23.不気味なお誘い
「私が探しているのは貴方ですよ。戦神アレス。」
人探しをしているという見知らぬ男にその言葉をかけられた瞬間、俺たち全員は警戒度をMAXにまであげた。
「戦神アレスだと?俺は冒険者のアルだ。人違いじゃないのか?」
「いえ、間違っていませんよ。誤魔化すのは止したらどうですか?」
「……………」
もちろんこの男の言葉が嘘である、という可能性はある。しかし、この男から発せられるただ者ではない雰囲気が、その可能性を否定させた。
「俺がその戦神だったらなんだというんだ?」
「実は私は貴方にお誘いをしに伺いました。よろしければ私に付いてきて頂けますか?」
「どこへ連れて行くつもりだ?」
「貴方が付いてきて頂けるのであれば、その質問にお答え致しましょう。」
その答えを聞いた俺は、他の4人の方を見る。彼女らの顔にはまるで、付いていってはならない、と書かれてるようだった。
「悪いが俺は今忙しいんだ。」
「なら、力づくででも付いてきて頂きましょう。」
男がそういった瞬間、彼の持つ魔力が増大し、殺意をこちらに向ける。
「おいおい、本当に俺を連れてく気あるのか?俺の事を殺したがっているようにしか見えないけどな。」
「この状況でまだ笑っていられるとは。さすが戦神と言ったところでしょうか。」
確かに笑っている俺だったが、内心では焦りまくっていた。
実際この男は強いが、俺と戦えば十中八九俺が勝つ。しかし今の俺は満身創痍であり、それは他の4人も同様だ。いくら俺より弱いと言っても、この状況で俺らが勝てる程弱いわけではない。
「……………」
「まあまあ、そんなに睨まないで下さい。別に殺すつもりも、無理やり連れて行くつもりもありませんから。」
「なら何でさっき、力づくででも連れて行くと言った?」
「申し訳ありません、貴方の力を確かめたかっただけなのです。私の主からは、貴方の意思を尊重させろ、と言われておりますので。」
「主って誰だ?」
「それはお答えできませんね。もし貴方が私に付いてきて頂けるのであれば、話は別なのですが。」
「なら、別にいい。」
「そうですか、残念です。では私はここで。またすぐに会える日が来るでしょう。それまで生きていてくださいね。」
「………」
そう言って男は、その場から消えた。最初から最後まで訳のわからない男だった。
「黒髪に赤い目。見覚えはないわね。アレスの知り合い?」
「違うな。ただ、あの魔力どこかで…………」
「一体どこへ連れて行こうとしたんでしょうね?」
「………またすぐ会えるとも言ってた。」
「さっぱり分からんな。しかし、面倒事に巻き込まれたってのは確かだ。」
そう結論付けた俺は、深いため息をついた。
俺があの男の魔力を感じた事がある。それはつまり、あの男が神界に関係しているという事を表す。つい最近降りてきたばかりの俺が、あれ程強力な人間に会った事がないからだ。しかもあの男は、他の者によって強化されている様な気がした。もしそれが事実なら、間違いなく神界の者の仕業だ。
「まあ、とにかく今は身体を休める事が先決だ。」
「でも師匠、この辺に休める場所なんてないよ?」
「………それなら向こうに見える建物で休むのはどう?」
「いいわね、そうしましょう。」
トリーの提案により、俺たちは地平線の辺りに見える塔に向かうことになった。だが怪しい。怪しすぎる。海中神殿に入る前はあんな塔なんて無かった気がする。おそらくそれはイシスも気づいているだろう。しかしそれでもこの提案を却下しないのは、その塔からとある知り合いの魔力を感じたからだと思う。
「行くしかねえか。」
そう気合を入れて、俺たちは塔に向かって歩き出した。
「はぁー、やっと着いた。結構遠かったな。」
「そうですね。でもこれで休めます!」
「………早く中に入ろう。」
俺たちが着いたのは、5階ほどある塔の目の前だ。こんな所にある塔に人がいるとは思えないが、一応扉にノックをしてみる。
「……………………」
「…………どうしたの?」
「イシスさんまで、何で固まってるんですか?」
ノックをしようとした手は、固まって動かなくなってしまった。しかしそれは他者の魔法によるものではない。あまりの驚きに、動きが固まってしまっただけだ。
「い、イムホテプの塔だと?」
「何でこんな所にそんなものがあるのかしら。」
数秒ほど固まった後、俺が発した言葉をきっかけに、イシスも動けるようになった。
「師匠はこの塔のことを知ってるのか?」
「いや、正確には知らないな。ただこのイムホテプっていうのは知り合いの神だ。」
「…………何の神様?」
「えっと、何の神様だっけ?」
「知恵と医術の神よ。」
「そうそう、それだ。」
イムホテプが何の神かは思い出せたが、何でこんな所に塔があるのかは検討もつかない。
「じゃあ、入るぞ。」
考えても埒があかないため、取り敢えず扉を開けることにした。相手がイムホテプならば、ノックは不要だ。
扉を開けると、そこには椅子に座ってこちらを見るおじいさんと、その横に立つおじさんの姿が見えた。
「ぜ、ゼウス!?」
「と、イムホテプもいるわね。」
「おい!何度言えば敬語を使える様になるんだアレスは。それにイシス、私はおまけなのか?そうなのか?」
目の前にいた2人の男の正体は、神界のトップである全能神ゼウスと、神界の上位に君臨する知恵と医術の神イムホテプだった。




