ジュリア、櫻井に現実を語る
-2045年10月8日(日)00:35-
「それは、本当の話なのか?」
ジュリアの長い話が終わった後、櫻井はそれしか言えなかった。
『事実よ。多分』
少なくとも、とジュリアは続ける。
『これが私にとっての真実』
『調べてみて。遺伝子操作禁止条約の布告日を』
有機EL眼鏡に映されたその言葉を櫻井が見つめると、クローテン議定書が検索され、2016年に布告されたことが示される。
ヒト受精卵に対する遺伝子操作は行われたことが無い。検索すれば、そのような答えが返ってくる。つまりーー
『私は存在しない』
ジュリアがぞっとするような声で告げた。
『それが世界にとっての真実』
ヒト受精卵に対する遺伝子操作は行われていない。
だから、設計された人類など生まれていない。
ゆえに、ジュリアは存在しない。
彼女は、歴史と矛盾する存在だ。
その存在を、世界は認めることができない。
『本当なら殺されてたところよ』
幸か不幸か、アラビア半島戦争によりジュリアを含めた42人のデザイナー・チャイルドは、行方不明になっていた。
そして再発見した時には、手遅れだった。
世界が、国連が、ここで始めてしまったからだ。AIによる国家運営を。
そしてデザイナー・チャイルドが、コンゴに逃げ込んだからだ。
捜索を、そして身柄引渡しを、過去を知る主要国はコンゴに要望し、要求した。
コンゴ政府AIは、にべもなくはねつけた。
賄賂も恫喝も脅迫すら受け付けなかった。まさに、そのために創られたからだ。
主要国はAIを停めるため、サイバー攻撃を繰り返した。
だが、コンゴ政府AIは生き延びた。
そして主要国に告げた。
"全ての情報を公開する準備がある"と。
削除されたはずの情報が、変更された歴史が、添えられていた。
主要国は、対応を変えた。
歴史を再び変更し、デザイナー・チャイルドの再発見、サイバー攻撃、及びコンゴ政府AIからの通告を、歴史から削除した。
一方、コンゴ政府AIは別の矛盾を抱えた。
ジュリアたち国民の生命、健康と自由は、守らなくてはならない。
一方、彼女らが国外に出れば、守る術は無い。
彼女らが国外に出る自由は、制限すべきだ。
だが、彼女らの自由は守らなくてはならない。
幸いにして、ジュリアたちは状況を把握していた。国外に出ることが死を招くことを認識している。
だが、彼女らの子供たちは違う。
だから、彼女らの生殖は妨げた方が良い。
コンゴ政府AIは人間に対応策を考えさせ、1つの案を採用し、ジュリア達に提案した。
『反セックス同盟。私たちの生殖を防ぐための仕掛け』
ジュリアたちにそういう気分で触れる異性は、有機ELコンタクトに干渉され、歪んだ光景に眩暈が起きる。
コンゴ内にいたデザイナーチャイルドは、その案を受け入れた。
だが彼女らは魅力的だった。そう創られたからだ。
彼女らに触れ、眩暈を起こす者は後を絶たなかった。
彼女らの存在は、公には知らされなかった。
だが、噂は広まった。
"設計された者"、"混乱させる者"。
いつしか彼女らは、"D"と呼ばれるようになった。
『私たちの遺伝情報には、一目で判る特徴があるの』
非転写領域に記載された製造番号。
彼女らの子供には、その製造番号が受け継がれる。
孫には25%の確率で、受け継がれる。
もし子孫が国外に出たなら、主要国は歴史との矛盾に直面する。
子孫は殺されるだろう。存在しなかったことにされるだろう。
だが、それだけでは済まない。
コンゴ国内に"矛盾"が生きている限り、歴史はリスクを抱えることになる。
その時に主要国がどうするかは、過去が証明している。
アラビア半島戦争と同じ火の海が、コンゴに発生する。
『だから私は、子供を作ることができない。そういう行為を、男とはできない』
それはもう良いの、とジュリアは言う。
『でも、私に触れた男が眩暈を起こすたびに、残酷な事実を突きつけられるのよ』
ジュリアが、創られた存在であることを。
地球上の全ての生命は、遠い過去に生きていた1個体の子孫。そう考えられている。
全ての生命のゲノムは共通した部分を持ち、全ての生命は繋がっている。
『でも私は違う』
ジュリアのゲノムに記載された製造番号は、それまで存在したことが無い配列。
地球生命には存在しなかった配列。
『私にとって"D"という呼び名は、"断絶"のDよ』
そう言うとジュリアは、櫻井の有機EL眼鏡を外した。
しなやかな指が櫻井の頬に触れ、そして言葉は不要になった。




