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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第五章 人類は三番目
36/81

サイム、対策を講じる

-2045年10月18日 20:00-


コンゴ民主共和国の窓口、ルブンバシ国際空港。

この日、ここを訪れた人々は幸運だった。

めったに見れぬ光景を目にしたのだ。


到着ロビーに、長い紙を持った男が3人並ぶ。

紙には特大フォントで"お帰り!ハラム"と書いてある。

真ん中で紙を持つ男が、ノーベル賞学者だった。


トマス・サイム。

英国が生んだ"知の巨人"だ。


人々の注目を集めながら、待つことしばし。

入国ゲートを通る美女に、何人かの視線が集まる。

胸に抱えてるのは、毛布に包まれた赤子だろうか。

彼女は足取りも軽く、3人が作る輪の中に飛び込んだ。

なお、その後ろで大きな荷物を抱えモタモタしてる黄色人種(モンゴロイド)には、誰も目を向けない。


だがモンゴロイドの後ろから現れた姿に、到着ロビー中の視線が釘付けになった。

クレオパトラ・デートリッヒ。

英国が生んだ"美の女神"だ。


ふとサイムが目を上げる。

凍る。


英国の美が知と向き合う。

あ、知が逃げた。

捕まった。


コンゴ民主共和国の窓口、ルブンバシ国際空港。

この日、ここを訪れた人々は幸運だった。

知の巨人が美の女神に連行(ドナドナ)されるシーンなど、そう見れるものではない。


========

-2045年10月18日 20:30-


サカニア総合研究所へ向かうトレーラ。

注目されぬよう、何人かは外からの目が届かぬ荷室にいる。

クレオパトラ、サイム、ハラム、そして櫻井。

櫻井は注目を集めないが、怯えたハラムが離れようとしなかった。


正しい判断である。

さすがは、地球上で2番目に知能が高い種である。


荷室では先程から、美の女神を中心に"おどろ線"が伸び、知の巨人の上から"たれ線"が降りている。

隅の方で、櫻井とハラムは怯えている。

なお、アルは櫻井を見捨てて助手席。

さすがは、地球上で最も知能が高い種である。


『なぜ彼女までここ(コンゴ)に?』

サイムが櫻井ににじり寄り、囁く。

クレオパトラが一緒に来るとは、まるで知らなかったサイムである。


興味が無いことは、徹底して知らない。

それがサイムという男だ。

彼は今、己のその性格を後悔していた。


「いや、CMの撮影はカサブランカなんで、彼女はそこで降りるはずだったんですが…」

『大丈夫よ』

と話に割り込むクレオパトラ。

『プロデューサも監督も、快く同行を許可してくれたわ』

なにせハラムを運ぶため、無理やり決めた撮影である。準備が全然整ってないのだ。


『彼女は、あー、どこまで知っている?』

更に声を落とすサイム。

「バレました」

『バレた!?』

大声で叫ぶサイム。


「いや、ハラムの知能のことが」

『そっちか』

『あなたがこっち(コンゴ)で作った彼女のコトなら、まだ聞いてないわ』

ぎくー

音が出そうなほど、固まるサイム。


『だ・か・ら・』

と、艶然と微笑むクレオパトラ。

『こうして研究所まで行くんじゃない。直接会うために』

サイムの顔が青くなった。

櫻井の脳裏では行進曲が鳴る。題名は"大怪獣コンゴ大決戦"。


『さて、明日の決戦に備えて早めに眠るわ。お休みなさい』

暫く後、静かな寝息が聞こえてきた。


『ミスタ・サクライ』

一方、今夜は一睡もできそうにないサイム。

このような状況(修羅場)をくぐり抜けた経験は?』

櫻井の脳裏を、コンゴに来る前週末の記憶が過る。

「もちろん」


デートがダブルブッキングした記憶だ。

正拳突きとハイヒールが関連する、それはもう痛い記憶である。

でもそれくぐり抜けてない。ブチ当たり、とっても痛い目を見た経験である。


「男なら、誰もが通る道です」

横でハラムが、うんうんと頷いている。

