22.絶体絶命
「『アブレーション』」
聖剣エクスカリバーを得るためにファーブニルに挑んだアルさんだったが、結局手も足も出ず、2度も焔属性の最強魔法を撃たれる事になった。
「アレスさん!!」
「師匠!!!」
そしてファーブニルが撃った『アブレーション』は、アルさんに直撃する。
「そ、そんなっ!」
すぐに回復魔法をかけないと、そう駆け出した私だったが、その足をすぐに止めざるを得なくなってしまった。
「悪いが、この男はもう死んでいる。残念だったな。」
「………アルが死ぬわけない!」
「現実から目を背けたくなるのは分かるがな、現実を見た方が良いと思うぞ。お主なら分かるだろう?」
「……ええ、そうね。」
「イシスさん!?」
アルさんが死んだ、なんて信じられない私は、イシスさんの言葉に耳を疑った。
「みんなも分かるでしょう?もう魔力を感じない。残酷だとは思うけど、それが事実なのよ。」
しかしその言葉は、イシスさんが自分に向けて言っているような気がした。おそらくイシスさんも、その事実を信じることができないのだろう。
それもそうだ。確かにアルさんが死んだという証拠はある。でもあのアルさんだ。こんなに簡単に死ぬわけない。
おそらく皆がそう思い、その場に立ち尽くすことしか出来ずにいた。
「………師匠を返せっ!!」
しかしそんな中、一人だけ行動できる人がいた。
「ルンちゃん…」
「悔しくないの?師匠を殺されて、悔しくないの!?」
ルンだけはたった一人、現実から目を逸らしていなかった。
「………悔しい。だから、私も加勢する!」
「私も加勢します!」
「なら、私も加勢するしかないわね。」
ルンの一声により、私達はすぐさま戦闘態勢に入った。
「ほう、向かってくるか。いいだろう、かかってこい。」
正面から向かっても勝機がないと考えた私達は、ファーブニルの周りを囲むように位置をとった。
ファーブニルの正面にイシスさん。横にはそれぞれ私とトリー、そして真後ろにルンだ。
「『フエンテ』!」
イシスさんが魔法を放つと同時に、私を含めた3人も攻撃を始める。トリーはデュランダルで斬りかかり、ルンは龍化をしてから殴りこみ、私はそれを魔法で援護した。
さすがのファーブニルも四方から同時に攻められては抵抗ができないらしく、最終的に私達の攻撃を全て受けることになった。
「………これで、どうだ。」
そう言ったトリーの息は荒い。それは他3人にも言える事だ。おそらく持てる力を全て使って、攻撃をしたのだろう。
攻撃を受けたファーブニルは地面へ倒れこみ、ぐったりとして動かない。それを確認した私達は、イシスさんの所へ集まった。
「やりましたか!?」
「………それ、フラグ。」
「え?」
「まだ生きているわ!」
驚くべき事に、ファーブニルはまだ死んでいなかった。それどころか、ファーブニルの魔力がどんどん高まっていくのを感じる。
「俺がこの程度で死ぬわけがなかろう。では、さらばだ。」
ファーブニルはそう言うと同時に、口を大きく開けた。
「そんなっ!」
「まだこんなに力があったなんて……」
ファーブニルの口から放たれたのは直径2メートル程の火球だ。私達までの距離はおよそ6メートル。体力を消耗しきった私達は逃げる事ができない。また、魔法が使える状態でもないので、防御する事さえもできない。
「………死ぬ。」
そう感じた私達は、来たるべき衝撃に備えそっと目を閉じた。
「…………え?」
しかし衝撃はいつまでたっても訪れなかった。恐る恐る目を開けて見ると、目の前には見慣れた背中が見える。
「おいおい、お前ら何で目瞑ってるんだよ。ほら、目を開けろ。お前らは死んでないぞー。ついでに、俺もな。」
「アルさんっ!!!!」
死んだはずのアルさんが、笑ってこちらを見ていた。
「あー、頭痛ぇ。あれ、俺何で生きてるんだ?死んだはずじゃ……」
目を覚ますと、目の前にはついさっきまで戦っていたファーブニルが地面へ倒れこんでいる姿が見えた。
「待て待て、状況が全く分からん。」
まずは情報を整理しよう。俺は聖剣を手に入れるためにファーブニルと戦って、殺されたはず。しかし目の前には倒れているファーブニルがいて、しかも俺は生きている。ついでに俺の体が少し軽い気がする。
「やっぱりわからんな。ただ1つ分かるのは、ファーブニルはまだ生きていてあいつらがピンチって事だけだな。」
俺の目に映るのはファーブニルだけではなかった。その近くにいるアイリス達もだ。しかし彼女らはだいぶ疲弊している。おそらくファーブニル相手に戦ったのだろう。そしてファーブニルが、それを狙って魔力を貯めているのがわかる。
「となりゃ、やる事は1つだけだな。」
