国際社会、まだ諦めずにがんばる
-2045年11月26日 16:30-
開戦後、1ヶ月が経った。
戦況は膠着状態。
国連軍は、コンゴを攻めあぐねている。
その主要因が、内燃機関の問題だ。
ここ10年ほど、内燃機関の効率は急激に上昇して来た。
新たな技術革新が、続けざまにあったのだ。
燃費は向上し、出力は増大し、騒音は減少し、一酸化炭素や窒素酸化物は削減された。
だがそこに1つ問題が、罠が仕掛けてあった。
それらの技術革新が、どこで行われたか?
主にコンゴである。
内燃機関の主要部品が、どこで設計されたか?
全てコンゴである。
誰が設計したのか?
それが問題だ。
各種センサは、各国が作れる。
エンジン本体も、各国が作ってる。
主要部品だって、作るのは各国だ。
複製は--設計図通りに作ることは、ヒトにもできるレベルだった。
では設計は?
電子回路と論理手続が一体化された主要部品の設計思想には、ヒトの理解は及ばなかった。
設計した企業の名は、アルジャーノンER。
ここだけの話、設計者はヒトではナイ。
ずる賢いハツカネズミである。
各国で行った試験では発見できなかった裏仕様が、コンゴ侵略直後に実行された。
コンゴ国境を侵犯した直後、戦車や輸送車の内燃機関はエンスト。
軍用機は推力が低下し、近くの空港に緊急着陸。
可愛そうなのは、軍艦である。
ピクリとも動かぬ内燃機関により、あえなく漂流。
水や食料の備蓄はあるが、それ以前に問題があった。
電力が無く空調が使えない船内は、蒸し風呂。
赤道直下の太陽が暴力的に照りつける中、3日と保たず投降。
多くの兵士はボートで脱出したが、佐官級以上はそうもいかず艦と運命を共にした。
つまり、コンゴの海上警備隊に拿捕。
ロクな武装もナイ船。しかも無人。
そんなモノに投降せざるを得ない船長。その心境たるや察するに余りある。
だが心境は察しても、電力が無ければ砲撃1つもできぬのが、現代の軍艦である。
そして、手持ち小銃では海上警備隊にすら敵わない。
もちろん各国からは非難轟々。
そんな裏仕様、聞いてない!
法的にも倫理的にも、許すワケにはいかない!!
こんなことをしたコンゴには、正義の鉄槌を下すべきである!!!
その鉄槌がエンストしてることは、誠に遺憾である。
次に各国は、コンゴからの輸出入を禁じた。
兵糧攻めである。
豊かな自然と地下資源を持つコンゴを、こともあろうに兵糧攻めである。
逆に、各国で食料や医薬品、精密部品にレアメタルが暴騰した。
現在各国では、車両等の内燃機関換装に取り掛かっている。突貫工事である。
だが、この10年で以前の技術者は職を解かれ、工場のラインは撤廃された。
以前と同じ内燃機関を生産するには、かなりの期間が必要だ。
というワケで、戦況は膠着状態が続いていた。
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-2045年11月26日 18:30-
『王立陸軍特殊空挺部隊 錦蛇分隊』
食堂のTVに、軽快なマーチと共にタイトルが映し出される。
数ヶ月前から始まったTVドラマだ。
かなり人気があるらしい。この食堂でも、かなりの数のSボノボが食い入るように観ている。
平和である。
戦時中と思えぬ光景である。
最初の1ヶ月こそ、買い占めなどで物価が暴騰したが今は収まっている。
元々コンゴ社会の効率は悪く、あちこちに無駄がある。
その無駄になってた資源が、暴騰した物価に釣られて出てきたのだ。
更に、輸出が禁じられたため余剰物資が溢れ、各地で物価が暴落している。
投資家は嘆いたが、さほど問題は発生していない。
話をTVドラマに戻す。
『番組としてはシチュエーション・コメディや』
初回から毎週観ているデジレが解説する。
『このグレアム隊長が一応主人公やけど、他の6名も主人公と言ってええ』
画面には、主題歌に併せて7人の決めポーズが映し出される。
『ちなみにグレアム隊長はジンの飲み過ぎで、少々ネジが飛んでる』
横からクリンが補足する。彼もファンらしい。
『彼はテリー、演じてるのはサム・ラウリー』
「有名人なのか?」
と聞いたのは、このドラマを初めて観る櫻井。
デジレとクリンは顔を見合わせ、首を横に振る。
『他の役者も全員、初めて観る顔やな』
『シット・コムは結構観てるんだけどね』
役者として演技が上手いとは言えないが、訓練シーンや戦闘シーンはリアリティ抜群だそうだ。
『だが彼女は演技もバッチリや』
画面には、肉感的な美女が映っている。
「ほほう」
思わず身を乗り出す櫻井。
『毎回部隊に絡んで、漁夫の利を得る謎の美女』
解説はクリンである。
『ネイダは役者名も不明。ほんまに謎の美女や』
これは毎週観る価値がある。
揺れる彼女の胸部を見ながら、櫻井は思う。
そんな思いを断ち切るように、イナンガがクズの前に立ちはだかる。
『サクライ、皿洗いの仕事よ!』
クズに暇なし。
櫻井がこのドラマを思い出すのは、3日後になる。
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-2045年11月29日 15:30-
大型のバンが停まり、ドアが開く。
英国の切り札、特殊分隊。その隊長が最初に敵地に降り立った。
この瞬間の緊張感が、彼の生きがいだ。
全身の感覚が研ぎ澄まされ、この場に存在する全ての人々の行動が知覚できる。
人々の中には、彼の死角に立つ者も居る。信頼できる5名の分隊員たちだ。
彼らにのみ見える角度で、彼は手を閃かせる。
『α地点通過、送れ』
分隊の間でのみ通用する特殊な手話だ。
手話を受け、技術担当の分隊員が特殊通信機で報告を行う。
暗号化された報告は超長波で直接静止衛星に送られ、英国に届く。
これから向かうのは、この州の役所。見学コースに予約を入れている。
自動化された役所はめずらしく、一時期は見学者で溢れていたが、最近はさすがにそうでもない。
だが、今日に限っては満員御礼。ダフ屋まで出てる始末である。
『本日は、上カタンガ州役所の見学ツアーにお越しいただき、ありがとうございます』
美人のツアーコンダクタがマイクを手に話す。
『これよりエレベータで、皆様を地下400m、州役所中心部にご案内いたします』
彼の手が、再び閃く。
『β地点通過、送れ』
これ以後は、直接英国と通信ができない場所。つまりここが、帰還不能点だ。
彼の前に立つ男の子が、特殊な手話で返す。
『了解!』
--ちょっと待て。
分隊でのみ通じる特殊な手話を、なぜこの子は使えるのか?
