コミックヒーロが到達する
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-2046年3月20日 12:45-
ケントは1人、配置に着いた。
此処に到達したのは、彼だけだった。
他の3名は時間が過ぎても現れなかった。
おそらく、もう生きてはいまい。
最終目的地まで約300m。
その距離が非常に遠い。
森林が200m。その領域は問題ない。
問題は最後の100mだ。
非常に広い庭。平な地面は芝生で見通しが良い。
森林から1歩出れば、狙撃銃の弾丸がケントを貫くだろう。
先程、スコープに反射した光が、研究所の小さな窓に見えた。
ブルースの重火器なら森林内から攻撃できた筈だが、そのブルースの姿は無い。
超人的な勘を持つダイアナならば、射手が引金を引くその一瞬を察し、銃弾を避けることができたかも知れない。だが、そのダイアナの姿も無い。
カーラの狙撃なら、木に身を隠しながら射手を狙えた可能性はある。そのカーラも居ない。
此処にはケントしか到達できなかった。
彼だけが此処に到達した。
だが、それで充分だ。
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-2046年3月20日 12:50-
サカニア総合研究所では、”ターゲットα”と呼ばれる男を追尾していた。
木々に、獣に仕込まれたカメラ。各種センサ。
それに連動した罠。展開した第1世代の部隊。
それら全てをすり抜け、ターゲットαは研究所の側に来ている。
運、偶然、そんな言葉は意味を成さない。
どうやってかその男は、多数の罠を回避して来た。
監視の目が切り替わる一瞬に見失い、別の目に映った時には信じられぬ距離を移動していた。
「テレポートでもしてるんじゃないか?」
呆然と櫻井が呟く。
ターゲットαを留める手は、もう殆ど残っていない。
研究所の屋上で配置に付いているコラと、彼女が持つ狙撃銃だけだ。
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-2046年3月20日 12:52-
鼻から息を吸い、丹田に落とす。
口から細く長く息を吐き、精神を研ぎ澄ます。
コラはスコープに、森林の奥に潜むターゲットαを捉えている。
ターゲットも、捉えられていることを認識している。
だが、ターゲットが認識していない事が、すくなくとも1つ。
銃弾がターゲットを貫く時、失われるのは彼の命だけではない。
もし彼女が彼を殺せば、彼女は群れから離れる。
そして第1世代全員が、群れから離れる。
第1世代全員の人生が、失われる。
――でもね
コラは”あの時”の光景を思い浮かべる。
子供たちが誘拐された時、コラは密猟者の姿を照準に捉えていた。
あの時、引金を引けば、ハラムが英国に拐われることは無かった。
あの時、引金を引いていれば、この状況は発生していなかった。
コラが引金を引いていれば、この戦争は起きていなかった。
ブラザヴィルで業火に呑まれた50万人は、今も生きていた筈だ。
――だから
心を、感情を、今は別の場所に置く。
自分を設計された1個の機械とする。
ターゲットを撃つ、その目的で心を再構築する。
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-2046年3月20日 12:53-
「来た!」
櫻井が叫ぶ。
静止衛星が捉え、モニタに映し出される研究所。
その東側、森林の奥から擲弾が飛び、着弾と共に煙が上がる。
風に流され、煙は西に――研究所の方に漂う。
だが、
「居ないぞ?」
モニタの画像を拡大し、赤外線画像をオーバラップさせる。
其処にいる筈のターゲットαの姿が無い。
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-2046年3月20日 12:54-
その一瞬、ケントは駆ける。研究所の南側から
ゼンマイ仕掛けで投擲した煙幕弾。
そちらに狙撃手の注意が向けられる可能性に賭けて。
ケントの視界に、シャッタが閉められた正面玄関が大きくなっていく。
後30m近づいたら焼夷手榴弾でシャッタを破壊する。中に入ればこちらのものだ。
その時、視界の隅、上方、研究所の屋上に光が見えた。
――嗚呼
――あの光は多分、ツァスタバのマズル・フラッシュ。
――まるで気づかなかった。いい腕だ。
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-2046年3月20日 12:54-
研究所の周りには各種センサが張り巡らされ、どれほど気配を消しても大型哺乳類を見逃すことは無い。
もしもハツカネズミ程度の大きさだったなら、ターゲットαにもチャンスがあったかも知れない。
もしも豹ほどの速度を出せたなら、玄関に辿り着くことが出来たかも知れない。
だが、超音速で飛来する5.56x45mm NATO弾を躱すには、ターゲットαは大きすぎ、遅すぎた。
引金を引いた刹那に、コラには判った。
自分の殺意を乗せた弾丸が、ターゲットの頭部を貫くと。
そして、第1世代の運命が決まった、と。
コラの心が喪失感と絶望で塗りつぶされる。
次の瞬間、光学照準器の光景が黒一色で塗りつぶされた。
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-2046年3月20日 12:54-
ガンッ!
