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この件はくれぐれもご内密に  作者: tema
第三章 カエルの子はトンビ
12/81

ジュリア、櫻井を買物に連れ出す

-2045年10月7日(土)06:00-


市場の朝は早い。

ルバンブシの朝市は、既に賑わいをみせている。

櫻井はジュリアと2人、猫車を押していた。

月1回の買出しである。


「あれだけの人数が居れば、買物が大変だよな」

猫車には肉や野菜、その他もろもろが山積み。

Sボノボが服を着ないことは幸いであった。櫻井の腰にとって。


市場とトラックの間を何往復もして、ようやく買出しは終わった。

『ようやく終わったわ。じゃ、次は買物に行くわよ!』

「なんですって!?」


========

-2045年10月7日(土)14:10-


女性の買物は長い。

特にジュリアは長い。その体力にモノを言わせ、櫻井を連れまわす。

脚を止めたのは、ランチの時だけ。

櫻井の脚は既に棒、青息吐息。


『研究所では今まで、誰も買物に付き合ってくれなかったのよ』

当然である。

櫻井だって所長から『ジュリアと別行動は厳禁』と因果を含められていなければ、今すぐにでも逃げ出したい。

逃げ出して、美しいお嬢様との出会いを経験したい。

出会うだけでなく、もう1歩、2歩先まで進みたい。

コンゴに来て2ヶ月、女っ気ナシの櫻井の本性は、もー限界である。


やっぱり日本に帰りたい。そう思う櫻井であった。

『あら、そうなの?』

思っただけでなく、口に出していたようだ。


『技術者なら、日本よりアフリカにいた方が良いんじゃない?』

日本では、技術者の社会的地位が低い。

つまり、給料が安い。


日本だけではなく、先進国では次第に科学者・技術者の社会的地位が低くなっている。

給料は安く、訴訟時の判決は不利になる。

櫻井の元勤め先、MDBも裁判に負けて倒産した。


『アフリカでは、何より技術者が求められているわ』

そのワリに俺の給料の低さは何だよ、と心の中だけでツッコむ櫻井である。


『それにこの国(コンゴ)は安全よ』

はて、と櫻井は首をかしげる。

「アフリカの治安は悪いって聞いてたけど?」

『コンゴは特別なの。B・Bが見ているから』

「B・B?」


コンゴ政府はAIが中心になっている。

行政サービスも、できるだけ効率的になるよう、AIが設計・計画している。

その結果、通貨は紙幣・硬貨ではなく暗号通貨となり、全国民の身体に埋め込まれた電子チップ(タグ)で管理されている。

タグは埋め込まれた者の脈拍等を感知しており、脅迫など異常時には金銭の受け渡しができない。

更に、通貨の流れは全て政府AIが監視できる。つまり、仮に詐欺・盗難・強盗が発生しても犯人は直ぐ見つかる。


タグは各個人の位置情報も政府AIに送っており、殺人・傷害などの事件が発生すれば、その時刻に現場にいた人間はすぐに特定できる。

容疑者の居場所もリアルタイムに分かるため、逮捕も容易である。

結果、コンゴの犯罪は激減した。犯罪が割りに合わない社会システムを、AIが実現したのだ。


「不正にタグを摘出する者が居るんじゃないのか?」

『簡単にできるわ。摘出は、ね』

タグは摘出できるが買物が出来なくなる。暗号通貨を管理しているタグを持ってない者は、無一文なのだ。

更に、タグを持たない者は要注意人物として、各個人の有機ELメガネ(グラス)や有機ELコンタクトに、その旨が表示される。

『だからタグを外したら、この国では暮らしていけない』


『その政府AIを、ビッグ・ブラザー(B・B)って呼んでるの』

100年近く前、"1984年"というデストピア小説で、徹底的な監視社会が描かれた。

その社会の頂点に立つのがB・B--偉大なる兄貴。

『元々は、AIの政府に反対していた人たちがつけた"あだ名"なんだけどね』


散々ウインドゥ・ショッピングを続けたジュリアは、スカーフを1枚買った。

それ買うだけで、なんでこんな歩かなならんねん!

