ご内密な件、ついにバレる
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-2046年3月9日 14:15-
「ミスタ・ルムンバ、君は我々に内密に--否、報告していないことが有るのでは?」
所長の背筋に冷や汗が流れる。
心当たりがありすぎるのだ。
「心外です。我々の研究成果は、様々な研究室で追試が行われ、実証されております」
たとえ背中はびしょ濡れでも顔には出さない。10年間の政治関与はダテじゃない所長である。
「研究成果ではない。そして予算の話でもない」
「ルムンバ所長、サカニア総研の最終決定者は誰--否」
Skype画面に映ったコンゴ国軍司令部。
鋭い目つきの将校が並ぶ後ろのモニタが、動画を映し出した。
滑らかな指使いでキーボードを操作している者の身体は、黒いフサフサした毛で覆われており、明らかに人類ではなかった。
「何者なのか」
所長の頬を汗が伝い、その内、滝のように流れ落ちた。
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-2046年3月9日 19:35-
『あちゃー。バレてまいましたか』
食堂で頭を抱えるデジレ。
Sボノボの件がバレると、自動的にデジレの論文は誰が書いたのか、と疑われる仕組みになっている。
学会で飛び回ってるハズなのに、大量の論文を発表した期間があるのだ。
『バレただけなら良いのだが…』
別の問題で頭を抱える所長。
『コンゴ政府AIを、彼女たちが操ったとされている』
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-2046年3月9日 14:20-
時は遡り、Skype会議で所長がコンゴ国軍の詰問を受けてる時のことである。
「その猿どもが、ブラザヴィルを壊滅させたのか!」
言いがかりである。
砲撃したのは国連軍であり、狙いを逸したのはコンゴ製の電算機である。
Sボノボは関係ない。
「猿どもがB・Bを狂わせた結果、ブラザヴィルが壊滅した」
「B・Bは狂ってなどいません!」
思わず叫んだ所長は、怒りの視線にさらされる。
「あれが狂っていないという言うなら、君自身が狂っている」
B・Bは狂ってなどいない。
狂っているのは、状況の方だ。
市街地に向けた砲撃を行う状況が、狂っている。
だが、狂った状況に於いても、その状況に応じた対応が求められる。
人間にはそれができる。
同じ身体構造、同じ脳神経構造を持つため、狂った状況でも同じような反応をする。大多数が同じ反応をするなら、その反応が、状況に応じた対応と見なされる。
だが、人工知能にそれはできない。
身体を持たず、電算機で模擬された脳神経構造は、人類とは大きく異なる。
だからB・Bは狂った状況下で、通常通りの行動を取ってしまった。
それは大多数の人間の行動とは異なり、故に狂っていると見なされる。
そして、SボノボはB・Bに殆ど影響を与えていない。
人工知能は一種の統計処理だ。
7千万人の人口を持つコンゴ国民の中で、たった60人のSボノボは――その行動は、統計的に意味を持たない。
だが所長は口を噤む。
何を言っても無駄だからだ。
ブラザヴィルの壊滅は、Sボノボの――彼らに言わせれば猿の所為。
彼らは、それが真実だと決めたのだ。
それ以外、彼らの心を、立場を守る術はない。
大量の死者が出た事件の責任は、誰かに取らせなければならない。
それが社会の規則だ。
社会を守るために、責任を誰かに取らせる必要がある。
可能なら、B・Bに責任を取らせただろう。
だが、それは不可能だ。
B・Bは、クラウド上に実装された人工知能だ。
そのクラウドは、各地のデータセンタとそれらを結ぶネットワークで構築されている。
だが、それらを破壊しても、B・Bに罰を与えたことにはならない。
罰は――罰を与えたと人類が実感し納得するには、その存在が苦しみ、泣き喚く必要がある。
B・Bに、そんな感情は、機能は無い。
だから、B・Bは責任者になれない。
苦しみ、泣き喚く責任者が、他に必要だ。
Sボノボがその責任者――生贄の羊だ。
それは事実ではないが、政治的な真実だ。
充分な力を持つ者たちが決めたなら、それは社会の真実――即ち現実となる。
たとえ、そのことを所長が説明しても、状況は変わらない。
もし、Sボノボを責任者にしなければ、次の生贄の羊はSkype画面に映る将校たちだからだ。
