲットαにもチャンスがあったかも知れない。

もしも豹ほどの速度を出せたなら、玄関に辿り着くことが出来たかも知れない。


だが、超音速で飛来する5.56x45mm NATO弾を躱すには、ターゲットαは大きすぎ、遅すぎた。

引金を引いた刹那に、コラには判った。

自分の殺意を乗せた弾丸が、ターゲットの頭部を貫くと。


そして、第1世代の運命が決まった、と。

コラの心が喪失感と絶望で塗りつぶされる。

次の瞬間、光学照準器(スコープ)の光景が黒一色で塗りつぶされた。


========

-2046年3月20日 12:54-


ガンッ!

何かにNATO弾が当たり、軌道が逸れる。

それがケントの前に立ち塞がる。


――此れは、何だ


避けられぬ筈の死を逃れたケントは、目の前の光景が理解できなかった。

目の前に聳えるのは、3m近い巨躯。

その躯が、異常な速度で動く。おそらくケントより速い。


――知性化されたゴリラか!?


反射的に放ったケントの拳は、その躰の異常な硬さを教える。

ケントの意識は、理解できない状況にパニックに陥っている。

だが訓練された彼の身体は、意識とは無関係に戦闘を続けた。


ホルスタから抜いた拳銃(P320)を3点射。だが、目の前の躰はそれを躱す。

回り込もうとする彼の動きは読まれ、横蹴りで吹き飛ば――されなかった。

ヘビー級のボディブロゥに勝る衝撃を肝臓部分に喰らった直後、ケントはその足に身体を掴まれていた。


右手の拳銃が敵の胴に向かって吼える――が、左手に掴まれ位置がずれた。

銃弾は敵の頭に当たり、何かが割れる音が響いた。


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-2046年3月20日 12:55-


強化外骨格(エクゾ・スケルトン)のチタン・カーボン複合材に.357SIG弾が当たり、跳弾でカメラが壊れる。

――ふゥ

衝撃で右足が誤動作を起こし、ターゲットαは離してしまったものの

――間に合ったぜッ!!

強化外骨格の中で、オルトゥが雄叫びを挙げる。


すり抜けようとするターゲットαを、左足が捉える。

その足は、人類(ヒト)の様に地を駆けるためだけの器官では無い。

他の指と別の向きに付いた親指が、ターゲットの脚を握り締める。


芝生を盛大に掘り返しながら、オルトゥとターゲットαは庭で静止した。


========

-2046年3月20日 12:56-


『間に合った!』

端末室で第3世代のジュンジュンが叫ぶ。

「何だ!アレは!!」

櫻井の叫び声も聞かず、その膝の上で吠える。


『やっちゃえっ!オルトゥ!!』


========

-2046年3月20日 12:57-


ケントの手から拳銃がこぼれる。すかさず奪われ、だが使い方が判らないのか、遠くに放り投げられた。

「さて、物騒な火器は没収させて貰ったぜ」

突然、目の前の巨躯から声が響いた。


――否

目の前の強化外骨格(パワード・スーツ)からだ。


米陸軍でも研究はされている。だが重く、遅く、実用化には遠い。

この国(コンゴ)の軍事技術は、我が国(米国)を超えている。その認識がケントの脳裏に染み込む。

この国は危険だ。

世界(米国)のために、滅ぼさねばならない。


その中心には実験動物の猿――否、ボノボが収まり、拡張された腕脚を操っている。

踏み込んだ強化外骨格の左足が、沼地を捉えきれずにバランスを崩した。


もしケントが相手を実験動物と思わなければ、自分と同じ知能を持つ人間と思っていれば、勝敗は変わったかも知れない。

ケントの意識の片隅には、”その実験動物は人類に匹敵する知能を持つ”という知識があった。だが彼の無意識は、反射速度で彼の身体を動かすアルゴリズムは、強化外骨格を操る毛むくじゃらの姿を”知能を持たぬ獣”と認識してしまった。


