櫻井、すっきりする
-2045年10月8日(日)4:55-
すっきりっ!
爽快な気分で櫻井はトラックを降りた。
リモコンでシャッターを閉め、暗い駐車場に灯りをつけようと壁のスイッチに近寄る。
と、闇の中に白い目が浮かんだ。
一瞬の出来事だった。
強力な掌で口を塞がれ、関節を極められる。
櫻井は身動きも、ジュリアに危険を知らせることすら出来ない。
ジュリアがトラックの扉を開け、車内灯がともる。
彼女に黒い影が近づき、その手が複雑な動きをした。
『痛くなかった?』
『優しくしてくれた?』
『途中から連絡が無くなったから、心配したよ』
ジュリアの声が聞こえた。
『え、ええ。大丈夫よ。彼は優しかったわ』
駐車場が明るくなった。
櫻井の口を塞ぎ関節を極めていたのは、第一世代のSボノボたちだった。
彼らは櫻井を解放すると、彼を抱え上げ、皆で胴上げを始める。
エライ勢いで宙を舞う櫻井。
やっと地上に降ろされると、ハグされ、握手を求められ、肩を叩かれる。
ボノボの腕力、握力で。
めちゃくちゃ痛い。
『後はやっておくから、お部屋へどうぞ』
『さぁさぁ、はやく早く』
『まだ夜は明けてないから、あと1、2回は…』
彼らの手話が2人を送り出し、櫻井はジュリアに手を引かれて彼女の部屋に入った。
「いったい彼らは…」
櫻井の言葉に頬を染め、目を泳がせるジュリア。
「まさか、君が彼らに…」
てへっ。
ぺろっと舌を出すジュリア。
「教えたのか?」
『うん。教えちゃった』
うん。教えちゃった。
その文字が、櫻井の脳裏を駆け巡る。
「--って、何でじゃ~~!!」
だって、とモジモジするジュリア。
『不安だったの…その、初めて…だったから』
可愛い、とちょっと萌える櫻井。
だが待てしばし。
「もし君が"優しくなかった"とか言ってたら、俺はどうなったんだ?」
熱心に天井の模様を見つめるジュリア。
『殺されちゃうようなことは…なかったと思うわよ』
櫻井危機一髪である。
頭を抱える櫻井にジュリアは擦り寄り、そっと有機EL眼鏡を外す。
その後の櫻井は、あまり優しくなかった。
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-2045年10月8日(日)7:40-
すっきりっ!
爽快な気分で櫻井は食堂に入った。
今日の朝食はバケットに目玉焼き、サラダにコーヒーとオニオンスープ。
コーヒーの香りと苦味を楽しむ桜井の前に、サイムが座った。
『さくやはおたのしみでしたね』
ブフォッ!
ゲホッ、ゲホゲホ、ゲーホゲホッ!
食堂は空いており、サイムをはじめ近くに座る人々は、誰も食事をしていなかった。
幸運である。
いや、運ではない。
慎重である。
「なぜ、なにゆえ、Why?」
『私だって、子供の時はNINTENDOに夢中だったのだよ』
--違う、そうじゃない。
櫻井は、断固として叫ぶ。心の中で。
『恋は良い』
夢見るような眼差しで、サイムは言う。
『そう、とても良い』
ちなみにサイム、独身である。
外見はさほどでは無いが、世界最高の頭脳の持ち主と言われる彼だ。
結婚する気があれば、相手はよりどりみどりである。
なのに、浮いた噂ひとつもない。
ただしゲイではない。そのケは断じてない、とどこかのインタビューで言っていた。
--なにか、良い思い出があるらしい。
そう思う櫻井だが、声には出さない。
それより優先すべき事項がある。
「その、あの」
『なぜ私が知ってるかって?』
--そう、それ。
『皆から聞いた。今朝からその噂でもちきりだったよ』
「みんな!?」
『そう、皆』
不意に櫻井は気付く。
彼を見つめる周りの目が暖かい。
ちなみにサイム以外は、全員Sボノボである。
いたたまれなくなった櫻井は、味も分からぬ朝食を詰め込み、食堂を出た。
ピン・ポン・パン・ポーン
館内放送があった。
『櫻井さん、所長室へ。繰り返します。櫻井さん、所長室へ』
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-2045年10月8日(日)8:00-
『良い天気だね』
所長が窓の外を見ながら言う。
ちなみに空は、厚い雲に覆われている。
所長室には、所長と櫻井の2人きり。
とても気まずい。
『もう12年も前になるか。コンゴ政府AIを構築していた時のことだ』
計算機科学が専門の所長、そのプロジェクトのリーダだったらしい。
『ある日、素晴らしい設計書を読んだ。それを書いたのが、まだ14歳のバイトだと知った時には驚いたよ』
--いったい何の話をしているのか
『それが、ジュリアとの出会いだった』
--やっぱそれかーっ!
