国際社会、奥の手を出す
-2045年12月31日 00:05-
"こちら偉大なる達人。t+5min 予定より送れたが位置についた"
"シークエンスに入る。パスコードはDLAI296738AZ"
"パスコードを確認する。一致を確認"
"キー挿入。3秒前から始める。3..2..1..今"
========
航空機は戦争を変えた。戦略の定石を変えた。
現代の戦争は、最初に制空権を取る。
制空権を取る前に地上部隊を出せば、弾丸が届かぬ高所から一方的に爆撃され、甚大な被害を受ける。
対コンゴ戦で国際社会は、ついに制空権を取れなかった。
この場合、打てる手は限られる。
========
-2045年12月31日 08:10-
『米国がICBMの発射体制に入った』
朝食時、前に座った所長の言葉に櫻井が目を剥く。
『一旦軌道に乗れば、後は位置エネルギィと運動エネルギィが仕事をする』
所長の視線がアトケを捉える。
『コンゴ領空内で何をしても、遅すぎる』
アトケが中心となり構築した電子・情報防衛網は、コンゴ領空内でのみ有効だ。
コンゴ外には可能な限り手を出さない。それが彼女のポリシーらしい。
だが、それではICBMは防げない。
ICBMは大砲と同じだ。推進装置は燃焼が終われば切り離され、弾頭だけが飛んでいく。
落下点を変えることは、弾頭自体にも不可能だ。
『核では、無いでしょうね』
アトケの隣に座るアサラトが手を動かす。
『なぜ、そう言える?』
近くにいたパンロゴが話に加わる。
『国際社会が核の使用を躊躇う理由は、報復攻撃よ』
アサラトは瞳をくるりと回し
『目には目を』
核には核を。
「コンゴは、核兵器を持っているのか?」
櫻井の問いに、2種類の応えが返る。
『ええ』『いや』
"いや"と返したパンロゴが、"ええ"と応えたアサラトに目を剥く。
『待て、そんな物はコンゴに無い』
もし有れば放射線で判る。そう核物理学者のパンロゴが言う。
『国内のセンサで、それほどの放射線を検出したことは…』
話している途中で、パンロゴの手が止まる。
彼の顔色が、真っ青になる。
見開かれた目が、アトケの隣に座るサイムに向けられる。
『だから--未臨界炉なのか?』
サイムは一瞬目を閉じ、ため息をつく。
『そうだ。ヒトには色々事情があるのだよ』
次の瞬間、テーブル上の朝食を蹴散らし、パンロゴがサイムに掴みかかった。
========
-2045年12月31日 08:30-
オルトゥとイナンガがパンロゴをサイムから引き剥がし、抑え込んだ。
「どういうことだ」
サイムとパンロゴの間に立つ櫻井が言う。
『加速器駆動形未臨界炉の燃料は、通常の核のゴミじゃない』
抑え込まれたパンロゴが、手だけを動かす。
『ロシアから処理を依頼された核弾頭だ』
パンロゴの目からは涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れる。
『核兵器を得るために、あんなものを造らせたのか!』
『サイム、貴方は違うと思ってた!核力を兵器に転用するような、あんなものを残しておくヒトじゃないと--』
『残っては、いないわ』
アトケがパンロゴの前に立つ。
『入手した弾頭は、すべて起爆装置を抜いてある』
アサラトがその横に立つ。
『ただし…』
国際社会は、そうは思わない。
パンロゴの体から力が抜けた。ついでに顎も落ちた。
オルトゥとイナンガが、彼から離れる。
『騙していたのは悪かった』
サイムの謝罪に頭を抱えるパンロゴ。
アトケが彼の肩を叩き、一緒に食堂を出ていく。
『せやけど』
デジレが沈黙を破る。
『通常弾かて、相当な威力あるで』
全ての爆弾の父なら、出力は44kt。広島型原爆の1/340に過ぎないが、周囲300mが焼き払われる。
『そう、落ちれば大変なことになったでしょうね』
「待った!」
アサラトの言葉に、櫻井がツッコむ。
「大変なことになった、そう言ったな」
しまった、という表情を浮かべるアサラト。
『実は…』
昨夜、英国からICBMが発射されていた。
『ICBMが大気圏を出た直後、人工衛星がγ線レーザで撃墜したわ』
櫻井の視線は、ムンクの"叫び"みたいになっている所長に釘付けである。
『γ線レーザて、よぉそないな出力だせたなあ』
目を丸くしたデジレが呟く。
『ミューオン触媒融合炉を積んでるの』
ちょっと待った!
思わず身を乗り出す櫻井。
「原子炉を軌道上に上げていいのか!?」
『禁止されてるのは、大量破壊兵器だけよ』
でもでも!
「もし落っこって来たら?」
放射性物質が散逸しちゃわない?
『昔から、原子炉を積んだ人工衛星は多いわよ』
あっさり言うジュリア。
『コスモス954が、カナダに墜落したこともある』
とサイム。
その時は、ウラン235が50kgばらまかれた。
『コスモス1402もやね』
とデジレ。
『トランジット5BN1/2もですね』
とムベト。
「どうなったんだ?」
と気が気じゃない櫻井。
『コスモス954の場合は、ロシアが3億円ほど賠償金を払いました』
「いやそうでなく」
除染とか。
『除染はしたものの、回収率は1%にも満たなかったとか』
『コスモス1402は大西洋に落ちたから、どもならんかった』
『トランジットは全世界でプルトニウム238が観測された』
ムベト、デジレ、サイムが無情に応える。
ぽんぽん。
アサラトが櫻井の肩を叩く。
『だからね、今更なのよ』
『ところで』
ジュリアの声に、皆が振り返る。
『所長、こんななっちゃってるままだけど、どうしよう?』