ボノボは乱交である。彼女のダブルブッキングは日常茶飯事。

なお、普通のヒトは通らぬ道である。


2人から対応方法を教示されるサイム。

さすがは人類最高の叡智。砂が水を吸い込むように、知識を吸収していく。

ただし、教師が悪かった。


========

-2045年10月18日 5:45-


ガレージに停まったトレーラ。その荷台が開く。

部外者の目を気にして、毛布に包んだハラムを抱いて降りる櫻井。

外から直接見えない場所に、何十人ものSボノボたちが集まっていた。


櫻井の腕から飛び出したハラムが、目の前の母親に、アサラトに抱きつく。

息子を抱きしめたアサラトの腕が震える。

その2人に、カリンバが飛びついた。

それをきっかけに、その場のSボノボが全員抱きつき、後はもう団子状態。


「ありがとな」

左肩に乗ったアルに囁く櫻井。

『pSion:こちらこそ』

ぽんぽん。

アルが櫻井の肩を叩く。


櫻井は右唇を釣り上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。

アルがどんな顔をしているかは、判らない。

ハツカネズミの表情筋は、あまり発達してないからだ。


『サクライ』

2人の前にアサラトが立つ。

その瞳から涙が溢れ、頬をすべり落ちる。

『ありがとう。本当にありがとう』

アサラトの両手が櫻井の腰に回され、きつく抱きしめる。


ボノボの腕力で。


「いでででででで!」

骨がきしむ、皮が裂ける!

はっと気づき力を緩めたアサラトは、だが腕を離そうとはせず。

櫻井の腹に顔を埋め、泣き続けていた。


そんな2人を、肌を寄せ合い温かい目で見守っているサイムとアトケ。

互いの腰に回した両手の指は、いわゆる恋人つなぎになっている。

そこに現れたのが、目を点にしたクレオパトラ。


--サイム、今あなたにとって大切な人は誰か。その人のことだけを想うように

昨夜、櫻井がサイムに与えた助言である。

--アトケもクレオパトラも大切な人なんでしょ?その想いに嘘をついちゃいけないよ

昨夜、ハラムが与えた助言である。


アトケのことだけを想う。

と同時に、クレオパトラのことだけ()想う。

この矛盾した状況を、矛盾したまま受け入れる。

これが、二重思考(ダブル・シンク)というテクニックだ。


サイムは、二重思考を学んだことがない。

だが、それと似た矛盾許容論理--矛盾した情報を基に推論を行う技術は、自在に操る。

大切なのは、爆発律に陥らないことだ。すべてを真にし、すべてを偽にする論理破綻。

そこに陥らぬよう、特定の原理を排除しなくてはならない。


『その娘が、"彼女"なのね?』

クレオパトラが問う。

問いかけの形を取っているが、モチロン断定である。

サイムは雄々しく頷く。


『その娘か私か迷って、私を捨てた』

クレオパトラの視線が氷の刃と化した。

『そして、その娘を取ったのね』


『そうではない!』

アトケの目が点になった。


『クレオ、君が言ったのは選言三段論法だ』

ここがトリニティ・カレッジの講堂であるかのように、サイムは言う。

『矛盾許容論理を扱う場合、一般的にその原理は採用できない』

採用すれば、とサイムは唇を引き締める。

『爆発律が発生する』


論理の爆発は回避された。

その代わり、クレオパトラとアトケが爆発した。


2人の視線が、ガンマ線レーザーのようにサイムを貫く。

あのそのこれはつまり。

声にならない声を出すサイムの代わりに、アトケがクレオパトラに話しかける。


こんな人(サイム)のムリなお願いを聞いて頂き、ありがとうございました』

『いえ、このくらい何てことないわ。ときにちょっとサイムを貸してくださる?』

『ええ、喜んで』


強張った笑みのまま顎の一振りでサイムを促すと、クレオパトラは研究所の廊下を歩き出す。

その後に従うサイム。


「どなどなどーなーどーなー」

静まり返ったガレージの中、櫻井が唄う追悼の歌が響いた。

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