所長、手段を選んで貰えず、頭を抱える
-2045年10月12日 21:25-
ハラムは、英国ロンドン・ヒースロー空港で降ろされた。
だが、以後の足取りが掴めなかった。
空港で、ハラムを入れた檻は顧客に引き渡された。
航空会社に登録された顧客情報は、偽物だった。
監視カメラや個人端末から再現された映像によれば、ハラムを乗せたトレーラーは21:15に空港を出発。
そのナンバープレートは、偽物だった。
『どこかで当該車両を見つけたら判るようにしたけれど…』
『牽引車の色を変えられたら、判らないでしょうね』
トレーラは広告を映し出すため側面が液晶で、牽引車はナノ粒子インクで車体の色を変えられるモデルだった。
そして、コンゴではまず見かけない完全人動運転。
『おそらく密輸業者。データは電子化されてなく、紙でしょうね』
つまり、これ以上の情報を得るためには、誰かがロンドンへ行く必要がある。
幸い、運転手の顔を撮った映像があった。
その運転手が、どこかのカメラの前に現れれば、位置を知る術はある。
運転手を捕まえ、配達先を吐かせる。
力づくででも。
第1世代を中心に、怒気が膨れ上がる。
『残念だが、君たちは駄目だ』
所長は、研究所内の9割以上を占めるSボノボを切って捨てる。
確かにロンドンに彼らが現れたら大騒ぎだ。
『サイム、君も駄目だ』
ロンドン出身で、土地勘も知り合いも多いサイムだが、世界的な有名人だ。街中に現れれば、一挙手一投足が注目の的だろう。
『私は万一の際、政府との調整を行うため、ここを離れるわけにはいかない』
残りは3名、実質2名。
ジュリアは国外に出れない。
設計された人類である彼女は、"現実"には存在しない。
"戦争は平和"作戦により改変された"現実"の、僅かな瑕疵。
もし彼女が国外に出れば、即座に各国がその瑕疵を修正する。
残るは2名。
『ほな…』
デジレが立ち上がろうとする。
学会出席のため幾度も渡英したデジレは、土地勘もあり、英語にも不自由しない。
友人も居る。男の友人がいるかどうかは、定かではないが。
『待って』
デジレを止める黒い手。
アサラトだ。
彼女は、立ち上がろうとしたデジレを座らせ、歩きだす。
櫻井の前で、彼女は止まった。
『お願い、サクライ』
なぜ、なにゆえ、Why?
『最も可能性が高いのは、貴方』
英国など行ったことはない。
『できる限りのことをしたいの』
英語も話せない。
『ハラムは--』
知り合いだって居ない。
『私の子なの』
だが、それでも。
「分かった。女の子に泣いて頼まれちゃ、仕方ない」
櫻井は立ち上がり、アサラトを抱きしめる。
彼は知っている。
アサラトも知っている。
この場に居る者の内、多分アサラトと櫻井だけが知っている。
アサラトが櫻井を選んだ理由を。
先程、櫻井の有機液晶眼鏡に映し出されていた文字。
"pSyon:私も協力する"
謎の守護者。
ルブンバシでジュリアが姿を消した際、位置を櫻井に教えた者だ。
ジュリアのタグに、おそらくは警察官のタグにも、アクセスした者だ。
なぜアサラトが、その者の存在を知っているのか。
それを問う時間は無い。
ただ彼女は、その者に賭けたのだろう。
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『私も行くわ』
その声に、ほぼ全員がぎょっとした。
『力づくで押し通る場面が、きっとある。なら、私の出番よ』
ジュリアが櫻井の側に立つ。
所長が立ち上がり、叫ぶ。
『君は駄目だ。コンゴ政府が出国許可を出さない!』
『それは、アトケが何とかする』
その制止をサイムが翻す。
『英国に降り立った瞬間に殺されるぞ!』
『それも、アトケが何とかする』
大柄な所長の前に小柄なサイムが立ち塞がる。
数瞬、2人の視線が交差し、
所長は頭を抱えて、椅子に座り込んだ。
『コンゴ政府は後回しで良いわ。先ずは英国システムに侵入する』
アトケの言葉で、第2世代が一斉に端末へ向かう。
ヒースロー空港のシステム、英国の税関システムだけではない。
主要道路上のカメラ、各個人の持つ端末に備え付けられたカメラ。
ホテル、レストラン、タクシー、その他各種サービスを行う様々なシステム。
それらには、ジュリアを見つけた場合、しかるべき部署に通報するよう仕掛けられているはずだ。
その仕掛けを、全て無効にする。
一時的に。
痕跡を残さず。
これは、英国を電子的に侵略し、征服することだ。
宣戦布告なしに。
アトケがやろうとしていることは、不正規戦争だ。
もしその行為が知られれば、英国は否--国連は、この国を敵国として報復するだろう。
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皆から少し離れた端末の1つ。
そこに座ったアサラトは、一通のメールを打つ。
To: ポセイドン
From: アサラト
Title: None
Body: "息子"の準備を急がせて
寂しげに自分の肩を抱くアサラトを、そっとジャンベが抱きしめた。
業務多忙のため、不定期投稿となります。




