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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第七章 おばあちゃんはパルチザン
53/81

ご内密な件、ついにバレる

========

-2046年3月9日 14:15-


「ミスタ・ルムンバ、君は我々に内密に--否、報告していないことが有るのでは?」

所長の背筋に冷や汗が流れる。

心当たりがありすぎるのだ。


「心外です。我々の研究成果は、様々な研究室で追試が行われ、実証されております」

たとえ背中はびしょ濡れでも顔には出さない。10年間の政治関与はダテじゃない所長である。

「研究成果ではない。そして予算の話でもない」


「ルムンバ所長、サカニア総研の最終決定者は誰--否」

Skype画面に映ったコンゴ国軍(FARDC)司令部。

鋭い目つきの将校が並ぶ後ろのモニタが、動画を映し出した。

滑らかな指使いでキーボードを操作している者の身体は、黒いフサフサした毛で覆われており、明らかに人類(ヒト)ではなかった。

「何者なのか」


所長の頬を汗が伝い、その内、滝のように流れ落ちた。


========

-2046年3月9日 19:35-


『あちゃー。バレてまいましたか』

食堂で頭を抱えるデジレ。

S(スーパ)ボノボの件がバレると、自動的にデジレの論文は誰が書いたのか、と疑われる仕組みになっている。

学会で飛び回ってるハズなのに、大量の論文を発表した期間があるのだ。


『バレただけなら良いのだが…』

別の問題で頭を抱える所長。

コンゴ政府AI(B・B)を、彼女たち(Sボノボ)が操ったとされている』


========

-2046年3月9日 14:20-


時は遡り、Skype会議で所長がコンゴ国軍の詰問を受けてる時のことである。

「その猿どもが、ブラザヴィルを壊滅させたのか!」

言いがかりである。

砲撃したのは国連軍(UA)であり、狙いを逸したのはコンゴ製の電算機(コンピュータ)である。

Sボノボは関係ない。


「猿どもがB・Bを狂わせた結果、ブラザヴィルが壊滅した」

「B・Bは狂ってなどいません!」

思わず叫んだ所長は、怒りの視線にさらされる。

「あれが狂っていないという言うなら、君自身が狂っている」


B・Bは狂ってなどいない。

狂っているのは、状況の方だ。

市街地に向けた砲撃を行う状況が、狂っている。

だが、狂った状況に於いても、その状況に応じた対応が求められる。


人間にはそれができる。

同じ身体構造、同じ脳神経構造を持つため、狂った状況でも同じような反応をする。大多数が同じ反応をするなら、その反応が、状況に応じた対応と見なされる。

だが、人工知能にそれはできない。


身体を持たず、電算機で(コンピュータ)模擬された(・シミュレート)脳神経構造は、人類とは大きく異なる。

だからB・Bは狂った状況下で、通常通りの行動を取ってしまった。

それは大多数の人間の行動とは異なり、故に狂っていると見なされる。


そして、SボノボはB・Bに殆ど影響を与えていない。

人工知能(AI)は一種の統計処理だ。

7千万人の人口を持つコンゴ国民の中で、たった60人のSボノボは――その行動は、統計的に意味を持たない。


だが所長は口を(つぐ)む。

何を言っても無駄だからだ。

ブラザヴィルの壊滅は、Sボノボの――彼らに言わせれば猿の所為。

彼らは、それが真実だと決めたのだ。


それ以外、彼らの心を、立場を守る術はない。

大量の死者が出た事件の責任は、誰かに取らせなければならない。

それが社会の規則だ。

社会を守るために、責任を誰かに取らせる必要がある。


可能なら、B・Bに責任を取らせただろう。

だが、それは不可能だ。

B・Bは、クラウド上に実装された人工知能だ。

そのクラウドは、各地のデータセンタとそれらを結ぶネットワークで構築されている。

だが、それらを破壊しても、B・Bに罰を与えたことにはならない。


罰は――罰を与えたと人類(ヒト)が実感し納得するには、その存在が苦しみ、泣き喚く必要がある。

B・Bに、そんな感情は、機能は無い。

だから、B・Bは責任者になれない。

苦しみ、泣き喚く責任者が、他に必要だ。


Sボノボがその責任者――生贄の羊だ。

それは事実ではないが、政治的な真実だ。

充分な力を持つ者たちが決めたなら、それは社会の真実――即ち現実となる。


たとえ、そのことを所長が説明しても、状況は変わらない。