そう判断した俺はすぐに彼女らの元へ向かっていく。俺の視界の端で、ファーブニルが火球を放つのが見えた。あんなのを疲弊した彼女らが喰らったら、ひとたまりもないだろう。
「間に合えっ!!」
アイリス達の所へたどり着いた瞬間、火球が俺に当たり、衝撃で吹き飛ばされそうになる。
しかし俺の体は、何とか耐えてくれた。
「やっぱりな。なんだかいけそうな気がしたんだ。」
そう笑みを零しながら彼女らを見ると、なんと全員が目を瞑っていた。
「おいおい、お前ら何で目瞑ってるんだよ。ほら、目を開けろ。お前らは死んでないぞー。ついでに俺もな。」
目の前の四人に向けて、俺はそう声を掛けた。
「アルさんっ!!!!」
「はいはい、アルさんですよ。」
俺の姿を見たみんなは、信じられないものを見たような顔をして呆然としている。それがなんだか面白くて、つい笑ってしまった。
「………アル、生きてたの?」
「どうやらそうらしいな。俺自身、なんで生きてるのかは分からないが。まぁ、結果オーライって事で。」
「アレス、それってまさか神化?」
「神化?あー、なるほどな。どうりで体が軽いわけだ。」
「師匠、神化ってなんだ?」
「あー、俺ら神ってのは地上に降りてくるとある程度力が制限されるんだ。それを人化って言う。でも限られた条件下で、地上にいても神界にいた頃と同じくらいの力を有する事ができるようになるんだ。」
「それが神化ってことですか。」
「ええ、ちなみにアレスの全身が少し光って見えるのもそれのせいよ。」
「………神化するための条件っていうのは?」
「それは俺もよくわからないんだよな。ただ感覚は掴んだから、また神化できそうな気もするが。」
「でも神化は短時間しかできないわ。それに神化が終わった時の疲労感もとてつもないものだし。取り敢えずファーブニルを片付けてくれないかしら?」
「ああ、そうだな。」
イシスに指摘されたことによって、俺が神化をしている事が明らかになった。神化をするのはこれが初めてだ。
今の俺なら、ファーブニルの魔力量を圧倒的に上回る程の魔力を保持している。よってあいつを倒すのは容易だろう。
「なあファーブニル、俺と俺の仲間を殺そうとしたこと、どう落とし前つけてくれるんだ?」
「ま、待て落ち着け、エクスカリバーならやるから、許してくれ!」
「いやまずお前が落ち着けよ。キャラ変わってるぞ。」
神化によりパワーアップした俺を見て、あのファーブニルのキャラが豹変している。そんなに俺の神化はすごいのだろうか。
「まあ、エクスカリバーはもらっておこう。それと、この剣に関する説明を聞きたいんだが。」
「その剣は鋭さや硬さなど、剣においてはこの世で最強だ。扱うのも難しくない。また、その剣を身につけておくだけで、ある程度の魔法を防ぐ事ができる。」
「ある程度ってのは?」
「焔属性などの上級魔法でなければ、なんでも防ぐ事ができる。」
「え、強すぎじゃね?この剣。」
最強の剣だということは知っていたが、まさかそんな性能まであるとは思わなかった。しかもこの地上では相当使えるものだ。なにせ地上に住む者の中で上級魔法が使える者など、数えるくらいしかいないだろうからな。
「そうか、ならありがたく貰っておこう。」
エクスカリバーを貰った後、ファーブニルをどうするかについて、皆と話し合った。結局、誰も死んでないから許すということになった。
「その代わり、もう俺らを殺そうとするなよ。」
「ああ、もちろんだ。さらばだ、お主ら。」
「なんで最後の最後まで偉そうなんだよ……」
ファーブニルの態度に関してはうんざりだったが、エクスカリバーを手に入れたことで上機嫌な俺は、怒る気にもならなかった。
「さて、じゃあ旅を続けようか。」
「………その前に、海底神殿を海に戻さないと。」
「え、それって俺がやるの?」
「当たり前だよ。師匠がやらなくて誰がやるの?」
「はぁ、分かったよ。」
その後は疲弊しきった体に鞭打って海底神殿を海に戻し、次の目的地について考えることにした。
みんなに行きたいところがあるか聞いたのだが、特にないらしい。また、目的地もなく旅をすることになりそうだ。
「あのー、すみません。」
「ん?なんだ?」
そんな事を考えていると、黒のマントを身につけた男に声をかけられた。
「実は人探しをしておりまして……」
「誰を探してるんだ?」
こんな所で人探しというのも妙な話であるが、神なのに地上で旅をするという、1番妙な行動を取っている俺が言えたことじゃないだろう。
そして、誰を探しているか、という質問を受けた男は、不気味な笑みを浮かべながら言った。
「私が探しているのは、貴方ですよ。戦神アレス。」




