コミックヒーロが見参する
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-2046年3月19日 16:20-
「未だ、研究所は落とせていない」
オブライエン少将が言う。
「だから、君たちを呼んだ」
目の前の4人は、それ程の者とは思えなかった。
多少体格は良いものの、米国の何処にでも居そうな男女2組。
歳は20代から40代まで、何才にでも見える。
彼らに年齢は存在しない。
彼らに名前は存在しない。
だが、選別され、鍛え抜かれ、研ぎ澄まされた者たちだ。
第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊。
米国陸軍の切り札。スペードのエース。
オブライエン少将にとって最後の駒であり、おそらく人類最後の希望だ。
この作戦が失敗すれば、彼は更迭される。
平和省に処理され懲罰部隊にへ送られるか、真実省に処理され監獄に送られるか、愛国省に処理――否、そんなことは関係ない。
権力には義務が伴う。
彼の義務は”現実”を守ることだ。たとえ何処かの会議室で決裁され、真実省が創り上げた”現実”であっても、それを守ることが彼の義務だ。
社会は世界の中の泡に過ぎない。
“現実”という砂上に建つ楼閣だ。
彼のような者が義務を果たさねば、社会は崩壊する。
人類は単体の生物としては弱い。
犬や猫よりも弱い。
だから、人類が生き延びるには社会が必要だ。
社会は守らねばならない。
”現実”の瑕疵である設計された人類は存在してはならない。
そのために彼に権力が、義務が与えられている。
義務を果たせぬことは罪だ。
罪にはそれに釣り合う罰が必要だ。
もしジュリアを――彼女の遺伝情報を得られなければ、彼には罰が必要だ。
「国連コンゴ正常化ミッション最後の作戦だ」
4人は気負った様子もなく、ただ立っている。
オブライエンは、彼らのその雰囲気を頼もしく思う。
「この世界を、人類社会を護ってくれ」
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-2046年3月20日 2:40-
『ヤバいでこら』
デジレの目が見開かれる。
突如鳴り響いたアラートに、研究所の全員が寝床から叩き起こされた。
研究所の西に広がる密林。そこに置かれた小型カメラが、木の枝から枝へ渡る黒い影を映し出していた。
4体の影は、尋常じゃない速度で一直線に研究所を目指している。
モニタに映る速度と距離を読み取ったジャンベが言う。
『最速で、昼頃に此処に来るわね』
平均時速7km。沼地と密林の中では信じられない進行速度だ。
『体力的にも戦術的にも、夕暮れ時に攻めてくると思うけど』
とアサラト。
『いえ』
ジャンベは首を横に振る。
『この敵は、私たちの予想を超えてくる』
「逃げるってワケには…」
櫻井の言葉にも、首を横に振る。
『子供たちを含めると、準備は間に合わない。それに』
とアサラトの方を少し見て
『此処から東は人類の街。私たちの居場所は無いわ』
圧倒的な速度で、仕掛けてあった罠を抜ける影。
端末室に集まった皆が息を飲み、沈黙が支配する。
そして、絶望が。
『残念だけど…』
「諦めるなよッ!」
櫻井が保管庫を乱暴に開け、中に置いてあるショットガンを手にする。
「俺は諦めない!」
弾丸を掻き集め、背嚢に詰め出す。
『ちょっと、何してんの!』
ジュリアが止めに入る。
『貴方が敵うはず無いでしょう!』
「そんなもの、やってみなきゃ分からん!」
『高層ビルの上から飛び降りたら確実に死ぬ。世の中には、やってみなくても判ることがあるのよ!』
前に出ようとする櫻井の意志は、ジュリアの腕力に阻まれる。
「分かっていても、やらなきゃ駄目なことがあるんだ」
どれほど無謀でも、たとえ叶わなくとも。
「今やらなきゃ、俺は自分を許せなくなる」
そうなれば――
「生きる意味が無い」
2人の視線が交差し、ジュリアの身体が震える。
『貴方が分からない!』
黒い頬を涙が伝う。
『暴力とは無縁の人だと思ってたのに!』
「実は、俺自身もそう思ってた」
『実は、私自身もそう思っていたわ』