故に、将校たちに選択肢は無い。
「過去、我々は君に――否、君たちに助けられた」
今まで沈黙していたチェベアが口を開く。
「俺の故郷、南キヴに平穏を齎してくれたのは、君たちやB・B
だ」
だが――と”冷血”チェベアは言う。
「受けた恩を仇で返すことが必要になった」
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-2046年3月9日 19:45-
『コンゴ国軍は手を出さない』
食堂で所長が言う。
『その代わり、国連軍がこの研究所に攻めて来る』
人類の敵、人為的に知能を高められた猿を滅ぼすために。
『アサラト』
所長の目が彼女に――Sボノボの統率者に向けられる。
『君たちのことだ。この研究所を守る仕掛けを用意しているだろう』
――それを我々に引き渡せ、と所長は要求した。
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-2046年3月11日 20:25-
『来たで。なんやえらい少人数やけど』
東経30°、ザンビアとの国境線から7分隊49人がコンゴに侵入した。
サカニア総合研究所までは直線距離で約70km。徒歩行軍なら3~4日、強行軍でも2日はかかる距離だ。
しかも森林、沼地と、歩兵には辛い道のりとなる。
「まずは、迷子になって貰うとするか」
デジレに、櫻井が軽く返す。
昨日の内に組んでおいたスクリプトを実行すると、第1世代がばら撒いておいた仕掛けが起動する。
『首尾は上々のようやな』
モニタに映る兵士は、まんまとその仕掛けに乗った。
生い茂る密林には陽の光も届きにくく、兵士は方位磁針に従い”西”に進んで行く。
実は、その”西”は北である。
このような状況を想定し、密林の各所には電磁石が置かれており、方位磁針を狂わせる。結果、方位磁針は東を”北”と指し、西に向かっているつもりの兵士は、実は北に向かっている。
100kmも歩けばコンゴ川に辿り着くが、そこまで水や食料が保つかは不明である。まぁ木の実や獣も多く、川や池もあるので、飢えや乾きはしないであろう。
『せやけど、ええんか?』
「何が?」
『これ一応、軍事行動に当たるんやけど』
ああ、と櫻井。
「降りかかる火の粉は払うさ」
『さよか』
なんとなく納得いかぬ表情のデジレ。
「目の前の人間を撃つならともかく、迷わせるだけなら特に抵抗は無いぞ」
『兵士が、猛獣に襲われてしもても?』
「それは自業自得だ」
結果は同じなんやがなぁ――と、デジレは首を捻る。
過程が大事なのだ――と、櫻井は言う。
だがいずれ決断が必要になる。そう櫻井は覚悟している。
この程度で済めば、Sボノボだってやれるだろう。
問題は、銃の引き金を引く時だ。
リモコンだろうが手に持っていようが、人間に向けて銃を撃つ。
そこがおそらく分水嶺だ。
ボノボには出来ず、ヒトには出来る。
その状況は、いずれ訪れる。
だから所長は、これらの仕掛けを人類に引き渡させた。
いずれ、銃を撃つその時のために。
こと戦争に於いて、人類以上に強い者は居ない。
戦争に勝利する。人類は、その1点で選択された生物だ。
ネアンデルタール人、デニソワ人、フローレス人。いずれも、人類が絶滅させた種だ。たとえ、人類より賢く、力強くても、戦争という選択により淘汰された種だ。
金属も、火薬も無い時代。勝敗を決めたのは知恵でも力でも無い。人類はその戦争に勝利した。
だから多分、今回も勝利する。
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-2046年3月16日 5:25-
「分隊長、これが最後の糧食です」
人類という種は戦争に勝つだろう。ただ、個々人の勝敗は別物だ。
5万年前は我が物顔で闊歩していた密林も、現代の人間にとっては未知の領域となる。
暫く前から周囲の物音が小さくなっていることに、人間たちは気づかなかった。
見張りは立てていた。
コンゴ国軍、特にゲリラ部隊を警戒していた兵士は、音もなく木の上から首を狙う黄金の瞳に気付くことはなかった。
そして、気付いた時には遅過ぎた。
樹上から地上へ、黄色と黒の毛皮が踊る。
牙が喉笛に食らいつき、声を立てる間も無く兵士は絶命する。
豹は倒した獲物を引きずり、安全な場所へと向かう。
見張り無く残された兵士たちに、最早安全な場所は無い。
その後の兵士たちの運命については、くれぐれもご内密に。




