アサラト、地下施設を案内する
-2045年10月9日(月)15:00-
櫻井は毎日、午前中に草刈りをする。
まるで野球場かサッカー場、いやいやゴルフ場の全18ホールくらい広い敷地を、少しずつ草刈っていくのだ。
「なんでこんなに広いんだ」
幾度つぶやいたことか。
その理由は地下にあった。
『ここに来たヒトは、貴方で3人目よ。ダーリン』
櫻井の左手に寄り添うアサラトが言う。
広大な空間が、研究所の地下深くに造られていた。
木々が立ち並び、足下には草原が広がる。
天井からは光が射し、小鳥がさえずっている。
地球空洞説を信じてしまいそうな光景である。
『1人目は子供の頃から一緒に暮らしてきたジュリア、2人目がアトケの夫である私だ』
一緒に来たサイムが言う。
『ここはボノボの国。彼らが自治権を持っている』
『私達には、独自の文化があるわ』
ふとアサラトは視線を逸らす。
『中には、多くのヒトから問題視されそうな文化も』
--ボノボは性的に奔放や。ヒトから見たら、相当な乱れようやで
以前デジレが言ってた言葉が、櫻井の脳裏に甦る。
--だが、なぜ俺を招いた?
だって、と櫻井の疑問を読んだアサラトが言う。
『私たち…もう、他人じゃないもん』
--ぐはァッ!!
恐ろしい記憶が櫻井の脳裏をよぎる。
言うまでもなく、アサラトとの朝チュン状態の記憶である。
--まさか俺は、人として越えてはならぬ一線を越えてしまったのか?
ぶるぶるぶる。
思わず総毛立つ櫻井である。
「ピャアッ!」
突然、鳴き声と共に獣が櫻井に襲い掛かった。
その獣は脚を櫻井の首に絡め、掌で櫻井の目を塞ぐ。
「ピャアピャア!」
再び鳴き声が響き、別の獣が胸に、脚に抱きつく。
バランスを崩した櫻井は、草原に膝を付き、何とか獣を振り落とそうともがく。
だが、櫻井の手が届く前に獣は素早く身を避ける。
『止めなさい!マセンコ、カリンバ、ハラム!』
サイムの声が響いた。
獣の動きが止まり、櫻井の前に3人の小さなボノボが並んだ。
『初対面のヒトに、そのような挨拶をしてはならない』
『でも--』
『"でも"は無しだ!』
櫻井は、こんなふうに怒るサイムを初めて見た。
常に理を解き相手の同意を得るサイムが、頭ごなしに叱っている。
『ごめんなさい』
3人のボノボが櫻井に謝ると、厳しかったサイムの目が柔らいだ。
『子供たちを紹介しよう』
3人の後ろにサイムが立つ。
『彼女はカリンバ、第3世代のリーダだ。マセンコはアトケの娘でハラムはアサラトの息子だ』
櫻井の横でアサラトが頭を抱えている。
このイタズラの首謀者が判った気がする櫻井である。
女の子の気を引くために蛮勇をふるうのは、ボノボもヒトと同じようだ。
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子供たち3名も引き連れて、アサラトが地下の研究室を案内する。
巨大なフロアの中には様々なパイプや綱が張り巡らされ、時折ボノボが宙を跳び、移動している。
机と椅子はバラバラに配置されており、何卓かはパイプで宙吊りになっている。
研究室なのかスポーツジムなのか、判らない造りだ。
何人かのボノボは白衣を着ていた。
『研究者は白衣を着るべきだって者も居るの。でも私からすれば一種のコスプレよ』
そう言うアサラトは、一糸纏わぬ姿である。
残念ながら櫻井へのセックス・アピールにはならない。全く。
「ピャアッ!」
叫び声が聞こえ、櫻井が目を上げると
『サクライ!ちょうど良いところに来てくれた!』
パンロゴが手招きしている。
ただし、パイプで宙吊りになった卓上からだ。
「うひゃあっ!」
突然、アサラトが櫻井を抱え、降りてきたパンロゴと協力してパイプを登りだす。
あっという間に目も眩む高所にご案内される櫻井。
『ようこそようこそ』
パンロゴが歓迎し椅子を譲ってくれるが、正直キモは冷えひえである。
『なんか上手く動かないんだよ』
「な、なんだよ、このプログラムは?」
櫻井はプログラムをざっとスクロールさせる。かなり複雑なものだ。
『原子炉の制御をAIにさせようと思って、自分で組んでみた』
そんな危ないことをAIにさせて大丈夫なのか。
櫻井はモニタ上のプログラムを追うが、足下が気になって集中できない。
というか、足下に何も無いことが気になってしょうがない。
「頼むから地面で見させてくれ!」
『ここ、違うんじゃない?』
横から、マセンコが言った。
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地上に降りてプログラムをじっくり確認した櫻井は、マセンコが正しいことを発見した。
まさに、その部分にバグがあった。
だが、あんな一瞬で見つかるようなバグじゃなかった。
「偶然か?」
と呟く櫻井に
『いや、必然だ』
とサイムが返す。
子供たちは、研究室のパイプやロープを使って鬼ごっこをしている。
それを見上げながらサイムは言う。
『第3世代は、第2世代より更に知能が高い』
肩をすくめるサイム。
『もう私では、彼女らの理論についていけないんだよ』
と、人類最高の頭脳を持つ男は、なぜか誇らしげに言った。
次回は11/18頃




