ジュリア、自分の生まれを話す
-2045年10月7日(土)19:45-
研究所への道の途中にあったラブホテルの1室で、ジュリアはシャワーを浴びている。
櫻井は、バスルームの外。ベッドの上。
ジュリアによって彼は後ろ手に拘束され、脚も同様。
信頼感ゼロである。
正しい判断である。
何とかバスループに辿り着き、覗きだけでも敢行しようともがく櫻井。だがベッドから落ちただけで、まるで意味がなかった。
『さっぱりしたわ。貴方も入る?』
きっちりワンピースを着て出てくるジュリア。
拘束を解かれ、シャワーを浴びる櫻井。
彼はまだ、諦めてはいない。
なぜならココはラブホテル。
他にシャワー施設が無かっただけだが、それでもラブホテル。
そーゆー所に一緒に入ったということは、これすなわち2人の仲がそこまで進んだという事である。
物事は常に明るい面と暗い面がある。
常に明るい面を見るのが、櫻井である。
バスルームを出ると、ベッドでジュリアが魅力的な太ももを組んでいた。
かもーん。
そんな声が聞こえそうな雰囲気である。
むろん櫻井の妄想である。
ジュリアの横に座り、肩を抱く櫻井。
その手は下に降りていき、しなやかな腰を抱く。
ジュリアの抵抗は無い。
そして手は更に下に降りる。
ぐにゃり
突然、櫻井の視界が捻じ曲がり、彼は床に崩れ落ちた。
学習しない男である。
『私は、反セックス同盟なの』
ジュリアの言葉に、櫻井はポカン状態である。
『私にそういう気分で触れる男は、有機ELコンタクトに干渉されて、歪んだ光景に眩暈が起きるわ』
すっ、と有機ELメガネを外す櫻井。
「じゃぁ、これで問題は無いな」
「Une personne intéressante」
「だーッ!問題あり」
グラスが無いと、言葉が全く分からない櫻井だった。
ジュリアは、頭を抱える櫻井を引き寄せ、抱きしめる。
言葉は分からなくとも経験は豊富な櫻井、さっと抱きしめ返す。
櫻井の指はジュリアの背中を辿り、腰からお尻に--
「いでででででッ!」
手首の関節を極められ、床に這うクズ。
ようやく開放される。と、ジュリアが櫻井にグラスを渡す。
『長い昔話をして良い?』
「もちろん」
『じゃ、トラックに戻りましょ。研究所に帰る間に話すわ』
見るからにがっかりするクズを置いて、さっさと扉を開けるジュリア。
トラックが動き始めた後、ジュリアの長い物語が始まる。
『私が生まれたのは、ここじゃない。イスラエルのガザ地区』
いえ、とジュリアは首を振る。
『その頃にはまだ、パレスチナだったわ』
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-2018年1月-
南西をエジプトに、他をイスラエルと地中海に囲まれたガザ地区は、パレスチナ人の住居地だ。
20世紀末から戦火が耐えぬそこは、難民が多い。
ジュリアの両親も難民だった。
彼らは食料や薬を得るため、イスラエル企業の実験に参加した。
被験者として。
そしてジュリアが生まれた。
彼女の両親はアラビア人--白人だったが、生まれた娘は黒人だった。
黒い肌と黒い髪は優勢遺伝だ。両親から受け継いだ因子のどちらかがネグロイドであれば、子供はネグロイドになる。
コーカソイドのゲノムには、ネグロイドの因子は含まれて居ない。
だから、コーカソイドの両親からネグロイドは生まれることはない。本来ならば。
だが、ジュリアは確かに両親の娘だった。
ジュリアは、イスラエル企業の実験の産物だった。
人工的に遺伝情報を書き換えられた子供。
設計された人類。ジュリアは、その1人だった。
彼女の肌や髪、虹彩の色が黒いのは、ネグロイドになるよう設計されたからだ。
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その昔、イスラエルでは遺伝病が多かった。
多くの遺伝病因子は劣性遺伝する。
片親からその因子を受け継いでも、もう一方の親から受け継いだ因子が正常ならば、発病しない。
だが、イスラエル国民の遺伝子プールは小さい。ゲノムのバリエーションが少ない。
イスラエルは、他国からユダヤ人だけを集めて作った国。
他民族と血を交えず、少数の移民だけを先祖に持つ国民。
だから、両親から遺伝病因子を受け継ぎ、発病する子供が多かった。
イスラエルは国を挙げて遺伝病対策に乗り出した。
最初は、結婚する夫婦の遺伝検査。
