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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第五章 人類は三番目
31/81

ロンドン、大いに迷惑する

-2045年10月12日 22:05-


ここで時は少し前、櫻井たちがロンドンに降りる前夜に戻る。

少々寒い部屋の中で、ハラムは目を覚ました。

--ここは…どこだ?


最後の記憶は、密猟者にライフルを構えられた光景。

思わず我が身を盾に、カリンバを庇った。

その瞬間、ハラムを向いたライフルの銃口が光った。


ハラムの唇の端が、少し上に上がる。

カリンバを庇った自分の行動、それを誇らしく思う男の子である。

次に自分の身体を検める。

大きな怪我は無いようだ。どうやら、麻酔銃だったようだ。


続いて、自分の置かれた状況を確認する。


大きな部屋の隅に置かれた檻。ハラムは、その中に閉じ込められている。

三方は壁で囲まれ、残る一方は衝立が立てられ、見通しが効かない。

壁や衝立は高級そうだが普通のもので、特に監視装置は無いようだ。

そして少々、カビ臭い。


--さて

と状況を分析できたハラムは、早速檻の扉を塞いでいる鍵を解錠する。

単純なシリンダ錠は、1分も保たずに開いた。

音を立てぬように、扉を開ける。

檻の外に出て振り向いたハラムは、檻に張ってある紙に気づき、状況を把握した。


--ボクは誕生日プレゼントだったらしい。


紙には、"誕生日おめでとう。アレク"と英語で書かれていた。

衝立の角から覗くと、そのアレク君は5才くらいの男の子で、ベッドで寝息を立てていた。


--も少し大人でPCを持っていてくれれば、良かったんだが

部屋の外からは人の気配がする。ドアは開けられない。

窓にセンサが付いてないことを確認すると、ハラムは窓を開け、夜の街に身を躍らせる。


踊る間もなく、部屋に戻る。


クローゼットを開け、アレク君の物らしきダウンパーカを羽織る。

部屋に残っていたビスケットやチョコバーを、ポケットに入れる。

そして、今度こそ夜の街に身を踊らせた。

閉じた窓の向こうから、手話が"良い夜を、アレク"と告げた。


========

-2045年10月12日 22:10-


夜の都会、人の目が届かぬビルの壁を登るのは、貴方の親愛なる隣人スパイ…ではなくハラム。


--とりあえず、ここがどこかを確かめなくちゃ

そう自分に言い訳してるハラムだが、実は冒険好きなだけ。

初めて見る大都会に興奮し、母親(アサラト)への連絡など二の次になってるガキんちょである。


そのブロックで最も高いビル、その屋上に立ったハラムは、更に給水塔に登り周りを見渡す。

研究所の周りでは見られない光の洪水。

モニタで何度も見た光景だが、実際に自分の目で見るとやはり格別。


輝く光景の中、ギリシャ風の建築物が、ハラムの目を引く。

顎が垂れ下がる。

見たことがある建物だったからだ。


--大英博物館。サウス・ケンジントンの自然史博物館の方じゃない。本館の方だ


呆然と立ちすくむハラムの脳裏を、ごったな記憶が過ぎる。

--ああ、もうサウス・ケンジントンのは、自然史博物館じゃなかったっけ

--中央ホールのディプロドクスが廃棄された時、サイムがカンカンになって怒ってたよな…


はっと我に帰るハラム。

母さん(アサラト)に連絡を取らなくちゃ。それを思い出すハラム。

どこかPCがある部屋に忍び込み、そこから連絡しよう。妥当な判断である。

どうせ忍び込むなら、手応えがある建物の方が良いよね。←いや、その考え方はおかしい。


========

-2045年10月12日 22:15-


ロンドン、マレット・ストリートに面した、アールデコ調の建築物。

周囲を威圧するようなその建物は、上院会館(セネタ・ハウス)と呼ばれる。

そこに、英国軍事情報局(MI)セクション7()がある。

だが今や、その名で呼ぶ者は少ない。

そこは、こう呼ばれている。


真理省(ミニトゥルー)