2人に割り込んだその手話に、全員の時が止まった。
『多分、私たちは貴女たちより獣に近いのよ』
ジャンベが言う。
『私たち?』
『そう。俺たちだ』
ボディアーマを纏ったバラフォンが言う。
『貴方たち、何を…』
アサラトの問いは、バラフォンの後ろに並ぶ第1世代全員の姿を見て、立ち消えた。
何をしようとしているか、その姿を見れば明確だ。
コラがジャンベにボディアーマを渡し、装着を手伝う。
『サクライ、残念ながら貴方は連れて行けないわ』
『…ぶっちゃけ、足手まといなんだ』
コラの言葉を、申し訳なさそうにオルトゥが補足する。
第1世代の多くは櫻井のように散弾銃など持っていない。
手にしているのは突撃銃だ。
『考え直す…ことは無いのか』
呆然とクリンが呟く。
『どうして、こうなっちまったんだろうな…』
クリンの右肩にアサラトが手を置く。
『ジャンベ――母さん』
クリンが膝を抱え蹲る。
クリンの左肩にジャンベも手を置く。
『貴方のせいじゃ無いわ。私たち全員が決めたこと』
『ところでミスタ・サクライ』
ムベトが微笑みながら声をかける。
『貴方にお願いしたいことがあります』
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-2046年3月20日 11:10-
「これで、いいのか?」
端末室で櫻井は多面モニタの前に座っている。
横には所長が座り、櫻井の膝の上では第3世代のジュンジュンが、櫻井の腕に抱きしめられている。
『ええ』
ジュンジュンが震える指で手話を綴る。
サクライの肩の上のアルを含め、端末室には4人だけ。
他の者の同席はジャンベ、アサラト、カリンバから止められた。
理由は告げられていない。ただ、Sボノボたちは何かを察し、素直に地下に戻って行った。
『会敵予想時刻、プラス1分』
合成音声が告げる。
『会敵はターゲットεとバラフォン。2時方向。会敵まで5秒、3、2、1、今』
戦闘が始まった。
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-2046年3月20日 11:15-
ターゲットε――第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊コードネーム”カーラ”は、密林の中を飛ぶように移動していた。
枝から枝を伝い、体重を感じさせぬ動きで宙を舞い、次の木に取り付く。
“それ”を避け得たのは、彼女の感としか言えない。
突然、空中で身を捻り、投網を躱す。
投網が投げられた方角に向け、拳銃を3点射。
手応えは無い。
木の裏に回り、気配を殺す。
迷彩服の効果が発揮され、彼女の姿は木々に溶け込んだ。
――近くに、木の裏5m程の所に、敵がいる。
微かな物音が、彼女にそれを知らせる。
敵はおそらくSチンプ――否。オブライエン少将に拠ればSボノボ。
――もう少し、後1m近づけば…
拳銃の射程範囲に入るのを待つ間も、彼女の感覚は周りを探る。
近くに他のSボノボも、人類も居ない。
急に彼女に悪寒が走る。
身体の動きを、呼吸を抑え、気配を殺す。その訓練が本能を邪魔し、コンマ数秒、彼女の動きは遅れた。
急激な目眩に襲われ、気配を殺すことが出来なくなった。
通常のヒトならば木から落ちていたところだ。
だが彼女は意識を失わなかった。
霞む視界に、襲いかかる網が見えた。
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-2046年3月20日 11:20-
『効き目が弱まってるのか?』
『いいえ、彼女の肉体と精神力が桁外れなのよ』
研究所の端末室内で、所長とジュンジュンが言う。
遺伝子操作で創り出した特殊な蚊。
体内で合成する化学物質により、刺した相手を昏睡状態に陥らせる生物兵器。
バラフォンの陽動で動きを止めさせたターゲットεを、その蚊に襲わせたのだ。
網で十重二十重に包まれた彼女は、それでもなお意識を保っており、監視の目が外せない。
20名しか居ない第1世代にとって、この状況は地味に痛い。
監視を引き継ぎながらバラフォンは思う。
――他の部隊は上手く行ってるだろうか?




