ハラム、厳重に包囲される
-2045年10月13日 16:50-
ここで、時はもとに戻る。場所はクレオパトラの車の中
『待って!』
飛び出ようとする櫻井をジュリアが止める。
『むやみに走り回って探しても無理よ』
じゃぁどうする、と横を見るとクレオパトラが電話をかけていた。
ジュリアは端末を操作している。
『メイフェア一帯が通行止めになっているわ』
と、有力者との会話を終えたクレオパトラ。
『マウント・ストリート・ガーデンズの一帯を、スコットランドヤードが封鎖している』
と、ツィッターを検索したジュリア。
『封鎖の原因が、あなたたちの目的?』
櫻井は慌てて口を押さえるが、頭の上のフキダシに大きく"YES"と出てしまっている。
嘘のつけぬ男である。
クレオパトラはため息を一つつき
『裏道を使って、できるだけ近くまで行くわ』
とアクセルを踏み込んだ。
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-2045年10月13日 17:00-
『これ以上は、近づけそうにないわ』
数千万£する車は、ドアに擦り傷が付き、バックミラーが1ケ取れてるというムザンなアリサマ。
『ありがとう。後は自分たちで行くわ』
ジュリアがガルウィングを跳ね上げる。
『これを』
クレオパトラがジュリアに携帯を投げる。
『私への直通電話』
『重ね重ねありがとう』
そう言って、ジュリアはダッシュ。
「待った!」
櫻井が引き止める。
「全力で走るな。俺が追いつけん」
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「これはまた…」
『えらく厳重ね…』
問題の場所は"KEEP OUT"と書かれた黄色いテープで封鎖され、2mおきに警官が立っている。
「いったい…何をやらかしたんだ?」
"ハラムは"という言葉を慎重に飲み込む櫻井。
『これ以上近づくことは無理ね』
ジュリアが手話で言う。
「?」
表情で疑問を表した櫻井に説明する。
『あのブロックを封鎖しているのは、スコットランドヤードじゃない』
ジュリアが歯を食いしばる。
『愛情省よ』
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真理省が"現実"を創るならば、それを守る組織が必要となる。
各国が現実を改変しだした当初、様々な人がその事実を暴こうとした。
だが新聞には検閲が入り、TVは審査を受け、ネットはAIが監視し不適切な記述を削除した。
そして、事実を暴こうとした者、社会に対する不安定因子を修正する組織が作られた。
なぜ"現実"を認めず、社会を不安定にさせるのか。
それは、社会に対する愛が足りないからだ。
その者に、社会を愛させなければならない。
事実を暴こうとした者は、ある夜、足音を耳にする。
その者は、その夜を境に消える。
暫くの後、その者は再び現れる。
だが、以前の者ではない。
その者は、愛を知る者だ。
その者は、社会を愛する者となる。
その者は、以前の行動--事実を暴こうとしたことを恥じる者となる。
暫くの後、その者は再び消える。
永遠に。
そうして社会を、"現実"を守る省が愛情省だ。
この時代、愛情省は強大な力を持っている。
真理省は、脳の外側にある情報に対し、全ての権限を持っている。
愛情省は、脳の内側にある情報に対し、全ての権限を持っている。
愛情省が指示すれば、人間は自分の考えを変えねばならない--否、自ら進んで、喜んで、歓喜に震えながら変えるのだ。
数千年の歴史の中で、人間はその方法--他の者を従わさせ、隷属させ、思想を思考を変え、制御し、管理する方法を学んだ。
各国で呼び方は違う。
だが、主要国には必ず、この組織が存在する。
脳の外側と内側、それぞれの情報を管理する組織だ。
ジュリアは存在しない。
その"現実"を創ったのは、真実省。
その"現実"を守るのは、残された僅かな瑕疵を修正する機会を窺っているのは、愛情省だ。
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『まいったわね』
そのブロックを遠巻きに1周りした後、ジュリアが手話で言う。
『これはネズミ一匹、入り込む隙もない』
1ブロック全体を2m間隔で警官が、愛情省が取り囲んでいた。
「いや」
と、櫻井がつぶやく。
「ネズミ一匹なら、入り込めるかもしれない」




