櫻井、絡まれる
-2045年 10月9日 17:50-
『さて、そろそろ夕食の時間だ』
とサイム。
『貴女たちも出てきなさい。食事の時間よ』
と、みっしり詰め込まれた子どもたちに声をかけるアサラト。
ふと気づく櫻井。
そういえば、子どもたちを食堂で見かけたことが無い。
「彼らの食事は特別なのか?」
アトケの頭が、ゆっくり左右に振られる。
『この子たち、外が怖くて出られないのよ』
確かに食堂は開放的な空間で、大きな窓から中庭が見える。
『怖くなんかないよ!』
ダンボールから手だけが飛び出て、反論する。
『嫌いなだけー』
『だって、外は土とか森とか汚いし』
『暑かったり寒かったりするし』
引きこもりな子どもたちである。外見は野生のお猿さんなのに。
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『このままじゃマズいと思うな。私は』
第1世代のバーテンダー、ムベトは主張する。
『子供は外で遊ぶものだ』
そうだそうだと周りで声が挙がる。
ただし片手での手話なので、夕食を口に運ぶスプーンは止まらない。
今日の夕食はカレーライス。初めは櫻井がイナンガに頼んで作ってもらった特別メニューだったが、今では人気メニューだ。
特に第1世代には大好評である。
『前から第3世代の引きこもりは、問題視されてたんや』
デジレは食べる手を止めて言う。フランス語なので。
『最近の若い者は手を汚そうとしない、ってな』
ちなみに第1世代は全員27才。
年齢的には充分、最近の若い者である。
ただしボノボとしては、ひ孫がいても不思議ではない歳ではある。
『我々は昔から外で暮らしていた』
『俺たちの親は、家の中には入らなかった』
『むしろ、我々も外で暮らすべきじゃないか?』
今の若い者たちへの苦言が食堂に広がる。
パンパン。
手が鳴る音が聞こえた。
皆の視線が、手の鳴る方へ--アサラトに向く。
『"~である"から"~すべき"を導いてはならない。ヒュームのギロチンよ』
『倫理--善とは理想であるべき。事実と善悪は独立であるべき』
アサラトはゆっくりと食堂の人々を見渡す。
『例えば、私たちは高々3世代前は獣だった。ある意味、今でもそう』
とアサラトは、ふさふさな毛で覆われた自分の腕を上げる。。
『その事実をもって、私たちの人権を奪うことは善かしら?』
第1世代の一部が後ろめたそうに視線を落とし、アサラトは静かに座った。
『とはいえ』
静まり返った食堂で、クリンが言う。
『子どもたちにも外の世界を見せておきたいよなぁ、今のうちに』
『それは、そのとおりね』
アサラトも同意する。
『その件なら任せろ!』
ドアが開き、大柄なSボノボが言った。
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そのSボノボは、バラフォンという。
第1世代で、最も武術に優れている男だ。
素手で水牛をも倒せる、と言われてる。
ただし、実際に水牛を倒す時は銃を使うので、本当かどうか誰も知らない。
バラフォンの後ろから、ジュリアが顔を覗かせる。
フィールドワークに行っていた者たちが、帰ってきたのだ。
さっそく毛づくろい他のスキンシップを始めるボノボたち。
彼ら彼女らをかきわけ、櫻井はジュリアに近づく。
「成果は上がったかい?」
『ああ、トビキリのヤツがな!』
横からバラフォンが口を挟む。実際には手話だが。
『遺跡を見つけたの』
煌めく瞳でジュリアが言う。
『大量の羊皮紙が保存されてたわ。図書館だったのかも知れない』
『いつ頃のもんや?』
デジレが会話に加わる。
『古いわ。かなり』
『人類史上の大発見になるかも知れない』
興奮を隠しきれない表情でジュリアが続ける。
『古代エジプト文明より、古い可能性があるわ』
古代エジプト文明の発祥は紀元前4,000年、今から6,000年前に遡る。4大文明の1つだ。
人類史上、それ以前の文明は発見されていない。
「そんなものが、どこに」
残ってたのか、と櫻井が問う前に有機EL眼鏡へ会議通知が届いた。
『聞きに行った方が早そうやな』
デジレと2人で夕食をかき込み、席を--立てなかった。
イナンガが櫻井の前に立っていたからだ。
『さぁサクライ、皿洗いの時間よ』
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-2045年 10月9日 20:10-
「で、どこにあったんだ?」
ムベトのバーカウンターに、皿洗いと後片付けを終えた櫻井が座る。
『ここから北、ザンビアとの国境沿いにルアプラっちゅう川が流れとる』
デジレが答える。
『その川岸に洞窟があったの』
ジュリアが補足する。
櫻井のグラスに写真が映し出される。
「こりゃまた…」
川岸というより断崖絶壁。その途中に、洞窟の入り口が小さく見えていた。
『わいらじゃ、とてもたどり着けんわ』
身軽なSボノボでなければ、行こうとも思わないような場所に、入り口があった。
『だからこそ、今まで保存されていたんでしょうね』
ジュリアが悲しげに言う。
『私は、連れて行って貰えなかった』
--重すぎたんやな
--だな
目と目で会話するデジレと櫻井。
口に出せば大惨事待ったなしである。
『ああ、どうして私はヒトなのかしら』
嘆くジュリア。
ぽんぽん。
櫻井とデジレが、両側からその肩を叩く。
『石造りの扉を開けると、けっこうな空間が広がっててな。そこに羊皮紙で書かれた書物が、ぎょうさんあった』
デジレが説明を続ける。
『第1世代は手先が不器用やから、写真だけ撮らせて中身は見とらん』
ただし、表紙と背表紙に書かれた古代文字は、少なくとも紀元前2,000年以前のものらしい。
『文字が縦書きや。これは、古代エジプト第11王朝以前の特徴らしいわ』
『文字自体も、既知のヒエラティックとは違うみたい。何が書いてあるかは今のところ謎』
なんとか復活したジュリアが補足する。
『明後日、第2次調査隊が向かうわ。それに第3世代を連れて行く』
私は連れて行って貰えない、と再び沈没するジュリア。
調査隊の隊長はバラフォン。
ただし、遺跡の中に入れば主導権は第3世代に移る。
『引きこもりの子供たちも、さすがにこの発見には興味津々や。外に出る決心をしたようやで』
小柄で身軽。しかも知能は抜群。
そんな子供たちなら、数日の内に謎を解いてくれるだろう。
『その現場に、足を踏み入れることもできないなんてッ!』
知能はともかく、小柄でも軽くもないジュリアは嘆き、酒を呷る。
--ヤバい?
--こらヤバいわ。絡み酒や
再び目と目で会話する男2人。
ほな、わいはそろそろ。とデジレが席を立つ。
じゃ、俺もそろろそろ。と櫻井も席を--立てなかった。
ジュリアが櫻井の腕を掴んでいたからだ。
『サクライ、今日はとことん付き合って貰うわよ』
翌日、ジュリアは復活した。
櫻井は、体調不良により休暇を取った。
次回投稿は、1/6頃




