狙われた研究所
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-2046年3月1日 8:30-
朝食後、アサラトが主要メンバを所長室に呼び出した。
『良くない話と、もっと悪い話があるわ。どちらを先に聞きたい?』
どっちもヤダ!
とは櫻井の心の声であるが、そーゆーワケにはいかない。
アサラトの顔色は、アトケもサイムの顔色も、酷く悪い。
その顔色を見て、所長の顔も青ざめている。
『分かりやすい順番でお願い』
ジャンベが言う。
『国連軍が、この研究所に攻めて来る』
アサラトが良くない話を告げる。
「なんでじゃ!」
思わず櫻井が叫ぶ。
『理由はともかく』
とアサラトは、もっと悪い話を続ける。
『コンゴ国軍は、それを止めない』
櫻井はムンクの叫び状態である。
隣で所長が同じポーズを取っている。
『なんでよッ!』
ジュリアが叫ぶ。
『ブラザヴィル壊滅が契機とは思うけれど、詳細は不明ね』
『数日前から、国連軍とコンゴ国軍の通信が行われ出して、戦争終結に向けた調整が始まったわ』
アサラトとアトケが持ってる情報を告げるが、状況は更に判らなくなった。
「戦争集結に向かってるのに、なぜここを攻撃するんだよ?」
『通信内容は全て押さえているが、理由は全く判らん』
櫻井の質問にサイムが応える。
ただし、答えにはなっていない。
『通信内容を端末に送ってくれ。私が見てみよう』
研究所内で唯一、政治に詳しい所長が言う。
『作戦開始は3/7の予定。1週間後ね』
『ザンビアから陸戦部隊による攻撃。第188歩兵旅団の約2,000人が攻めてくる』
「こっちには70人も居ないのに?」
しかも、1/3は子供だ。
どう転んでも勝ち目は…
それでも、勝ち目はある。
ヒトを超えた知能を持つSボノボ、そしてSマウス。
彼女らなら、2,000人が20,000人でも撃破できる方法を持っているかも知れない。
だが、それを使うには彼女らは優しすぎる。
『国連軍の作戦は、ザンビア国境から森林を越えて研究所を占拠する予定ね』
おそらく占拠では済むまい。
『できるだけの足止めを試みる』
そうアサラトは言い、会議を終えた。
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-2046年3月1日 10:05-
午前中の草刈りをスッぽかし、櫻井は所長室に出向いた。
所長から、こっそりと来るようにメールが来たのだ。
所長室には、サイムの姿もあった。
『国連軍の目的が判った』
なぜ、軍事的には何の力も持たぬサカニア総合研究所に攻め込むのか。その理由だ。
『ジュリアだ』
「は?」
確かに魅力的な女性ではある。
だが、国連軍が2,000人もの兵士を投じて奪取するには、胸のボリュームがちと足りない。
そんな不埒なことを考えた櫻井である。
『正確に言えば、ジュリアの遺伝情報だ』
所長が、櫻井の考え違いを正す。
『設計された人類特有の塩基配列を採取し、そこに感染するウイルスを創る』
つまり、と所長は悲しげな目を櫻井に向ける。
『この戦争の真の目的は、コンゴに逃げ込んだ42人の"設計された人類"を根絶やしにすることだ』
2029年に起きたアラビア半島戦争。
その起因となった生物災害。
全てのアラビア人の命を贄として、書き換えた歴史。そして現実。
社会が認める"現実"に残された僅かな瑕疵。それが42人の設計された人類だ。
その瑕疵を削除する。そのために、この戦争は起こされた。
『つまり、彼女と他の41人を差し出せば、我々は助かるという話だな』
サイムの言葉に、所長と櫻井が目を剥く。
『そんな真似をするくらいなら、人類を滅ぼした方がマシだがね』
所長と櫻井が更に目を剥く。もう目玉が落ちんばかりである。
やりかねない。サイムならやりかねない。
幸いにして、サイムの専門は理論物理学。人類を滅亡させるほどの技術は無い。
だが、アトケやアサラトを騙し、彼女らの技術を使えば可能なのが怖いところである。
「でも」
と気を取り直して櫻井は尋ねる。
「ジュリアの遺伝子なら、彼女の髪の毛1本からでも取れるでしょう」
ルブンバシの彼女の行きつけの美容院に行けば、いくらでも採取できる。
『そこが、政治のややこしいところだ』
と、やはり気を取り直した所長。
『真の目的は設計された人類の殲滅だが、それを目的に活動はできない』
設計された人類など、"現実"には存在しないからだ。
『このため今回の戦争の契機は、"Sボノボを不正に輸出したこと"であり、戦うべきはコンゴ政府だ』
それが、国連側の"現実"だ。
『一方現地の司令官は、その"現実"に従わずに最短経路を進もうとしている』
そこが弱点だ、と言う所長。
サイムと櫻井はポカン状態である。
『ま、要するにだ』
ポカン2人を置いてけぼりにして、所長は話を進める。
『サクライ、君のメール・アカウントを借りたい』
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-2046年3月7日 23:05-
輸送機が米軍滑走路に着陸する。
タラップが付けられ、ドアが開けられる。
数日ぶりにアフリカに帰ってきたオブライエン少将は、足元をふらつかせた。
本土で、こってりと絞られて来たのだ。
なぜか?
サカニア総合研究所への攻撃が、米軍幹部にバレたからだ。
米軍幹部へは米国政府から、米国政府へは日本政府から、日本政府へは某マスコミから情報が伝達された。
情報の発信源は、カズユキ・サクライと特定された。
"現実"には発信源は秘密であり、某マスコミから漏れることは無い。
一方オブライエン少将には、櫻井の顔写真までバッチリ伝わっている。
--ルブンバシで彼女に紹介された男だ。
写真を見た瞬間に気づき、後悔したが、時既に遅し。
アフリカ及び米国内の電子情報は監視していたが、日本経由でしかもFAXで情報が回るとは想像もしていなかった。
--なぜあの国は、未だFAXを使っているのか?
そう憤るが、それは東洋の神秘である。
「第188歩兵旅団は、既に進軍準備を完了しております。将軍」
司令部付きの大尉が駆け寄り言う。
「作戦は中止だ。旅団は本部へ戻せ」
「了解しました。作戦は中止し、旅団を本部に戻します」
何故の問いも無く、大尉は走り去る。
第188歩兵旅団で戦争と無関係の研究所を襲撃するなど、もってのほかである。
一方、設計された人類の遺伝情報は、是が非でも入手せよ。
後は分かっておろうな、良きに計らえ。
これが、ここ1週間で下達された命令の全て。
3行で済むことに1週間費やす。
その間、オブライエン少将配下部隊は活動停止。
効率は悪いが、社会を成立させるためには必要な手続きである。
結局、サカニア総合研究所を攻めることに変わりは無い。
ただし、大部隊ではなく少人数で。
手駒の中から候補者を選出し、ザンビア国境から森林を越えて研究所を占拠させる。
おそらく、1回の作戦では成功すまい。
あの森林は湿地帯が多く、研究所も指を咥えて見守るだけではないはずだ。
もし、手駒で失敗したその時は--
滑走路上で、少将は呟いた。
「コミック・ヒーローズに再戦させるか」
依頼・指示は口頭で。記録は残さず。
全ては、くれぐれもご内密の内に。