盛大に冷や汗を流す櫻井。
『彼女を飛び級でルブンバシ大学に通わせたのは、私だ』
遠い眼差しで、所長は言う。
『計算機科学ではなく動物行動学を選んだのは残念だったが、彼女が選んだ道なら支えてやろうと思った』
『この研究所は、彼女の家のようなものだ』
所長は真剣な眼差しで櫻井を見る。
『彼女は、私のもう一人の娘と言っていい』
ちなみに所長には他に、実の娘が三人いる。
『彼女がバージンロードを歩くときは、ぜひ私が連れて行きたいと思っている』
櫻井、ピンチである。
全員で人生の墓穴を掘っている。それも相当深い。
そして、櫻井を突き落とす気マンマンである。
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-2045年10月8日(日)14:00-
ぐだぐだぐだ。
暗澹たる気分で櫻井は端末室に入った。
元気に手を振るクリンと、横でニヤニヤしているデジレ。
デジレの肩には、アルが乗っている。
『いやー、よー思い切ったなぁ』
ポンポン。
櫻井の肩を叩くデジレ。
『ここまで外堀埋められたら、もー逃げられんで。年貢の納め時や』
力なく席に座る櫻井。
『でも気ィつけーや。彼女の戦闘力は飛び切り高いでェ。もし、浮気なんぞしようものなら…』
きゅっ!
と、くびり殺されるふりをするデジレ。
青ざめる櫻井。
身持ちの緩さには定評のあるクズである。
イチかバチか、日本まで逃げ帰ろうか?
藤田に頼めば、旅費を貸してくれるかも知れない。
いや、もうそれしかナイ。
思いつめる櫻井である。
『大丈夫や、そないに心配せんでええ』
軽い調子で言うデジレ。
ちなみに彼も系統的には櫻井に近い。
各国での学会発表のたびに彼女を作り、一夜の恋を楽しんでいる。
『彼女は14才からここにおる。ボノボと一緒に育ったんや』
「?」
『ボノボは性的に奔放や。ヒトから見たら、相当な乱れようやで』
「!」
櫻井の顔に生気が宿る。
『ま、色々問題あるさかい、避妊だけはしっかりな』
「御意」
クズ、完全復活である。
『みんな心配してたんだよ。ジュリアが群れを作れないじゃないかって』
「群れ?」
『結婚のこっちゃ。ボノボは集団結婚やけどな』
その群れの中では、自由恋愛らしい。
ちなみに群れの外でも、別に問題はない。多分。
--素晴らしい女性だ!
幸せを感じる櫻井である。
だが、ふと疑問が浮かぶ。
「デジレお前、彼女とそういう関係には?」
目をそらすデジレ。
そういう関係になったことがないのは、櫻井には判っている。
ジュリアの"初めての男"だったからである。
『ほら、ワイ有機ELコンタクトやさかい』
それは関係ないだろう、と櫻井は確信する。
クズのカンである。
デジレが巨乳専門でないことも確認済みだ。
各国の彼女には、巨乳も美乳もいるが、微乳もいる。
櫻井はデジレを見据える。
クリンもデジレを見る。
櫻井の肩に乗ったアルも、デジレを見る。
『あー』
ちょっと小声でデジレは言う。
『いくら慣れとるっちゅーても、ライオンと一緒には眠れんやろ?』
パンッ!
デジレは手を合わせると、櫻井とクリンを伏し拝んだ。
『この件は、くれぐれもご内密に』
次回は10/21頃
→業務多忙により、10/28頃 m(__)m




