サイム、良い見世物になる
-2045年 10月12日 12:25-
ファーンッ!
トレーラーが急停車し、クラクションが盛大に鳴らされる。
「何しやがる! 死にてェのかッ!!」
窓から顔を出し怒鳴る運転手。
睨みつけるその視線の先には、後輪をスライドさせて止まったバイク。
そしてヘルメットを脱ぎ、憤怒の形相を露わにしたサイムだ。
「お前たちが運んでいる積荷に用がある」
イギリス英語が、国境近くの村に響き渡った。
「ようおっさん、そんなひ弱な体で強盗か?」
助手席から顔を出した強面の男が言う。
「別の相手にやンな! 俺たちァ急いでンだ!!」
運転手が叫ぶ。
運転手に構わずサイムはバイクを降り、トレーラの右より--助手席の前に立ちはだかった。
「素直に積荷を下ろすなら、お前らは見逃してやっても良い」
助手席の男は、サイムと視線を合わせ。
「下ろさなければ、どうするつもりだ?」
「牢獄がお前らを待っている」
サイムは人差し指を中指を揃え、助手席の男に突きつける。
「"絶滅危惧種の国際取引に関する条約"違反でな」
「どうします?」
運転手が助手席の男に囁く。
その手には、自動拳銃が握られている。
「よせ、相手が悪い」
トマス・サイムは有名人だ。
世界中の人々が、小さな子供でもその顔と名前を知っている。
野次馬の中には、早速写真を撮ってる者までいる。
「どうしても退かねェッていうのか!」
「私に退いてほしいのなら、な」
運転手の叫びにサイムは獰猛な笑みを浮かべ。
「我が屍を 乗り越えよ」
ここから北、ザンビアとの国境にはルアプラ川が流れている。渡れる場所は限られる。
そもそも引き返しても、バイクで追いかけてくるだろう。
そして問題の"荷物"は、速やかに引き渡す必要がある。
「やれやれだ」
助手席の男はトレーラーを降りるとサイムに近づき、その体をひょいと肩に担いだ。
「おい、バイクも退かしてやりな」
嬉々として言葉に従う運転手。
肩の上でサイムは暴れるが、鍛えられた男の腕はビクともしない。
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-2045年 10月12日 12:35-
「間に合った」
サイムが騒ぎを起こしている場所から100mほど後ろ。
四輪駆動車を停めたジュリアは、後部を振り返る。
「みんな、サイムが彼らの気を引いている内に」
荷台のSボノボたちが森の中に散った。
「ジャンベ!」
ジュリアは荷台に1人残っている彼女に声をかける。
「殺しては駄目よ」
第1世代のリーダー、ジャンベはその声に振り返ることなく、森へ跳ぶ。
その姿を木陰に消す前に、手話が一言告げた。
『了解』
心配そうな目で見送ったジュリアは、頭を一振りするとアクセルを踏み込み、四輪駆動車を東へ--遺跡へ向けて進ませた。
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-2045年 10月12日 12:40-
「降ろせッ! 降ろさんかッ!!」
助手席の男の肩の上で暴れまわるサイムだが、まるで役に立っていない。
野次馬のシャッターチャンスになっているだけだ。
そして、野次馬もトレーラーの男たちの注意もサイムに集中し、トレーラーの上10mの、木の枝の不自然なしなり具合には気づかない。
バイクを退かし終えた運転手が、トレーラーへ振り向こうとした時。
「ちょいと、そのセンセ返してぇな」
朗々とした声が響いた。
長身の男が近寄り、助手席の男の肩からサイムを奪う。
「誰だてめェ!」
運転手が凄むと、その男は両手を上げて攻撃の意思が無いことを示す。
「コラ降ろせッ! 降ろせと言うにッ!! 落ちるーッ!」
一方、頭から落っこちそうになってるサイムは、大騒ぎである。
その隙にトレーラーの扉が開いたことに気づく者はいない。
「なんかウチのセンセがご迷惑かけたようで、えろうすんまへん」
人好きのする笑顔で話しかける長身の男に、トレーラーの2人も警戒心を緩める。
「いやーこのセンセ、思い込みが激しゅうて、ちょくちょく騒ぎ起こすんですわ」
よっこらしょ。
肩から落ちそうになっているサイムを、担ぎ直す長身の男。
「この前なんかも、自分の論文が別人の名で発表されたって、そらもう大騒ぎで…」
「悪いが、俺たちは急ぐんだ。もう行っていいか?」
助手席の男が話を切る。
「おい、行くぞ」
「あ、ちょいと待ってぇな」
引き止める長身の男は、左手を腰に回す。
トレーラーの2人に緊張が走る。
と、長身の男の手から札束が落ちた。
「ありゃりゃ」
20£札の束が留められたマネークリップを拾い上げ、1枚助手席の男に進呈。
「センセがご迷惑なことしたと思うんやけど、これでひとつ」
運転手にも1枚進呈する。
「この件は、くれぐれもご内密に」
20£の臨時収入を得た男たちの背後で、トレーラーの扉が静かに閉まった。
長身の男は手早くサイムを簀巻にし、乗ってきたトラックの助手席に放り込む。
続いてバイクもトラックの荷台へ仕舞う。
その手際の良さに注目していた人々は、トレーラーの影から森へ走る何体もの影に気づかなかった。
「ほな!」
にこやかに手を振り、来た道を戻るトラック。
面白い見世物に満足した野次馬は、当分話題に事欠かないだろう。
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-2045年 10月12日 12:50-
荒れた道を、ゆっくりと1kmも走っただろうか。
長身の男--デジレはトラックを停め、サイムの拘束を解く。
サイムは助手席から降り、荷台のシートを捲りあげる。
何体もの黒い影が、素早く荷台に乗り込むと、サイムはシートを下ろす。
サイムが助手席に戻ると、トラックは静かに発進した。
「すんまへんなぁ。なんや変なウワサが流れてまう」
なぁに、とサイムはウインクする。
「変人扱いされるのは、私の得意分野だ」
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-2045年 10月12日 13:45-
「5人、確かなのね」
遺跡近くにジュリアが停めた四里駆動車。その荷台は今、臨時の手術室になっていた。
10番ゲージ弾7発を、バラフォンから摘出中だ。
その周りには、調査隊の面々が身を寄せ合っている。
中心には、鎮静剤が効いて眠るオルトゥが横たわっている。
少し離れた場所で抱き合っている2人に、ジュリアは近づく。
『私はなぜ--』
コラの胸にはマセンコが顔を埋めている。
『撃たなかったの?』
コラの右手人差し指が、存在しない銃の引き金を引く。
「撃たなくてよかったのよ」
ジュリアがコラの肩に手を置く。
コラの首が横に振られる。
『撃つべきだった』
『撃ち殺すべきだった』
ジュリアの腕が、マセンコごとコラを抱きしめる。
『私ならできた』
「たとえ可能であっても、貴女たちはやめて」
ジュリアの腕に力がこもる。
「貴女たちは、私たちのようにはならないで」
「取り戻すわ。絶対に」
四輪駆動車の荷台から手が伸び、手術の成功を伝えるが、コラの悲しみが薄らぐことはない。
調査隊に参加した子供たちは7人。
5人は、ジャンベたちがトレーラーから救出した。
密猟者から逃れたのは、マセンコ1人。
後1人、ハラムが見つからない。
ジュリアの瞳に炎が宿る。
「必ず見つけ出す」
どんな手を使っても。
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