6.地上の危機
「か、神だって!?」
「ああ、そうだ。俺は戦神アレスだ。最近は平和すぎて暇だったからな、ちょっと地上に降りてきたんだよ。」
「なるほど、戦神様でしたか…………」
「様付けなんてしなくていいよ。今の俺はただの冒険者なんだからさ。」
タラスクを倒したことによりついつい気分が良くなってしまった俺は、自分が神であることをバラしてしまった。前に言ったように正体をバラしても特に害はなさそうだし、そもそも俺が神だなんて言って信じる人の方が少ないだろうしな。
「それより、俺が神だなんて信じるのか?」
俺だったら絶対に信じないだろう。たとえそいつがどんなに強かろうと、本物の神だなんて信じられるわけがない。
「まあ、あそこまでの実力を見せられたら、認めざるを得ませんからね。」
そういうものなのだろうか。おそらく俺の魔法が規格外すぎたのだろう。人間がどの程度出来るのかまだ把握出来てないため、こちらとしてはセツナ達が本当に信じてるのかどうかは判断できない。
だが一応俺が神だと信じてもらった上で、1番重要な事をトリーとアイリスに聞くことにした。
「お前らは俺が神だということをもう知っている。その上で、だ。もしも神と冒険する事が嫌なら、それでも別にいい。これからどうする?」
「……もちろん、ついていく。私はまだ強くなりたい。それにたった今、命を助けてもらったばかりだから。」
「そ、そうです!その恩返しをしないといけませんから!」
「俺がやらなくてもセツナがタラスクを倒してくれてたさ。」
「それでもです!実際に助けてくれたのはアルさんですから!」
「……そうか。」
やっぱり面接でこいつらを選んで正解だった。俺が神だと知った上で、こんな風に会話してくれる人間などそうそういない。
「あとは、セツナ。お前に1つ頼みがある。俺の正体を他の誰かにバラさないでほしい。俺が神だという話が広がったら、何が起こるか分からない。だから、頼む。」
「もちろんです。神様からの頼みを無下にすることなんて出来ませんからね。その代わり、僕からも頼みがあります。」
「ほう。なんだ?」
「僕と手合わせをして頂けませんか?」
なるほど、手合わせか。タラスクほど強くはないが、セツナはSSランクだ。相手に不足はない。
「いいだろう。トリー、デュランダルを貸してくれ。」
「…………ん。」
そう言って、トリーからデュランダルを受け取る。
「さあ、どっからでもかかってきな。」
「では、行かせて頂きます。」
さて、セツナは何を使ってくるだろうか。腰に刀を2本差しているから、二刀流か。それともそれはダミーで、本業は魔法使いか。
「『バーン』」
とりあえず相手の実力を測るため、焔属性の初級魔法を放つ。
「随分と甘く見られたようですね。その程度じゃ僕を倒すことは出来ませんよ?」
「なかなか言ってくれるな。だが、お前が俺に勝つのは絶対に不可能だ。勝とうと思ってるんなら諦めた方がいいぞ。」
俺の放った魔法を避けたセツナは、腰に差してあった2本の刀を鞘から出し、俺へ向かってくる。
「二刀流か。」
「その通りっ!」
剣筋はなかなか良い。流石はSSランクだ。デュランダルだけでは対応出来そうにないと判断した俺は、後ろに跳んで魔法を再度放った。
「『バーン』」
「ですから、その程度ではやられませんよ!」
そう言うとセツナは刀を光らせ、俺の魔法を真っ二つに切った。まったく、魔法を切るなんて、随分と珍しい刀の使い方をするものだ。普通ならば魔法を切る前に刀が折れてしまうからな。おそらく、これはセツナが持つスキルなのだろう。
「やるな。ならこれはどうだ?」
魔法を放った直後、俺は咄嗟に作戦を練りながらセツナに近づき、一歩踏み込む。
「そのデュランダルを使うのですか。」
そりゃそう思うよな。魔法は遠距離から放つものだというのが常識だから、むしろそう思ってもらわないと困る。そして、俺が踏み込んだ事で俺が剣を使うと勘違いしたセツナは、2本の刀で防御の姿勢をとる。
「ちげえよ。『ブレイズ』」
剣を使うように見せて魔法を放つ。この至近距離だ。防御に徹してる刀を今から魔法を切るために動かしても間に合いようがない。さらに焔属性の魔法は基本的に範囲魔法となるため、近づくだけでダメージを受けてしまうのだ。従って、防御をしたとしてもそれは無駄となる。
「くっ!!『緊急回避』!」
その瞬間、セツナが目の前から消えた。これもあいつのスキルか。少し経ってから辺りを見回すと、少し離れた位置にセツナが立っていた。なかなか良い判断をするな。避けずに当たっていれば、確実にセツナは重傷を負っていただろう。
「流石ですね。まさか『緊急回避』を使うことになるとは。」
「お前、結構便利なスキル持ってるな。だが、次は当てるぞ?『ブレイズ』」
そう言うと、俺はセツナより少しだけ右側に魔法を放つ。しかし、軌道をずらしたと言っても、何もしなければセツナに当たる。いわゆる誤差と呼ばれる程度しかずらしていない。まあそれに意味があるんだが。
「僕に魔法は効きませんよ。」
そうだろうな。だから、この魔法はお前に当てるために撃ったわけじゃないんだ。
「っ!?速いっ!」
この魔法は先程のとは一味違う。さっきのと比べて威力を減らした代わりに、スピードを上げたのだ。流石に高スピードで撃たれる魔法を切ることは難しいだろう。いくらセツナでも、わざわざそんな魔法を切るより避ける方が簡単だろう。そして、俺の魔法はすこし右側にずれている。こうなればもう、あいつの避ける方向は決まっている。俺から見て左だ。理屈で考えなくても咄嗟に体が動いてしまうだろう。だからそこを狙う。