彼は強烈な違和感と危機を察した。
だが0.5秒、遅かった。
エレベータの扉は閉まり、降下が始まった。
先程、手話を使った男の子は、目をキラキラ輝かせている。
『グレアム隊長ですよねっ!ボク、貴方のファン…』
『ちょっと、錦蛇分隊の皆様に失礼よ!』
男の子の横に立つ女の子が、特殊手話で男の子を止める。
『だって…』
『やめなさい、アシル』
男の子の父親らしい男が、声をだす。
止められた男の子は、唇をとんがらせるが、しぶしぶ手の動きを止める。
父親らしいその男は、グレアムに向けにこやかに黙礼する。
--なぜだ。
特殊手話のみならず、個人識別名や分隊名まで知られている。
かと言って、こんな子供が敵兵とは考えにくい。
『だいたいこういう場合は、ミスタ・ディビッドって本名を言うべ…ムグッ』
得々としてしゃべり出した女の子の口を、今度は母親らしい女が手で塞ぐ。
--ミスタ・ディビット!?
自分ですら忘れかけていた彼の本名だ。
もちろん、他の分隊員も知らない名前。
特殊分隊に着任した際、戸籍や家族、友人、その他係累の全てと共に、墓の下に埋めてきた名だ。
グレアムは目眩と喉の渇きを覚える。
--ヴィクトリー・ジンが欲しい
強烈な欲求に襲われたグレアムの前で、エレベータの扉が開く。
扉の前には、役所の制服を着た人々が横断幕を広げており、その幕にこう書いてあった。
"上カタンガへようこそ! 錦蛇分隊の皆様!!"
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-2045年11月29日 16:45-
「あの人混みはなんだ?」
買い出しに出てきた櫻井が、ジュリアに尋ねる。
『ああ、今日錦蛇分隊の役者さんが、おしのびで来るって聞いたから、きっとそれよ』
"錦蛇分隊"は、3日前にオープニングだけ観たTVドラマだ、と櫻井は思い出す。
「ぜんぜん、おしのびじゃないな」
写真は撮られるは、サインは求められるは、6名の役者は心休まる暇がない。
--謎の女性、ネイダはどこだ?
目の保養をしたい櫻井である。
残念ながら、その魅力的な肢体は見当たらない。
錦蛇分隊に興味を失った櫻井は、そのままジュリアに荷物持ちとして連れ去られた。
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-2045年12月1日 15:10-
『蛇が捕まった』
愛情省が言う。
『なぜ見破られた?』
豊富省の言葉に、真理省が噛み付く。
『無論、見破られてなどいない』
一方、と真理省は続ける。
『コンゴ内で放送されているTVドラマに、蛇が出演していた』
しかも実名で。
『特殊手話の講座まで放映されていた』
目の下に黒々とクマを作っている真理省が言う。
彼も長くは保つまい。そう貴族院は考える。
無能な者を長にしておくほど、真理省は、英国は愚かではない。
ストレスで死ぬか、それとも愛情省が蒸発させるか。
いずれにせよ、来週の会合には別の真理省が現れるだろう。
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-2045年12月1日 15:10-
『蛇が捕まった』
サカニア研究所の地下で、第2世代Sボノボのサバールが言う。
『TVドラマはどうするの?』
そのドラマの監督の言葉に、ADの第3世代ジュンジュンが噛み付く。
『無論、続ける』
『登場人物の動きはかなり収集できたから、後はネイダと同様CGで行けるだろう』
ネイダは、実は役者がいない。
ジュンジュンが作った3Dモデルと声、それをクレオパトラの動作と発音に合わせて動かしている。
ちなみにクレオパトラに許可は貰ってない。
違法である。
だが、この番組も長くは保つまい。そうジュンジュンは考える。
蛇が捕まることを予想できないほど、サバールは愚かではない。
いつこのような事態になっても大丈夫なように、シナリオは考えられているはずだ。
いずれにせよ、次クールのTVドラマには別の番組が発表されるだろう。