何かにNATO弾が当たり、軌道が逸れる。
それがケントの前に立ち塞がる。
――此れは、何だ
避けられぬ筈の死を逃れたケントは、目の前の光景が理解できなかった。
目の前に聳えるのは、3m近い巨躯。
その躯が、異常な速度で動く。おそらくケントより速い。
――知性化されたゴリラか!?
反射的に放ったケントの拳は、その躰の異常な硬さを教える。
ケントの意識は、理解できない状況にパニックに陥っている。
だが訓練された彼の身体は、意識とは無関係に戦闘を続けた。
ホルスタから抜いた拳銃を3点射。だが、目の前の躰はそれを躱す。
回り込もうとする彼の動きは読まれ、横蹴りで吹き飛ば――されなかった。
ヘビー級のボディブロゥに勝る衝撃を肝臓部分に喰らった直後、ケントはその足に身体を掴まれていた。
右手の拳銃が敵の胴に向かって吼える――が、左手に掴まれ位置がずれた。
銃弾は敵の頭に当たり、何かが割れる音が響いた。
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-2046年3月20日 12:55-
強化外骨格のチタン・カーボン複合材に.357SIG弾が当たり、跳弾でカメラが壊れる。
――ふゥ
衝撃で右足が誤動作を起こし、ターゲットαは離してしまったものの
――間に合ったぜッ!!
強化外骨格の中で、オルトゥが雄叫びを挙げる。
すり抜けようとするターゲットαを、左足が捉える。
その足は、人類の様に地を駆けるためだけの器官では無い。
他の指と別の向きに付いた親指が、ターゲットの脚を握り締める。
芝生を盛大に掘り返しながら、オルトゥとターゲットαは庭で静止した。
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-2046年3月20日 12:56-
『間に合った!』
端末室で第3世代のジュンジュンが叫ぶ。
「何だ!アレは!!」
櫻井の叫び声も聞かず、その膝の上で吠える。
『やっちゃえっ!オルトゥ!!』
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-2046年3月20日 12:57-
ケントの手から拳銃がこぼれる。すかさず奪われ、だが使い方が判らないのか、遠くに放り投げられた。
「さて、物騒な火器は没収させて貰ったぜ」
突然、目の前の巨躯から声が響いた。
――否
目の前の強化外骨格からだ。
米陸軍でも研究はされている。だが重く、遅く、実用化には遠い。
この国の軍事技術は、我が国を超えている。その認識がケントの脳裏に染み込む。
この国は危険だ。
世界のために、滅ぼさねばならない。
その中心には実験動物の猿――否、ボノボが収まり、拡張された腕脚を操っている。
踏み込んだ強化外骨格の左足が、沼地を捉えきれずにバランスを崩した。
もしケントが相手を実験動物と思わなければ、自分と同じ知能を持つ人間と思っていれば、勝敗は変わったかも知れない。
ケントの意識の片隅には、”その実験動物は人類に匹敵する知能を持つ”という知識があった。だが彼の無意識は、反射速度で彼の身体を動かすアルゴリズムは、強化外骨格を操る毛むくじゃらの姿を”知能を持たぬ獣”と認識してしまった。
人類は他の獣に比べ、肉体的に遥かに脆弱だ。
その差を埋めるため、人類は何千年も知識を継承し、幾世代もの試行錯誤により、獣を超える戦闘力を己の身体から引き出す方法を求めた。
人間だけが、武道を継承し身体に刻みつけてきた。
ケントの無意識は、そう思ってしまった。それが常識だからだ。
