表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第五章 人類は三番目
28/81

サイム、来公の経緯を話す

-2045年10月13日 21:55-


ルブンバシ国際空港へ向かう四輪駆動車の中。

運転席に座るサイムの瞳は焦点を失い、ちょっと見には呆けているように見える。

だが、ここ数ヶ月でサイムの人となりを知った櫻井は、邪魔しちゃいけない時と判っている。

サイムがこの表情をしている時、その脳内では相当複雑な事を考えているのだ。


『ミスタ・サクライ』

ようやく現世に戻ってきたサイムが話しかける。

『私に何か聞きたいことがあるのだろう?』

--あるといえば、ある。


「くだらないことですよ」

『大丈夫。荷台は防音になっている』

荷台ではジュリアが眠っている。

彼女に聞かせたくない質問でも大丈夫。そうサイムは言っている。


彼女は関係無いんだがなぁ、と櫻井は話し出す。

「サイム貴方はなぜ、こちら(コンゴ)に来たんですか?」

『君の推測は?』

「アトケのため?」


彼女(アトケ)は、コンゴに留まる理由の1つだが、来た理由ではない』

ミューオン触媒(サイム型)核融合炉建設のため?」

『それは公式な理由だ。そうは思えないからこそ聞いたのだろう?』


サイムは理論物理学者で、実際の融合炉建造には殆ど興味を持っていない。

そして興味がない事は徹底してやらない。

それがサイムという男だ。


『核融合炉視察のため、コンゴに来たのは本当だ』

世界初の新型核融合炉は、西洋諸国ではなくコンゴに造られた。

危険だったからだ。

暴走しないと証明できなかったからだ。

『だから、国際社会に"安全だ"と主張するために、私は連れてこられた』


サイムはウインクし。

『--ことになっている』

事実としては、と続ける。

『その2年前からコンゴに居た』

君も知っている通り。


--読まれていたか

研究所の記録と公式記録にずれがあった。

その多くがサイムに関することだった。


『その現実は、改変されている』

思わずサイムを見る櫻井。

『その顔は知っているな。ジュリアから聞いたか』

サイムは微笑み。

『ミスタ・ルムンバ、彼が私を引き込んだ』

所長のことだ。


========

-2035年6月18日 17:40-


遺伝子操作禁止条約(クローテン議定書)締結以後--否、"戦争は平和"作戦以後、科学は冬の時代を迎えた。

遺伝子工学だけではなく、生物学だけでもない。

全ての自然科学は予算を削られ、無駄な事務作業が増え、学生の瞳からは光が失われた。


ミューオン生成理論が認められ、ノーベル賞受賞を囁かれるサイムですら、自由な研究が許されない。

トリニティ・カレッジも、変人では認められなくなってしまった。

穴の空いたジーンズではなくスーツ姿の人間が増え、科学ではなく金融の研究が推奨される。


長時間の会議が何一つ新たなことを生み出さぬまま終わり、疲れ果てて研究室に戻ったサイムを男が待っていた。

大柄なネグロイドは、忙しいと叩き出そうとしたサイムに、数枚の紙を差し出した。

その紙を破り捨てようとしたサイムの目が、概要(Abstract)の1節を捉えた。

そこには、ミューオン生成理論--サイムが100頁以上を費やした理論--のエレガントな証明方法を示す、と記されていた。


========

-2035年6月19日 20:10-


ガタンッ!