もし、Sボノボを責任者にしなければ、次の生贄の羊はSkype画面に映る将校たちだからだ。

故に、将校たちに選択肢は無い。


「過去、我々は君に――否、君たちに助けられた」

今まで沈黙していたチェベアが口を開く。

「俺の故郷、南キヴに平穏を(もたら)してくれたのは、君たちやB・B

だ」

だが――と”冷血”チェベアは言う。


「受けた恩を仇で返すことが必要になった」


========

-2046年3月9日 19:45-


『コンゴ国軍は手を出さない』

食堂で所長が言う。

『その代わり、国連軍がこの研究所に攻めて来る』

人類の敵、人為的に知能を高められた猿を滅ぼすために。


『アサラト』

所長の目が彼女に――Sボノボの統率者に向けられる。

『君たちのことだ。この研究所を守る仕掛けを用意しているだろう』

――それを我々(ヒト)に引き渡せ、と所長は要求した。


========

-2046年3月11日 20:25-


『来たで。なんやえらい少人数やけど』

東経30°、ザンビアとの国境線から7分隊49人がコンゴに侵入した。

サカニア総合研究所までは直線距離で約70km。徒歩行軍なら3~4日、強行軍でも2日はかかる距離だ。

しかも森林、沼地と、歩兵には辛い道のりとなる。


「まずは、迷子になって貰うとするか」

デジレに、櫻井が軽く返す。

昨日の内に組んでおいたスクリプトを実行すると、第1世代がばら撒いておいた仕掛けが起動する。


『首尾は上々のようやな』

モニタに映る兵士は、まんまとその仕掛けに乗った。

生い茂る密林には陽の光も届きにくく、兵士は方位磁針(コンパス)に従い”西”に進んで行く。


実は、その”西”は北である。


このような状況を想定し、密林の各所には電磁石が置かれており、方位磁針を狂わせる。結果、方位磁針は東を”北”と指し、西に向かっているつもりの兵士は、実は北に向かっている。

100kmも歩けばコンゴ川に辿り着くが、そこまで水や食料が保つかは不明である。まぁ木の実や獣も多く、川や池もあるので、飢えや乾きはしないであろう。


『せやけど、ええんか?』

「何が?」

『これ一応、軍事行動に当たるんやけど』

ああ、と櫻井。

「降りかかる火の粉は払うさ」

『さよか』

なんとなく納得いかぬ表情のデジレ。


「目の前の人間を撃つならともかく、迷わせるだけなら特に抵抗は無いぞ」

『兵士が、猛獣に襲われてしもても?』

「それは自業自得だ」


結果は同じなんやがなぁ――と、デジレは首を捻る。

過程が大事なのだ――と、櫻井は言う。

だがいずれ決断が必要になる。そう櫻井は覚悟している。

この程度で済めば、Sボノボだってやれるだろう。

問題は、銃の引き金を引く時だ。


リモコンだろうが手に持っていようが、人間に向けて銃を撃つ。

そこがおそらく分水嶺だ。

ボノボ(アサラト)には出来ず、ヒト(櫻井)には出来る。

その状況は、いずれ訪れる。


だから所長は、これらの仕掛けを人類(ヒト)に引き渡させた。

いずれ、銃を撃つその時のために。


こと戦争に於いて、人類以上に強い者は居ない。


戦争に勝利する。人類は、その1点で選択された生物だ。

ネアンデル(ホモ・ネアンデル)タール人(ターレンシス)デニソワ(ホモ・サピエンス)(・アルタイ)フローレス(ホモ・フローレシ)(エンシス)。いずれも、人類(ホモ・サピエンス)が絶滅させた種だ。たとえ、人類より賢く、力強くても、戦争という選択により淘汰された種だ。

金属も、火薬も無い時代。勝敗を決めたのは知恵でも力でも無い。人類はその戦争に勝利した。

だから多分、今回も勝利する。


========

-2046年3月16日 5:25-


「分隊長、これが最後の糧食です」

人類という種は戦争に勝つだろう。ただ、個々人の勝敗は別物だ。

5万年前は我が物顔で闊歩していた密林も、現代の人間にとっては未知の領域となる。

暫く前から周囲の物音が小さくなっていることに、人間たちは気づかなかった。


見張りは立てていた。

コンゴ国軍、特にゲリラ部隊を警戒していた兵士は、音もなく木の上から首を狙う黄金の瞳に気付くことはなかった。

そして、気付いた時には遅過ぎた。


樹上から地上へ、黄色と黒の毛皮が踊る。

牙が喉笛に食らいつき、声を立てる間も無く兵士は絶命する。

豹は倒した獲物を引きずり、安全な場所へと向かう。

見張り無く残された兵士たちに、最早安全な場所は無い。


その後の兵士たちの運命については、くれぐれもご内密に。


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