という櫻井の思いは、心の奥底に秘められる。ナンパ師(クズ)なので。


店員が端末でスカーフのタグを読み取り、その端末をジュリアの肩に近づける。

ピッ

音が鳴り、これで清算は終わり。

『サクライも長期間こっちで暮らすなら、タグを埋め込んだ方が良いわね』

「!?」

『ちょうどあそこに病院があるわ』

「いいいいや、ちょっとそれは」

『大丈夫だいじょーぶ。痛くないから』


櫻井はジュリアに連れられ、いや引きずられ(ドナドナ)、病院でタグを埋め込まれてしまった。

手首に着けていた旅行者用タグは、情報を移行したあと廃棄。

『慣れれば便利よ。健康管理もしてくれるし』

「でも管理社会ってのは、どーも性に合わん」

『慣れよ慣れ。クリンたちだって使ってるんだから』

「フアッ!?」


『研究所の売店で必要だもの』

しゃーしゃーと言うジュリア。

「それは、政府AIは彼ら(Sボノボ)の事を知ってるってことか?」

『コンゴ政府にとっては、彼らは"人間"よ。税金も払ってるし』

「税金払ってれば良いのか!」


ちょいちょい、とジュリアは櫻井を誘いカラオケ・ボックスに入る。

『1時間、呑み放題付きで』

ここはジュリアの奢り。太っ腹である。腰はギンギンにくびれているが。


『サクライ、貴方はクリンやイナンガを何だと思ってる?』

「ボノボだろ。遺伝子を改変された」

『それは、私を"黒人(ネグロイド)"と言うくらい大雑把な物言いよ』


『"白人(コーカソイド)"も"黄色人(モンゴロイド)"も、ネグロイドと同じ人間。その差異は、ほんの少しの遺伝情報だけよ』

「それとこれとは--」

『ボノボとヒトの遺伝情報は、ほとんど同じよ』

一説によれば、98.5%が同じ遺伝情報らしい。

『何%以上差異があったら、人間じゃなくなるの?』


櫻井は答えることができない。

1%なのか0.5%なのか、人間か否かを決める閾値など、どこにも書かれていない。

その昔、コーカソイドにとってネグロイドは"人間"では無かった。

だが今、"ネグロイドは人間じゃ無い"なんて言えば、大問題だ。

ならば未来、Sボノボも人間だということが常識になるかも知れない。


『生ビールお待たせしました~』

カラオケ・ボックスの店員が扉を開け、沈黙を破る。


ヒト(ホモ・サピエンス)ボノボ(パン・パニスカス)は、確かに別種よ。生物学的には』

店員が去った後、ジュリアは話を続ける。

『でも"人間"って概念は生物学とは関係ない。昔、黒人は同種(ホモ・サピエンス)であっても"人間"じゃなかったわ』


「なら、"人間"って何だ?」

『"人間"の定義は人それぞれよ。私は、社会に能動的関与している者が"人間"と思ってる』

Sボノボは研究所で働き、論文を発表している。発表者名はサイムやデジレになってるが。

彼らは自分の意志で、社会に影響を与えている。ならばジュリアは彼らを"人間"と思う。

ちなみにアル(Sマウス)は、受動的なので"人間"ではない。


『ま、そんなわけで』

とジュリアはジョッキをあおり、パチッとウィンク。

『コンゴ政府としては、問題なしなのよ』


========

-2045年10月7日(土)16:20-


日本には"酒の上のフラチ"という言葉がある。

酔った勢いでヤっちまったコトは、許して貰えるという文化がある。

素晴らしい文化である。そう櫻井は思う。


カラオケ・ボックスは暗く、密室。

そんな場所に櫻井(クズ)と美女が2人切り。

これが何を意味するか、おわかりだろうか?

専門用語で"カモネギ"という状態である。


歌ってるジュリアの肩が、櫻井の肩に触れる。

すかさずジュリアの肩を抱く櫻井。

その手は下に降りていき、しなやかな腰を抱く。

ジュリアの抵抗は無い。


--イケる!!


確信するクズ。

ボックスの残り時間は十分ある。

"Go!Go!"

叫び声を上げるクズの本性。


ぐにゃり


突然、櫻井の視界が捻じ曲がり、彼は床に崩れ落ちた。

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