戦争しか知らない大人たち
1960-1965コンゴ動乱
1977第一次シャバ紛争
1978第二次シャバ紛争
1996-1997第一次コンゴ戦争
1998-2003第二次コンゴ戦争(アフリカ大戦)
1999-2007イトゥリ紛争
2003ボゴロ大虐殺
2003月の女神作戦
2004-2013キヴュ紛争
2005北の夜最終作戦
2007-2019民主連合軍暴動
2008北キヴュ作戦
2008-2012イトゥリ愛国戦線攻勢
2009東コンゴ攻勢
2009ドンゴ紛争
2011クーデター未遂事件
2012-2013M23反乱
2013キンシャサ攻撃
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-2046年2月2日 18:05-
「なんじゃこりゃ?」
『この国が、ベルギーから独立して以来の歴史。その戦乱の歴史よ』
戦争に紛争、暴動に攻勢、反乱に攻撃。
「平和だったときが無いじゃんか!」
ジュリアの部屋で一緒にモニタを眺める櫻井であった。
「あ、この辺りは平和だったんだな」
1966-1976の10年間を指して、櫻井が言った。
『1965-1997まで、独裁政権だったわ』
モブツ・セセ・セコ・クク・ンベンドゥ・ワ・ザ・バンガによる、とジュリア。
「モブツ・セセ・ココ…」
『モブツ・セセ・セコ・クク・ンベンドゥ・ワ・ザ・バンガ、よ』
寿限無かよ、とげんなりする櫻井。
『この国で権力を持っている者、彼らが生まれた頃、この国は独裁政権だった』
そして、とジュリアは続ける。
『彼らが少年の頃、第一次コンゴ戦争が始まり、その後何十年も戦争が続いた』
「戦争しか知らない子供たち、か」
10年前まで、日常的に戦乱があった。
否、戦乱こそが彼らにとっての日常だった。
その環境が形成した人格、それは戦争を知らない櫻井の想像を超えているだろう。
『10年前、やっとこの国に平和が訪れた』
ジュリアの双眸に涙が溢れる。
『なぜ、彼らは昔に戻ろうとするの?』
櫻井は、その答を持っていなかった。
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-2046年2月2日 18:10-
「人類は、生まれ育った環境を最も好むように育つ」
クリンが呟く。
「ヒトだけじゃない。僕らも、ライオンも、象も、哺乳類は大体そうだ。そう感じるように脳が初期設定される」
アサラトとジャンベの毛づくろいを受けながら、でも、いつものような幸せを感じられないクリン。
「幼児期のそのチューニングは、人格の根本を形作る」
つまり
「後天的な教育では変えられない」
「なぜ、そんなことになるの?」
ジャンベの問いに、クリンは応える。
「幼児期の環境を好むように成長した方が、生存確率が高まる」
身動きし、毛づくろいして欲しい部分をアサラトに向ける。
「多くの哺乳類は、幼児期に良い環境に居た者だけが、成長し子孫を残せる」
幼児期に悪い環境に居る者は、全て淘汰される。
「だから、そのチューニングは有効だ」
進化が、そのチューニングを選択する。
だがヒトは、客観的には劣悪な環境でも、生き延びてしまう。
多くの哺乳類には有効なそのチューニングが、ヒトにとっては悪い方向に働く場合がある。
「戦乱の中で育ち、成長してしまった者は、戦乱を好むようになってしまう」
全ての毛の縺れを解き、アサラトが背中を向ける。
クリンは呟きを止め、アサラトの毛づくろいを始める。
「平和の方が良い、と理解していても本人にはどうしようも無いのね」
ジャンベの手の動きが止まり、クリンの頭をポンポンと叩くと、彼女は立ち上がる。
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-2046年2月2日 19:20-
