表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第一章 受注はしたものの
5/81

櫻井、無職になる

-2045年8月7日(月)14:30-


『なかなか素晴らしいシステムだ』

サカニア総合研究所のトップ、ビヌワ所長が言う。

髪は白く薄くなっているが、身長は櫻井より高くがっしりした体型の黒人(ネグロイド)の男である。

一通りの説明後、所長が提示したデータを使ってデモを行うと、MDBのAIはアッという間に答えを返した。その結果は、所長が満足するものだったらしい。


『この問題は、今までのAIでは過学習になってしまい、不適切な解に収束していたんだ』

所長の専門は計算機科学だった。

彼の言葉(フランス語)はトランス先生が翻訳してくれる。

だが、

--なるほどわからん

内容が専門用語満載で、櫻井に理解できなかったのが残念である。


『それにとても安い!』

特にその部分が大満足な所長である。

一方、櫻井は冷や汗を流している。


実は、このAIには欠点がある。

異常な程に計算力を必要とする。つまり、解が出るまで時間がかかるのだ。

そこを何とかするには、高速の--高価な電算機(コンピュータ)が必要になる。

結果として、このAIは決して安くはない。

なぜ今回、アッという間に答えを返したのかは謎である。


--デモはこれで終わらせてくれぇぇ

櫻井の祈りむなしく、所長が言う。

『ではこの問題はどうかな?』


さすがは専門職。滑らかな操作でデータを読み込ませて行く。

だが、処理の途中でスクリプトが詰まる。

このAIの、もう1つの欠点がこれだ。

扱い方に妙なクセがあり、普通に組んだスクリプトを受け付けないのだ。


「これは、このようにすれば」

櫻井は、そのクセを回避することができる。なぜそうすると動くのか理屈では判らない。感覚派なのだ。

わざわざ櫻井がコンゴまで出張して来た理由が、これだ。


再び、アッいう間に答えが帰ってくる。

結果を見て喜ぶ所長。

こっそりと胸を撫で下ろす櫻井。

どこのHW(ハード)かは知らないが、凄い性能のコンピュータだ。


『ふむ、私にも使わせてくれ』

藤田との話にも出た物理学のビッグ・ネーム。トマス・サイムだ。

小柄な体躯に、世界有数の頭脳と知名度、そして多少の皮下脂肪を詰め込んだ白人(コーカソイド)である。


彼は、事前に用意したと(おぼ)しきスクリプトをコピーして少々変更。

オリジナルと変更版、2つのスクリプトを一緒に流す。と、オリジナルだけが詰まる。

『ふむ、矛盾許容論理を使っているな』


--なるほどわからん

再び理解できない櫻井である。理解できないが気にしないところは大人物と言ってよい。

そして、クセのあるAIを即座に(ぎょ)せるサイムは、流石の天才である。


処理中のモニタに表示された処理状況を見た瞬間、櫻井は青くなる。

世界最速の電算機(スパコン)でも、数日では処理が終わらない状況だったからだ。


『ほう、なかなか重いな』

サイムがキーボードに手を走らせると、処理状況を示すバー(プログレスバー)が数本、表示された。

『何のデータを食わせたんだ?』

『うむ、この宇宙の物理法則と適合するカラビ=ヤウ多様体の形状を、求めさせてみている』


所長の質問に、何でもないように答えるサイム。

だが、これは膨大な計算力が必要で、現実的には不可能な問題だ。

『ふむ、まだ止まらんな』


プログレスバーは、途中から殆ど動かなくなった。

--これはマズい

顔には出さないが、櫻井の背筋は冷や汗でびしょ濡れである。

探索木が巨大になり過ぎ、計算が追いつかないのだ。


『もう良いだろう。止めてくれ』

冷たい声で、サイムは櫻井に告げる。


しおしおと停止操作を行う櫻井。

そんな櫻井に背を向け、サイムは所長に言う。

『大概のAIは、すぐに自己破綻して止まってしまうんだが、こいつは良い。柔軟性が高い』

「!」


普段は細い櫻井の目が丸くなる。

『是非、購入を勧める』

櫻井は、小さくガッツポーズ。


気分に余裕ができると、櫻井の本性が目覚めてくる。

会議室には5人居る。

櫻井の他には所長、サイム、デジレ、そしてお尻ちゃん--昨夜、トラックから降りた櫻井を支えてくれた、雄大なお尻の持ち主である。

その女性は魅力的な太ももを見せびらかすように、脚を組んでいる。


--ここが東京なら、あの店の次にあっちのバーへ行き、最後にはホテルで…

妄想を膨らませる櫻井(クズ)


だが待てしばし。

相手は顧客で、しかも契約はおろか交渉はこれから。

ここはぐっとガマンする、仕事の出来るクズであった。


========


-2045年8月9日(水)16:30-


ルブンバシ国際空港。

交渉を成功裏に終え、ついでにAIの様々な設定も行った櫻井は--意気消沈していた。

「これから2日間、またエコノミーシートか…」

そして空港までの道中で、櫻井の神経は磨り減っていた。


ここまでの道中、運転席に座ったのはデジレでは無くお尻ちゃん。

車の中に若い女性と2人切り。

"Go! Go!"

叫ぶ本性を隠し、何食わぬ顔で助手席で6時間。

生殺しである。


会話らしい会話といえば。

「まだ、貴女の名前を知らないんだ」

『ジュリアよ』

これだけ。


ほとほと疲れた櫻井である。


『それじゃ、道中ご無事で』

「おせわになりました」

ピンポーン。


税関ゲートを潜ろうとする櫻井を呼び止める音がした。


係員が言う。

『残金が足りませんね』

「なんですって?」


旅費は、左手首に着けたタグを通して、会社の口座から引かれることになっている。

なぜそれが、残金不足になるのか。


職場に電話をかける。

今、日本は8:30。誰か居るはずだ。

女性の合成音声が聞こえた。

「おかけになった電話番号は、お客様のご都合によりかかりません」

「なんですと?」


何かおかしい。櫻井は気付く。

そういえば、状況は逐次日本へメールしていたにも関わらず、返信が無かった。

会社に、何かが起きている?


電話帳から藤田を選び、電話をかける。

「おう櫻井、どうした?」

普段通りの藤田の声に、櫻井は安堵する。


かくかくしかじか。


無事に契約できそうだが、会社の口座が残金不足と言われ、職場に電話も繋がらない。

櫻井が状況を説明すると、落ち着いた藤田の声が返ってきた。


「それは、うちの会社(MDB)が倒産したからだ」

次回は9/24頃の予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