アル、対策を講じる
-2045年10月16日 15:20-
18世紀に建てられた、古い館--を模した21世紀の建物。
その奥の一室。
磨かれ、塵一つない大理石の床と、ガラス張りで日光が降り注ぐ天井。
そのテーブルに5人の男女が着く。
彼ら彼女らは、2才から--年齢はともかく様々。
だが、いずれも退屈の頂点近くに上り詰めた者たちだ。
彼らの名前は、クレオパトラ、ジュリア、櫻井、ハラム、そしてアル。
ハラムを救出したは良いが、空港は封鎖され、道路は検問でいっぱい。
結局、最寄りの大豪邸に身を寄せて、一週間。
大豪邸の主が言う。
『先日来の騒ぎが、全ッ然終結してないわ』
よりによって真理省のシステムに侵入され、犯人と思しき者を取り逃がした愛情省は、まるで警戒を緩めない。
ミックスサンドを取りながらクレオパトラが言う。
『まだ?』
クレオパトラから借りた服を纏ったジュリアが言う。
『犯人として、ウィンストン・スミスって人が拘束されたみたい』
端末から愛情省のシステムに侵入し、そう言うのはハラム。
真犯人である。
ちなみにハラムが高い知能を持っていることは、クレオパトラにすぐバレた。
たちどころにバレた。
地球上で2番目に知能が高い種なのに。
館に入る際、
『普通のボノボらしくしてて』
ジュリアにそう言われ、
『うん。まかせといて』
と答えているとこを、監視カメラが捉えていたのだ。
幸いにして、サイムの彼女がSボノボであることは、バレてない。
バレたら、タダでは済まない。櫻井が。多分。
そしてアルの知能もバレてない。
こちらは、バレても大して問題ナイ。
「俺たちがここに隠れていることは、漏れてないか?」
櫻井が言う。
『それは大丈夫みたい』
ハラムが救出された後、彼が組み立てた特殊な端末を使って、サカニア総合研究所に連絡を取った。
その後が大変だった。主に真理省が。
『真理省の機密ファイルを3大クラウドにアップしたから、今はボクらを探すどころじゃないはずだよ』
以来、真理省は不夜城である。
デスマ真っ盛りである。
だが、サラリーマンとして幾度かデスマを経験した櫻井は、ハラムほど楽観的になれない。
機密ファイルの漏洩は重要だ。すぐに対処しなくてはならない。
だが、真犯人の捜索も重要だ。
この場合、エライ人はどう言うか?
優先順位や工数配分など、考えない。
両方優先、超緊急。
全力を機密ファイル対応に注ぎ、残りの100%を犯人捜索に注ぐ。
そして更に、100%で通常業務をこなすよう求めるのだ。
この場合、担当者は全部で300%働くことになる。
この矛盾した状況を、矛盾したまま受け入れる必要がある。
これが、デスマというテクニックだ。
エライ人たちは、このテクニックを自在に操る。
ハラムは言う。
『そのうち諦めて、やめるんじゃない?』
やめない。
雨乞いの踊りと同じで、目的が達成されるまで永久に続ける。
それがデスマだ。
「もし真理省に救急車が来なくなったら、教えてくれ」
今、真理省では日に数回、過労で倒れた人々が救急車で運ばれていく。
『そうなったら、諦めたってこと?』
櫻井は首を横に振る。
「そうなったら、俺たちの居場所がバレたってことだ」
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アフタヌーンティの後、櫻井は皿洗いと片付けと掃除。
すっかり主夫業が板についた櫻井である。
一方、ハラムは昼寝。
ジュリアは、地下のジムでクレオパトラと組手。
暫く泊まらせて貰う代わりに、クレオパトラが出した条件が組手だった。
ジュリア曰く、素人にしては結構強いとのこと。
この1週間で、更に腕を上げたという。
秘密がバレた際のサイムの命が心配である。
絨毯敷きの廊下に掃除機をかけていた櫻井は、クレオパトラを見かけた。
組手の後、シャワールームに行ったのだろう。バスローブ姿で髪を拭きながら歩く彼女は、かなり目に保養である。
『困ったわ』
眉を顰めてクレオパトラが言う。
『急に、海外での仕事が入ったの』
CMの撮影らしい。
「でも空港が閉鎖されてるのに、どうやって行くんですか?」
掃除機を転がしながら、櫻井は聞く。
『自家用ジェット機で、迎えに来るらしいわ』
「???」
「あのー」
頭の上に"?"マークを浮かべながら、櫻井が聞く。
「空港が閉鎖されてるのに、なぜ自家用ジェットが着陸できるのでしょうか?」
当然の疑問である。
『閉鎖されてるのはヒースロー空港。自家用ジェットが降りるのはロンドン・シティ空港よ』
「はい?」
『政府高官だけが使える、別路線の空港。私も使ったことは1度しかないわ』
そこは、税関も手荷物検査も無いらしい。
なんだよそのザルな抜け穴。
政府高官しか使えないのだが、そこは魚心あれば水心。
多額の政治献金を払っている企業も利用できるらしい。裏で。
ただし、招かれざる客は謎の仕掛けでハジかれ、闇から闇へ葬り去られるというウワサだ。
『館は、私が英国を離れると閉鎖されて、電気も使えなくなるわ』
それは困る。
『こうなるって判ってたら、高度なセキュリティシステムなんて導入しなかったのに』
危険だが、別の宿を見つけるしかなさそうだ。
アトケたちの協力があれば、なんとかなるだろう。
そう、櫻井は諦める。
『とはいえ、スポンサーが今をときめく"アルジャーノンER"だから、断る理由が無いのよ』
「ん?」
なにその聞き覚えはすごくあるが、聞き覚えない企業名。
『一般には知られていないけど、10年程前、彗星のように突然現れた企業よ』
有機EL眼鏡や自動翻訳機を発表し、それまで同様なサービスを提供していた起業に取って代わった。
情報サービスだけでなく、遺伝子組換え作物の開発やミューオン触媒融合炉の設計、制御も行っている。
『その技術は"人類の数十年先を行っている"と言われているわ』
怪しい。
『経営者、起業者は公表されておらず、姿を見た人も限られてる』
とても怪しい。
そもそも社名が怪しさ全開である。
「あークレオパトラ?」
『なに?』
「先程の困りごとは、どうやら解決しそうだ」
そこの現経営者、さっきリビングで回し車を一生懸命回してた。
ただし、この件はくれぐれもご内密に。
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-2045年10月17日 10:00-
英国が誇る女優、クレオパトラ・ディートリッヒを乗せた自家用ジェットは、ロンドン・シティ空港を離陸。
同乗者は、アルジャーノンEA幹部と妻、生まれたばかりの毛布に包まれた息子。
なお、幹部の黄色人種男性は、ペットのネズミを連れていた、と伝えられる。