しかし、これは一種の賭けでもある。セツナに俺の意図がバレていた場合、カウンターをくらうリスクがあるのだ。もっとも、リスクを恐れていては勝てる相手にも勝てないのだが。
まあそのリスクをできるだけ少なくするためにわざわざセツナが移動するであろう方向に『ブレイズ』を撃った。この魔法は、『バーン』よりも焔の大きさが大きく、目眩しの効果も兼ねているのだ。そのおかげで今、あいつから俺の姿は見えない。もちろん、俺は気配を消しているから、それで気づかれるような事もない。
「っ!!」
俺が初めに放った魔法を避けられないと判断したセツナは、俺の予想通り左へ避ける。だがその動きには無駄が多い。おそらくはじめ魔法を切るつもりだったからだろう。
その後の2つ目の魔法は1つ目のに比べてスピードが遅いため、刀で真っ二つにされてしまった。やはり普通の魔法なら焼けるより刀で切る方が楽だということか。
しかし問題ない。ここまでは予定調和だ。1つ目の魔法の速さに驚き体勢を崩し、さらにその後すぐ魔法を切らなければいけなくなったセツナは今周りをよく見れるほどの余裕がない。まあ余裕があったところで『ブレイズ』が視界を遮っているから俺のことは見えないだろうが。
「これで、終わりだ。」
魔法が目眩しとしての役割を果たしている時に近づいた俺は、魔法を切ったことによりようやく視界が広くなったセツナの首筋に、デュランダルを当てた。
「はぁ、流石は戦神ですね。タラスクを倒したときのように強力な魔法を使われたわけでもないのに、戦いの技術で負けてしまいました。」
「まあ、落ち込むことはないさ。お前は俺に比べて戦いの経験が少ないからな。それは仕方ないことだ。なにせ俺は1000年以上生きてる。そんな奴に経験で勝てるわけがない。」
いまいち励ましになってないような気がするが、まあいいだろう。
「それも、そうですね。良い経験が出来ました。今日は本当にありがとうございました。」
そうしてセツナとの手合わせが終わった俺は、トリー達と一緒に宿へ戻る。
「じゃあ、明日からは王都を出て、冒険をしようと思う。最終目的地は特に決めていない。だから、途中で寄りたいところがあれば遠慮なく言ってくれ。」
「わかりました!」
「…………了解。」
とにかく今日は疲れた。やはり全盛期に比べて体力も減っているようだ。しかし明日からの旅に向けて疲れを溜めるわけにはいかない。おそらく、今日は良く眠れるだろう。流石のトリー達も神の寝床に忍び込んではこないだろうからな。
「アレスのやつ、早速正体をバラしやがりましたね。」
「まあ、正体をバラしたことでこちらに迷惑がかかるわけでもないわけだしの。別に問題はあるまい。」
アレスがセツナと戦っている頃、ゼウス様と俺は神々が住まう神界でアルを観察していた。
「少しアレスが羨ましいですね。」
「ほう。何故だ?」
「俺らは今でもこの神界に縛られて生きていますが、あいつはそれに縛られることなく自由に生きている。それが羨ましいと思ったんですよ。」
「なるほどの。だが、下に降りるよりもここにいた方が、多くの本を読めると思うぞ?」
「あ!それもそうですねー。やっぱりアレスなんて全然羨ましくないです!」
たしかに自由になれるというのは良いことではあるが、それで本が読めなくなってしまうのでは意味がない。それにアレスだって、ただ暇だからという理由だけで地上に降りたわけじゃないことくらい、俺には分かっている。
そんな会話をしていると、こちらへ寄ってくる者がいた。
「ふーん、なになにー?なんか面白そうな会話してるねー?」
そこにやってきたのは、魔法の神であるイシスだった。
「あれ?もしかしてアレスって今地上に降りてるの?いいなー、羨ましいなー。」
「お主も下に降りたいのか?」
「もっちろんだよ!ここじゃあんまりないけど、下に降りたら魔法を使う機会がいっぱいありそうだしね。それに新しい魔法も開発したいし。」
どうやら、イシスもアレスと同じく地上に降りたいらしい。
しかし神界には俺以外で、ゼウス様に向かって敬語を使う奴はいないのだろうか。なんだか注意するのも面倒になってきた。
「ふむ。ならば、お主も下に降りてこい。その代わり条件がある。アレスと旅を共にし、あいつを助けてやってくれ。それでもいいなら、下に転送してやる。」
「え!本当に良いの?やったね。」
イシスはおそらく魔法さえ使えればいいので、誰と一緒にいるか、などはどうでも良いのだろう。
しかし、1つ不安な事がある。
「ゼウス様、そんなにポンポンと神を下に降ろしてしまってもよろしいのですか?」
「ほっほっほ。よろしいわけがないであろう。」
俺が尋ねると、ゼウス様は笑って答えた。
「え、いや、よろしいわけがないってそれ本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。我には考えがある。何も考えずに神達を下に降ろしているわけでないのだ。そのうち、お主にも降りてもらうかもしれんの。」
俺が再度尋ねると、ゼウス様は先程までの笑顔が嘘のように消え、真剣な口調になってそう言った。
しかし、俺にも降りてもらうかもしれないとは、どういうことだろうか。もしかして、神を地上に送らなければならないほどの危機が地上に訪れるのだろうか。しかし神は必要以上に地上に関わってはいけないはず…。
「まあ取り敢えず、イシスよ。転送を始めるぞ。」
「はい!」
そうして、元気良く返事をしたイシスは地上に送られた。
こうしてイシスが地上に降りたことによって、地上にいる神は、3人となった。
1番最後は誤字ではありません。