その昔、政治的検閲を行っていたその組織は、今では"現実"を創っている。

セネタ・ハウス内の数千人のスタッフ。彼ら、彼女らが、かく在るべき"現実"を創造している。


例えば、英国の国内総生産(GDP)は年々増大し続ける、という"現実"がある。

2045年の集計では、約1兆米ドル(USD)に届くかどうか。

だが2020年時点では、英国のGDPは3兆USDを超えていた。

3兆USDが年々増大し続けたのに、1兆USDになるワケはない。


この矛盾を解消し、GDPが年々増大しているという"現実"を成立させる機関が、真理省だ。

スタッフの1人、スミスは、その作業を行っていた。

各種資料に記録された2044年のGDPは、1兆2千USDだった。

それを9千8百億USDに変更--否、修正する作業を終えたところだ。


昨年スミスは、2043年のGDPを、1兆3千億USDから1兆1千億USDに修正した。

だが今年は、更に修正が必要となる。GDPが年々増大し続けるという"現実"を守るために。


修正が必要な記録は、年々増大している。そもそも、守るべき"現実"はGDPだけではない。

失業率、進学率、食料自給率、休暇取得率、消費電力量、週当たり労働時間、教育娯楽への支出比、その他もろもろ。

常に昨日より今日、昨年より今年が良くなっている。それが"現実"だ。


スミスは、あてがわれた二畳ほどの部屋で首を回す。

--俺はラッキーだ

今月からスミスには、窓のある部屋が割り当てられた。それは、彼の有能さを示す印だ。

GDPの修正は、大変な作業だ。


政府統計値は一括で修正可能なように、システムが作られている。

どの情報がどれに影響するか、全て定められている。

だが、民間の新聞、雑誌、ブログ、ツィッターなどのSNS。これらは整理されていない。デタラメである。

だが、全てに対し、GDPに関わる値を修正しなくてはならない。

整合性を保って。


既に時計は22時を回っている。

週当たりの残業時間は年々減少している。その"現実"を守るため、スミスは17時以後にオフィスに居ることはない。

だから、"現実"にはスミスはここに居ない。

これを専門用語で"サビ残"と言う。


隣の部屋ではパーソンズも情報修正をしているらしい。なにやら罵り声が聞こえる。

もちろん、パーソンズも隣の部屋にはいない。それが"現実"だ。


--ビクトリィ・カフェに眠気覚まし(コーヒー)を買いに行こう…

スミスは席を立つ。

年々、そのカフェも味が落ちている気がする。気のせいである。

年々豆の質が落ちているとか、豆の量を減らしているなどという"現実"は許されないからだ。


そっと扉を閉めると、鍵を掛ける。

通路には、パーソンズの罵り声が大きく聞こえる。

邪魔をしないように足音を忍ばせるのが、すっかり習い性になったスミスである。


そして、スミスが居なくなった部屋に、黒い影が忍び込んだ。


========

-2045年10月12日 22:20-


--さて、と

二要素認証を軽く突破しシステムに侵入したハラムは、履歴(ログ)が残らぬよう各種デーモンを止め、メールを打つ。


To: アサラト

From: ハラム

Title: 迎えに来て

Body: ボクは元気です。今、ロンドンのブルームズベリーにいます。迎えにk


鍵が開く音がした。

慌てて振り向いたハラムは、部屋の主と対面した。

部屋の主--スミスの顎がだらりと下がる。


慌てて窓から脱出するハラムと、呆然と見送るスミス。

ハラムが打ち掛けのメールに気づくのは、少々後の事になる。

そして、内部サーバに侵入(クラック)され、管理者権限で不正な操作が行われたと判明するのは、翌日の午後。

よりによって真理省(ミニトゥルー)の内部サーバが、である。


大騒ぎになった。

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