サイム、同行を懇願する
謎の文が色々出てきますが、伏線回なので…
-2045年12月31日 15:00-
サイムは研究所地下、アサラトとアトケの研究室に入る。
アサラトだけが、そこにいた。
サイムを待っていた。
闇の中、そこだけ明かりが灯るテーブル。
アサラトに向かい合ったソファに腰を降ろし、サイムは問う。
「なぜ、パンロゴに伝えた?」
コンゴに核兵器が存在することを、国際社会にそう思わせていることを。
ただそのためだけに、加速器駆動未臨界炉を開発させたこと。
それは、パンロゴが知る必要の無いことだ。
『やはり貴方たちは、私たちと違う』
ため息とともに、アサラトは手を動かす。
『私たちは、判っていることをわざわざ聞いたりしない』
サイムは眉をピクリと震わせ
「それは、褒め言葉かな?」
『そう。私は貴方を、トマス・サイムという男を良く知っている』
不実を謝る機会は--時間は、もうそれほど多くない。
数ヶ月後には国際社会がコンゴを蹂躙し、パンロゴは--Sボノボは地上から消え失せる。
『残り時間は少ない。そのことに貴方は気づいてる。それを私は知っている』
ならば、とサイムは自分の膝に肘を置き、口の前で指を組む。
「"ポセイドンの息子"の発進は、何時だ?」
アサラトの目が見開かれる。
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『私は貴方を、見くびっていたようね』
驚きに激しく打つ鼓動。それを鎮めようとしながら、アサラトが言う。
『急がせているけれど、間に合うかどうか微妙なところ』
滑らかに動いていたアサラトの手が止まる。
『本当に間に合わせたいのか、私にも分からない』
私たちだって、とアサラトは視線を落とす。
『立ち去りたくはないのよ』
「私も連れて行け」
『考えさせて』
だが考えた結果、連れて行かないことを決めた。
だからこそアサラトは、サイムに謝る機会を与えた。
そのことにサイムは気づいている。
それをアサラトは知っている。
『どこで、"息子"のことを知ったの?』
アサラトは話を変える。
「君たちは我々とは違う」
「我々のように嘘をつき、他人を欺き、騙し、秘密を持つことに慣れていない」
サイムは微笑む。
「パンロゴの端末に地図が写っていたのを見た。B-52を着陸させるための精密図だ」
肩をすくめ、首を横に振る。
「ブンバの南、マリンガ-ロポリ-ワンバ地域。その位置に堂々と書いてあったよ。"ポセイドンの息子"と」
「以前からその地域に、大型融合炉が何基も造られていることは知っていた」
通常、発電所は海や大河など水辺に接した場所に造る。
冷却のため、蒸気でタービンを回すため、水を使うからだ。
だがその融合炉群は、コンゴ川流域にもかかわらず、川から遠く離れた山中に建造されていた。
「疑問に思い、調べてみることにした」
少し調べただけで、とサイムは続ける。
「そこでレーザ核融合用の重水ペレットが、大量生産されていることが判った」
「"ポセイドンの息子"なんて簡単なクイズだ。暗号にはならない」
ポセイドンは、ギリシャ神話の海の神。
彼の息子は、トリトンやペガサスを始め、何十人もいる。
だが、すぐに
「人類は、真の名に気づく」
「"オライオン"だと、気づいてしまう」
アサラトが苦笑する。
『私も、別の名前が良いと思ったのよ』
でも
『パンロゴが、どうしてもって言うから』
「100年近く前から決まっていた名前だからな」
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「私は、役に立つぞ」
サイムのアピールにも、アサラトの心は揺るがない。
『貴方は多分、誤解している』
アサラトは、サイムと視線を合わせる。
『人類は、誰も連れて行かない。ジュリアですら』
「ああ、判っている。先月、ミズ・ジュリアが風邪をひいたからな」
サイムもまた、揺るがない。
「彼女が風邪をひいた。彼女だけが風邪をひいた」
歌うようにサイムは言う。
「そんなことは、ありえない」
だから、とサイムは続ける。
「君たちが私たちを置いて行こうとしていることに、気がついた」
「ミスタ・ルムンバは、勿論行かないだろう」
妻子を持ち、だれよりもこの地に愛着を持っている。
「ミスタ・デジレ、ミスタ・サクライは、行く必要が無い」
故郷の国に戻り、そのまま生活を続けられる2人だ。
「ミズ・ジュリアも、君たちが行かずに済むようにした」
だが
「私は違う」
「私の想い、私の幸せ、私の未来は、この群れに--君が率いる群れに在る」
それを
「私から奪わないでくれ。引き離さないでくれ」
サイムは跪き、アサラトの手を包み込み己の額に押し当てる。
「連れて行ってくれ。頼む」
アサラトの手が、サイムの涙で濡れる。
「私を、1人にしないでくれ」
黒い腕が、背後からサイムを抱きしめる。
『大丈夫、1人になんてしない』
闇の中から現れたアトケが、サイムを抱きしめていた。
『死が2人を分かつまで、私は貴方といる』
闇の中で、目が煌めく。
『アサラト、もし彼を置いて行くなら私も一緒に残る』
「待て!」
サイムが叫ぶ。
「こちらに残れば、必ず国際社会が君を消す」
『でも』
『その時まで、貴方と一緒にいることができる』
長い時間の後、ふぅ、とアサラトがため息をついた。
『判ったわ。優秀な電算機技師を失うわけにはいかない』
にっこり微笑むアトケ。
『貴女なら、きっと判ってくれると思ってた』
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-2045年12月31日 22:30-
食堂では年末のパーティが開かれ、その喧騒がここ--サイムの部屋まで微かに伝わっている。
暗い部屋でアトケは椅子に座り、ベッドで眠るサイムを見つめていた。
携帯ディスプレイに微かな光が灯り、メールの着信を知らせる。
"アサラト:もしさっき私が意地を張ったら、どうなったの?"
アトケはニッと笑い、応えを打ち込む。
"アトケ:その時は、優秀な電算機技師を1人失うことになったわ"
ノートは暫く沈黙し、そして文字を映し出す。
"アサラト:もし私が、サクライを連れて行きたいと言ったら、どうする?"
今度はアトケが沈黙する番だった。
"アサラト:ごめん、忘れて"
"アサラト:この件は、くれぐれもご内密に"