もちろんSボノボには、その常識に従う義務がない。
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-2046年3月20日 12:58-
――ありゃ
強化外骨格の右脚がターゲットαの頭をクリーンヒットし、脳を揺らされたターゲットが昏倒した。
「いや」
いやいやいや。
仮にも相手は第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊。 こんなフェイントに誘われる筈はない。
これは罠だ。
だが、周りにSボノボが集まり網をかけても、ターゲットはピクリともしない。
「よもや?」
ドゥンドゥンが言う。
いやいやいや。
「こ、この強化外骨格の原動力は俺だ。で、だなっ、コイツはパワーを犠牲にして、スピードを追求してる。だからヒト相手でも相手は死んだりしない――筈…」
しどろもどろに弁解を始めるオルトゥ。
「でも貴方、馬鹿力だから…」
弁解を切って捨てるジャンベに、オルトゥが青くなる。
「大丈夫、生きてるわ」
脈と呼吸を診たイナンガに、全員が深く息を吐く。
せっかく殺人を犯さぬよう肉弾戦に持ち込んだのに、それで死人が出たら本末転倒である。
と、突然目を開け、網から逃れようと足掻くターゲットα。
「脳死状態でもないわね」
とジャンベ。
無手で網をかけられたヒトなど、ボノボの敵では無い。
強力な握力で動きを封じられ、筋弛緩剤の針が突き立つ。
「良かった。オルトゥだけ置いてかにゃいかんかと思った」
呟くバラフォン。
驚愕するのはオルトゥである。
「ちょ、ちょっと!その時は第1世代全員って話だったんじゃ?」
「コラは可哀想だから置いてけないがな」
「お前さんなら大丈夫。1人でも逞しく生きていける」
「ちょ、お前ら、酷…」
オルトゥ、弄られキャラである。
愛されているのである。イジメでは無い。タブン。
「まぁ、コイツは殺さぬよう俺たちが確保しとくから」
「お前は近づかないように」
「ヒマか?なら、屋上で弱ってる姫の下に馳せ参じろ」
オルトゥの視線が、研究所の屋上に向かう。
次の瞬間、豹を凌駕する速度で強化外骨格が走り、研究所の外壁を登って行った。
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-2046年3月20日 13:10-
「よぉ」
オルトゥの言葉に、弱々しく顔を上げるコラ。
「間に合ったぜ」
歯を剥き出し笑みを浮かべるオルトゥに、コラは手を伸ばす。
オルトゥが思わず差し出す強化外骨格の手を跳ね除け、コラは手を伸ばす。
オルトゥに。
拘束していたベルトを外すのに手間取ったオルトゥが、コラの手を取ったのは数分後だった。
「次からは、もっと早く来なさい」
冷たい声とは裏腹に、コラの腕はオルトゥの体を抱きしめ、震えていた。
「ああ、次は最初から一緒にいるさ」
「…嘘つき」
「脚が震えて立てないわ」
「ああ」
分かってる。
「部屋まで連れて行って」
「仰せのままに」
コラを抱き上げオルトゥが屋上の扉に近づく。と、緩やかに扉が開かれ、ムベトが現れた。きっちり毛繕いを済ませ、ベストまで来ている。
「101号室です」
凝った意匠の鍵を渡す。
「お車とお手荷物はこちらで」
強化外骨格を”お車”、狙撃銃を”お手荷物”というのは、ちょっとムリがある。
扉が閉まる音を背後で聴きながら、ムベトは呟く。
「良い夜を」
その夜、101号室で何があったのか。
その件はくれぐれもご内密に。
18禁なので。