自分が倒した椅子の音で、サイムは我に返った。


「こんな…ことがッ!」

サイムを世界的な科学者にしたミューオン生成理論は--サイムの青春の結晶とも言えるその論文は、クソだ。

彼の目の前の論文は、そう告げていた。


サイムの証明方法より遥かに短い証明が、そこにあった。

そこに書かれた数式は、ミューオン生成に必要なエネルギィが、後2桁は下げられることを示唆していた。

大型ハドロン衝突型加速器(CERN)どころか、カレッジ内の小型加速器でも実験可能だ。

事務処理を省けば、今日にでも論文の正しさは確認できる。


だが、サイムにとって確認は不要だった。

彼の脳が、才能が、知っていた。この論文の正しさを。

何よりその論文は、その数式は、美しかった。


たった1つの発想の転換、思考跳躍。それで全てが明らかになる。

論文を読んだ今となっては、なぜこの発想に至らなかったのか、不思議に思うほどだ。

これほどエレガントな論文は、読んだことがなかった。


「お忙しいところ、ずいぶんと熱心に読まれてましたな」

豊かな低音の声が響いた。

「君が…これを?」

首が横に振られる。

ルブンバシ大学(うち)の学生が書いたものです」


「そうか…」

サイムは椅子に崩れ落ちた。

--次世代の者は、ちゃんと育っているのだな

--ロンドンではなくアフリカで

喜ばしく思うと同時に、急に老けた気になった。


「この論文を--」

名刺によればルムンバという名の計算機学者は、次の瞬間サイムの逆鱗に触れた。

「貴方の名で発表して頂きたい」


========


「私を絞め殺すには、ちと腕力が足りないようですな」

ルムンバの首を締めようとするサイムの手は、盛り上がった筋肉に阻まれ、まるで効果がない。

「どうか落ち着いて頂きたい」


「これッ…ほど…愚弄され…て…」

「まぁ、そう言わずに」

なおも首を締めようとするサイムの手を外し、椅子に座らせるルムンバ。

「"彼"に会ってもらえれば、全て判ります」


「彼…とは…誰だッ」

「この論文を書いた学生です」

「会うッ!」

バネ仕掛けのように立ち上がるサイム。


今すぐにでも扉を開け、飛び出しそうになっているサイムを、ルムンバは抑える。

「彼に会うためには、コンゴまで来て頂かなくては」

「連れて来ていないのか」

「いささか事情がありまして」


========

-2045年10月13日 22:35-


『その学生に会った時の私の驚きは、君にも判るだろう』

四輪駆動車の運転席から、いたずらっ子のような笑みを浮かべるサイム。

「"彼"ってのは…」

『パンロゴだ。まだ6才だったよ』


『10年前のミスタ・ルムンバは、なかなかにイタズラ好きでね』

そして理想主義者だった、とサイムは言う。


========

-2035年6月22日 15:15-


ルムンバは言う。

(パンロゴ)査読(レビュー)に対応することは、できません」


当然だ。

論文の疑問点は、手軽にskypeで顔を突き合わせて聞ける時代だ。

ボノボの顔を見た査読者(レビューア)が、まともに相手をするとは思えない。

「だから、彼の代わりに発表する者が必要なのです」


「それで、君たちは何を得る?」

疑いの眼差しでルムンバとパンロゴを見るサイム。

この国(コンゴ)の、未来」

ルムンバが微笑む。


アフリカには地下資源がある。

土地も、自然も、世界中のどこよりも豊かだ。

だが、この地は貧困に喘ぎ、戦火が絶えない。

「なぜだと思います?」


「知らん」

興味がない事は徹底してやらない。

それがサイムという男だ。

だが、興味を持てば聞く耳を持っている。

「なぜだ?」


この地(アフリカ)は1つだけ、持っていないものがあります」

ルムンバのにこやかな仮面が綻び、その下に隠した牙をサイムは感じた。

自尊心(プライド)だ」


「16世紀に奪われたそれ(プライド)を取り戻さない限り、ここ(アフリカ)に未来はありません」

私たちが取り戻す。そうルムンバは言う。


「コンゴを、自然科学の中心地にします」

ルムンバはサイムの目を見据える。

「コンゴを中心に、アフリカを自然科学中心の社会に変えます」

ルムンバの瞳の中に燃える炎は、奪われ、押さえつけられたプライドの火種だ。


「あなたも判っているはずだ。もう英国は、西洋社会は、自然科学を必要としていない」

サイムは反論ができない。

「私たちが譲り受ける」


ルムンバが立ち上がる。

「そしてアフリカに未来を」

そのために、と唇が釣り上がり。


「サイム、あなたというブランドを使わせて欲しい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