夫婦双方が遺伝病因子を持っている場合、忠告され、多くは別れる。
それは、一種の優生思想だ。
皮肉なことに、ナチスの優勢思想に虐げられたユダヤの民は、自らの意志でその思想を選んだ。
21世紀初頭、急速に発達した遺伝子操作技術により、受精卵から遺伝病の因子を取り除くことができるようになった。
受精卵のゲノムを調査し、遺伝病因子を持っていれば正常な因子に差し替える。
そのようなことが可能になった。
イスラエルはその技術を使い、優生思想の先を進んだ。
差し替えることができるのは、遺伝病因子だけではない。
筋力、体力、知力、免疫力。
ヒトの様々な能力、容貌は、ゲノムに影響される。
ならば、有用な因子を組み合わせれば、高い能力を持つ国民を産み出すことができる。
それを実現するには、実験が必要だった。
最初はマウスによる実験。
次はチンパンジーによる実験。
だが、最終的にはヒトを使った実験が必要だ。
改変したゲノムが、長期に渡り問題を発生させないことは、動物実験では確認できない。
だから被験者を募り、ヒトで実験した。
様々な、選ばれたゲノム断片が導入された受精卵。それが母親の子宮に移され、ジュリアが生まれた。
その実験は数年間行われ、42人の子供が--設計された人類が生まれた。
その子供たちは、超人だった。
筋力、体力、知力、免疫力、そして容貌。
全てが異常な程に高いレベルにあった。
研究者は狂喜しただろう。ノーベル賞も夢ではなかったはずだ。
その子供たちは、人類に新たな地平を開くはずだった。
もし、生物災害が発生しなかったなら。
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-2025年6月-
ジュリアたちデザイナー・チャイルドを中心に、異変が広がっていった。
彼らが住む近くの家々で、アラビア人の夫婦から黒い肌の子供が生まれていた。
ジュリアを始め子供たちは、知らなかった。
ジュリアたちの両親も知らなかった。
知らされていなかった。
それが、バイオハザードによるものと判った時には、既に手遅れだった。
黒い肌の赤子は、不義の子として殺害された。
その子を産んだ母親は、不義を働いた者として殺害された。
父の、夫の、親族の手によって。
ジュリアたちに使われたゲノム編集システムが、ウイルスに取り込まれ伝染した。研究者の周りでは、そのような憶測が流れた。
だが、調査は打ち切られた。
殺害された母と子が、数千人に及んでいたからだ。
子と妻を、孫と娘をその手で殺害した者は、自らの過ちを認めなかった。認めることなどできなかった。
それを認めてしまえば、彼らはこの世で最も愛する者を殺したことになってしまう。
だから、子供は不義の子でなくてはならなかった。
妻は、娘は、不義を働いてなくてはならなかった。
そうでなければ、人々の心は壊れてしまう。
実の子を、貞淑な妻を殺した。そんなことは、たとえ事実であっても認めるわけにはいかなかった。
不義であることを信じる。それだけが、救いの道だった。
だから、それに反する調査はできない。してはいけない。
だが、その救いを受け入れられない者もいた。
遺伝子操作技術により、実の子か不義の子かは容易に確認できるようになった。なってしまっていた。
それを確認してしまい、救いの道が閉ざされた者の中に、1人の男がいた。
不幸なことに、彼には使える設備があった。殺害した子が自分の実の息子だと確認できる設備が。
彼は技術を持っていた。人工的なウイルスを創りだす技術を。
彼には知識があった。ゲノムのどこに、目的の塩基配列があるのかという知識が。
そして発達した遺伝子操作技術が、容易に、安価に、彼の復讐を実行可能にした。
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-2027年11月23日(火)-
その日、イスラエルの、フランスの、ドイツの、イギリスの、オランダの、イタリアの、ロシアの、アメリカの、その他様々なコーカソイド中心の国に、その国の遺伝研究所に、小包が届いた。
その中には、密封されたウイルスが入っていた。
そのウイルスは感染した受精卵のゲノムを改変し、黒い肌を髪を目を与える力を持っていた。
1枚のメモが--殴り書きされたメモが入っていた。
"遺伝子操作技術を捨てろ。今すぐに"
次回は10/14頃