人類は他の獣に比べ、肉体的に遥かに脆弱だ。

その差を埋めるため、人類は何千年も知識を継承し、幾世代もの試行錯誤により、獣を超える戦闘力を己の身体から引き出す方法を求めた。

人間だけが、武道を継承し身体に刻みつけてきた。


ケントの無意識は、そう思ってしまった。それが常識だからだ。

もちろんSボノボには、その常識に従う義務がない。


========

-2046年3月20日 12:58-


――ありゃ


強化外骨格の右脚がターゲットαの頭をクリーンヒットし、脳を揺らされたターゲットが昏倒した。

「いや」

いやいやいや。

仮にも相手は第1特殊部隊(デルタ)デルタ作戦分遣隊(フォース)。 こんなフェイントに誘われる筈はない。

これは罠だ。


だが、周りにSボノボが集まり網をかけても、ターゲットはピクリともしない。

「よもや?」

ドゥンドゥンが言う。

いやいやいや。


「こ、この強化外骨格の原動力は俺だ。で、だなっ、コイツはパワーを犠牲にして、スピードを追求してる。だからヒト相手でも相手は死んだりしない――筈…」

しどろもどろに弁解を始めるオルトゥ。

「でも貴方、馬鹿力だから…」

弁解を切って捨てるジャンベに、オルトゥが青くなる。


「大丈夫、生きてるわ」

脈と呼吸を診たイナンガに、全員が深く息を吐く。

せっかく殺人を犯さぬよう肉弾戦に持ち込んだのに、それで死人が出たら本末転倒である。


と、突然目を開け、網から逃れようと足掻くターゲットα。

「脳死状態でもないわね」

とジャンベ。

無手で網をかけられたヒトなど、ボノボの敵では無い。

強力な握力で動きを封じられ、筋弛緩剤の針が突き立つ。


「良かった。オルトゥだけ置いてかにゃいかんかと思った」

呟くバラフォン。

驚愕するのはオルトゥである。


「ちょ、ちょっと!その時は第1世代全員って話だったんじゃ?」

「コラは可哀想だから置いてけないがな」

お前さん(オルトゥ)なら大丈夫。1人でも逞しく生きていける」

「ちょ、お前ら、酷…」

オルトゥ、弄られキャラである。

愛されているのである。イジメでは無い。タブン。


「まぁ、コイツは殺さぬよう俺たちが確保しとくから」

「お前は近づかないように」

「ヒマか?なら、屋上で弱ってる姫の下に馳せ参じろ」

オルトゥの視線が、研究所の屋上に向かう。


次の瞬間、豹を凌駕する速度で強化外骨格が走り、研究所の外壁を登って行った。


========

-2046年3月20日 13:10-


「よぉ」

オルトゥの言葉に、弱々しく顔を上げるコラ。

「間に合ったぜ」

歯を剥き出し笑みを浮かべるオルトゥに、コラは手を伸ばす。


オルトゥが思わず差し出す強化外骨格の手を跳ね除け、コラは手を伸ばす。

オルトゥに。

拘束していたベルトを外すのに手間取ったオルトゥが、コラの手を取ったのは数分後だった。


「次からは、もっと早く来なさい」

冷たい声とは裏腹に、コラの腕はオルトゥの体を抱きしめ、震えていた。

「ああ、次は最初から一緒にいるさ」

「…嘘つき」


「脚が震えて立てないわ」

「ああ」

分かってる。

「部屋まで連れて行って」

「仰せのままに」


コラを抱き上げオルトゥが屋上の扉に近づく。と、緩やかに扉が開かれ、ムベトが現れた。きっちり毛繕いを済ませ、ベストまで来ている。

「101号室です」

凝った意匠の鍵を渡す。

「お車とお手荷物はこちらで」

強化外骨格を”お車”、狙撃銃を”お手荷物”というのは、ちょっとムリがある。


扉が閉まる音を背後で聴きながら、ムベトは呟く。

「良い夜を」

その夜、101号室(スィートルーム)で何があったのか。

その件はくれぐれもご内密に。


18禁なので。

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