「イナンガ、食堂の番組選択は注意してね」
ジャンベの言葉に頷くイナンガ。
「ムベト、第2世代の会話に注意して。バーに来なくなる者にもね」
「呑まないヤツはどうフォローする?」
「毛づくろいの時に、特に注意しておく」
特に心配なのはクリンだ。
「第3世代はどうだ?」
バラフォンが言う。
「今のところ安定してるように見える。でも、実際は分からない」
唯一の第3世代、ジュンジュンが応える。
「お前自身は?」
「大丈夫。今のところは」
「私は貴女も心配なんだけど」
ジャンベが話しかけた相手はコラ。
「私は大丈夫」
疑念の目を向けるジャンベに、オルトゥが助言する。
「彼女なら心配ない」
「そう、俺たちは手を汚す覚悟はできている」
「できれば汚したくないけどね」
バラフォンとコラも同意する。
ジャンベはそんな彼女らを抱きしめる。
「その時は、私も一緒よ」
「もちろん」
ジャンベは周りを見渡し、第1世代全員の同意を確認する。
そしてジュンジュンにーー彼女の持つカメラに視線を向ける。
「アサラト、貴女がこの映像を観ないことを願う」
でも、と微笑み。
「私たちは、貴女たちとは違う」
「お前たちのように、人類を群の仲間とは思えない」
バラフォンが言う。
「もちろん、ジュリアやサイム、所長たち研究所の人たちは仲間よ」
でも、とコラ。
「今、私たちを攻撃している見知らぬ人々は、同じ種族とすら思えない」
「思うに俺たちは、お前らより獣に近いんだろうな」
オルトゥが軽い調子で言う。だがその目は真剣だ。
「俺たちは”人間”以前にボノボで、人類は別種だ。そう思っちまう」
「まぁ進化速度で言えば、数10万年か数100万年くらい獣に近いらしいな」
ドゥンドゥンが加わる。
「一方で、人類にもサクライみたいにボノボに近いヤツもいる」
確かに櫻井は、争いよりも性行為。女好きなので。
「アサラト、もし貴女がこれを観ているなら、私たちは既に手を汚しーーいえ、言葉を飾るのはやめましょう」
ジャンベが真剣な目でカメラを見る。
その目に、カメラを構えるジュンジュンは恐れを覚える。
「貴女がこれを観ているなら、私たちは既に人を殺している」
「その時、第1世代は全員”息子”には乗らない」
と、コラ。
「俺たちは、ここで果てる」
バラフォンがジャンベとコラの肩を抱く。
「なに、心配することは無い。密林で俺たちに敵う者はいない」
とオルトゥ。
「アサラト。私たちの娘や息子、孫、そしてボノボの未来、任せたわよ」
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カメラの停止ボタンを押したジュンジュンは、溢れる涙を拭おうともせず、第1世代を見ていた。
たとえ彼女らが言う通り、第1世代が獣に近かったとしても、人を殺すことに忌避感を持たないわけは無い。
彼女らはボノボだから。人類とは根本的に違うのだから。
でも、もし他に方法が無ければ、彼女らは戦う。戦う決意をした。
そして、第2世代が”息子”で旅立った後、第1世代は1人とて生き延びようとしないだろう。
「ジュンジュン、君には辛い役目を負わせてしまった」
ムベトが彼女の肩を抱く。
「私はジャーナリストよ。事実を、皆に伝える存在」
この役目は私以外にできない。私以外には譲れない。
「でもッ!私にとっての真実は、こんなんじゃ無い!」
「皆にとって辛い真実があるなら、その真実を、伝えるべきじゃないと思うなら、飲み込むのもジャーナリストの仕事だ」
カウンタでグラスを磨きながら、ムベトは告げる。
辛い真実、辛い秘密をカウンタの中で飲み込んで来た男だ。
「皆で無事に”息子”に乗れたら、私に一杯奢ってくれる?」
ムベトは右眉を上げ微笑むと、人差し指を唇の前に立てる。
「皆に内緒で、一杯だけ」
とウィンクした。




