29.先祖返り
「あと少しだな。」
そう呟いたのは、王都の周りで魔物と戦っている龍族のバニパルだ。彼は人と妖精を手伝うために仲間を引き連れ、魔物と戦っている。
しかしそんな戦いも、始めてから数時間が経過した。100万ほどいた魔物は順調に数を減らし、残りは数万といったところだ。さらにこちらの死者は0と、かなり良い状況と言えるだろう。もっとも、魔力切れで戦えない者や負傷者ならいるのだが、これだけの数を相手にして死者がいないというのはやはり凄い事だと言える。
そしてそんな戦いをしていた事により、不思議と3種族の間には仲間意識というものが芽生えていた。
「そうだな、バニパル。あと少し、おそらく30分もあれば終わるだろう。運がいい事に魔物が固まっているからな。あれを殲滅すれば終わりだ。」
バニパルの呟きに返事をしたのは人族のダルクだ。彼もまた仲間意識が芽生えた者のうちの1人である。
「しかし残りはどれも手強いぞ。大丈夫か?」
「問題ない。まあ俺ら人と妖精だけなら無理だったかもしれんが、今はお前ら龍族がいるからな。」
「そう言われても俺らだってかなり消耗している。頼りすぎるなよ?」
「当たり前よ。」
そう言って2人は、残りの魔物に向かって走り出した。
バニパルは、アルにこそ負けたが地上の中ではトップレベルの強さを持っている。同様にダルクも同じ事が言える。そんな2人を止められる魔物はいない。
「「『ブレイズ』」」
2人は同時に火属性の魔法を放った。その威力はとてつもなく、それを受けるだけでも死ぬ魔物がいるほどだ。しかもそれらの魔物は人間にとってはAランク相当である。
「ふん、他愛もない。」
よってこんな事を言えるのは今この場ではこの2人だけだろう。
2人が火属性魔法を放ってから20分ほどが経ち、ようやく魔物を全滅させる事ができた。数時間を超えて戦い続けたため、やはりその場にいる者の表情からは疲れが見てとれる。しかしその顔は達成感で満たされており、決して悲壮な表情を浮かべるものはいない。
「あとはあいつらだな。」
「ああ。龍王様も上手くやっていれば良いが。」
一方その頃ルンたち4人は、シヴァの手下であるセイフォルと戦っていた。
「その程度ですか?皆さん。魔法の神と龍王までいるのにも関わらず、私人も殺せないとは。」
「おい、お前本当に何者なんだ?人でもなければ龍族でもないし、妖精族でもないだろ?」
若干苛立ったような声でセイフォルに尋ねたのはルンだ。なぜなら彼女たちは、セイフォルの能力に今まで手こずらされてきたからだ。
先ほどから4人がかりで殺しにかかっているのだが、どうにも仕留める事はできない。もちろん数的にはルンたちが有利であり、戦力でもまた有利ではあるのだが、何故か殺す事ができないままなのだ。
しかしセイフォルは、軽口を叩いてはいるが右腕は既に彼女らによって失われている。決して彼にとって楽観できる状況では無いのは事実だ。
「龍族ほどの身体能力を持ち、妖精族と同等に魔法が使える。さらには人間の知能も持ち合わせている。まさか……」
「おや、どうやらイシスは気づいたようですね。そうです。私は祖先にその3種族を持つ者です。しかも先祖返りをしています。今の私は何族と言えるのでしょうかねえ。」
「………通りで強いわけだ。」
先祖返りというのは、先祖の特徴や性質が濃く自分に反映される事を言う。龍族の先祖を持つ者が先祖返りをすれば身体能力が上がる、という具合だ。しかし先祖返りをする確率というのはかなり少なく、また3種族以上の性質を先祖返りによって持つ確立など、ほとんど0に等しいものなのだ。
セイフォルは自身の強さの理由を教えてくれたが、もちろんそれがただの時間稼ぎであるという事など皆わかっている。しかしそれがわかってもなお、知りたいという欲求に負けてしまうほど、彼の存在は謎で包まれていたのだ。
もちろん1人で勝てるわけが無いと理解しているセイフォルは、4人に対して積極的に攻撃する事もなく、ただ煽って相手のミスを誘う事のみ。おそらく彼は対象の精神を弄るスキルを持っているのだろう。実際にミスを誘ってイシス以外の3人に攻撃を加えることが出来ている。
イシスはそのスキルの存在に気づいたのか、それからは精神状態を安定させる魔法を自分と他3人にかけ、ミスを誘われないようにしている。
「まだ私を殺す事はできないようですね。それに人族の2人は全く使い物になっていません。役立たずですね。一体何のためにここに来たのですかな?」
「気にしないで2人とも。あれはセイフォルの罠よ。」
「………分かってる。」
実際イシスから見れば3人とも役立たずであることに変わりは無いのだが、それはあくまで身体能力や魔法操作の上手さに関してだけの話だ。トリーは前衛としての役割をしっかり果たしているし、アイリスも後衛としての役割をしっかり果たす事が出来ている。
それに2人は人族と言えど、アルと共に冒険するうちに、人族とは呼べない程までに強くなっている。それが分かっているトリーは、セイフォルの言葉に耳を傾けることすら無い。
しかし一方アイリスは、セイフォルの言葉を気にしてしまっていた。イシスは魔法全般、ルンは身体能力、トリーは剣技と、それぞれ人に誇れるものを持っているが、アイリスにはそういったものが無いのが原因だろう。セイフォルはそれが分かっているのか、少し前からは煽りの対象をアイリスのみに限定している。もっともアイリスの得意分野である魔法は、地上でなら誇れるものではあるのだが、やはり身近に魔法の神がいると劣等感を感じてしまうのは仕方の無いことだろう。
「やっぱりこのままじゃ、みんなの役に立てないっ!」
小声でそう呟いたアイリスは、自分でも出来ることを探すため、辺りを見回した。
「!?アルっ……さんっ!」
その時アイリスの視界に映り込んだのは、シヴァの目の前で膝をついた、アルの姿だった。




