21.狂った末に
「やってやるよ、ファーブニル!」
聖剣エクスカリバーを手に入れるために龍のファーブニルと戦うことを決めた俺は、これまでにないほど頭を回転させ、ファーブニルに勝つ方法を考えていた。
「どうした?かかってこないのか?」
「うるせえな。後少しで倒してやるから少し待ってろ。」
勝つ方法があまりにも思い浮かばなかったので、ついイラっとしてしまった。しかしこれでは相手の思う壺だ。予想通り、俺の様子を見たファーブニルは、笑みを浮かべている。
「とりあえず戦ってみるしかないか。『アブレーション』!」
考えていても埒があかないので、初っ端から焔属性の最強魔法を撃ってみた。龍の弱点は水なのだが、俺は焔属性魔法しか使えないと油断させることが出来れば、勝てるかもしれない。また、最強魔法でどれほどの傷を与えられるか知りたい、という理由もあった。
「ふん、雑魚が。」
「っ!!嘘だろ……」
直前まで勝てるかもしれないと思っていた俺だったが、早々に認識を改めさせられた。
ファーブニルは、『アブレーション』をまともに受けながら、無傷だったのだ。
「それで終わりか?神というのは案外大したことがないのだな。」
「くそっ!」
弱点ではない焔属性魔法であったが、その最強魔法が全く効かなかった。という事は、仮に相手を油断させることが出来て瀑属性魔法で攻撃できたとしても、傷を与えることは不可能だろう。
「いくら何でも硬すぎだろ……」
「なら、諦めるか?」
「そんなわけないだろ。あまり神を舐めるな。」
舐めるな、と言ってしまったが、勝てる方法が一向に思いつかない。
ファーブニルのこの異常なまでの硬さは、鱗が原因だ。その体に大量に生えている硬い鱗が、攻撃を防いでいる。また、攻撃をする前はあまり分からなかったが、よく見ると魔力によって強化されていた。おそらく神技を使ったとしても、倒す事は出来ないだろう。さらに、ファーブニルの魔力量は俺より少し少ないくらいのため、魔力が無くなるまで待つ、という事もできない。
こうなると、俺が出来ることが限られてくる。魔力で強化された鱗を貫通出来る程の攻撃を与えるか、もしくは鱗が生えていない目や口の中を狙うか。そのどちらかだろう。
まずはこの2つの案を検討する。1つ目の、鱗を貫通出来るほどの攻撃を与える、は却下だ。そんな攻撃は、撃てるか分からない。
そして2つ目の、目や口の中を狙う、は悪手だと思う。なぜなら、あのファーブニルが自身の弱点を把握していないはずがないからだ。おそらく、何らかの対策はしてあるだろう。
「そちらが来ないならこちらから行くぞ!」
「くっ!!」
ファーブニルが俺にのんびり考える時間を与えてくれるはずもなく、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。
大きく口を開け、炎の球をいくつも吐き出してくる。それらの大きさは人間の顔と同じ程だが、大量の魔力が込められている。おそらく当たれば、大ダメージを負う事になるだろう。
これにはさすがと言わざるをえない。普通の龍は、口の中から出す炎は1つだけで、ファーブニルのようにいくつも出すことは出来ない。
「こりゃ、避けるのに苦労しそうだ。」
ただ、数が多いとはいえ所詮は火の球だ。俺は迫ってくる火球を、なんなく避けることが出来た。
しかしその時、ファーブニルの笑い声が聞こえた。
「避ける?無理だな。俺の火球を甘く見ないでもらいたい。」
「何だと?」
嫌な予感がして火球の方を見ると、すでに避けたはずの火球が再びこちらを追ってきていた。
「ホーミングするなんて、聞いてねえぞっ!」
火球の動きを操作することまで出来るとは思わなかった。こうなれば状況は最悪だ。もしこれが永遠にホーミングしてくるのであれば、この戦いはより厳しいものとなるだろう。
「終わらせてやる。」
しかし不運なことに、俺の予想は当たってしまった。
ファーブニルは再び火球を吐き出すと、自らも攻撃に加わるため、俺の方へ向かってきていた。
俺を追う火球は全部で12個だ。そしてそれらは俺の退路を塞ぎ、徐々にファーブニルのいる方へ誘導させてきた。
これは一本取られた。まず、ホーミングしてくる火球を避けるのは不可能。かといってファーブニルの方へ向かっても倒されるだけ。ダメージ覚悟で火球に飛び込んでいっても、どれか1つに当たれば他の球にも当たってしまう事は目に見えている。もう負ける未来しか見えない。
そんな絶望を感じていた俺だったが、ファーブニルが俺の近くまで来ていることに気付いた。相手がどんな攻撃をしてくるかは分からないが、火球を操っている今、魔法を新たに使う事は不可能だと思う。よって、嚙みつくなどの物理攻撃だろう。
「『アブレーション』」
「なにっ!?」
しかし予想に反して、ファーブニルは魔法を撃ってきた。しかも焔属性の最強魔法だ。魔法を放ってくるとは思っていなかった俺は、それに直撃してしまった。
「…………っ!」
ファーブニルの魔法に当たった俺は、辛うじて一命を取り留めることができた。と言っても、体からは大量の血が流れ出しているし、手や足は皮が剥けて肉が見えてしまっている。さらには、骨が見えてしまっているところまである。
そんな俺の様子を確認したためか、遠くからアイリスたちの悲鳴と、こちらを心配するような声が聞こえた。
「まだだ……まだ負けてねえ。」
「もう諦めろ。今のお主では立つことすら出来ないだろう。」
たしかにその通りだ。今の俺は立つなんてもってのほかで、手足を少し動かすこともろくにできない状態だ。
まったく、人間とは不自由なものだ。
直視することさえ難しいほどの傷を負った俺だったが、そんな体に似合わない軽い口調で、ファーブニルに話しかけた。
「そういえば1つ聞きたいことがあるんだけどさ、お前って戦いで誰かに負けたことある?」
「ないな。それがどうした?」
「いや、何でもねえよ。」
答えを聞いた俺は、つい笑みをこぼした。こんな状況でも笑っていられる俺を見たファーブニルは、怪訝な様子でこちらを見る。
「なに、気にすんなって。ちょっとやる気が出ただけだよ。」
「まだやるつもりなのか?」
「当たり前だろ。こっからが本当の勝負だぜ。」
そう言って俺は、不敵な笑みを浮かべた。
一体何なのだ。訳がわからない。なぜこの男はこんな傷を負っても笑っていられるのだ?
アルを瀕死にしたファーブニルは、アルの行動が理解できずに、頭を悩ませていた。
こんな状態で勝てるわけがないのは、誰の目から見ても明らかだ。しかしただ1人、この男だけはまだ諦めていない。
はっきり言おう。俺はこの男に対して恐怖心を抱いている。俺から見れば、この男の言動は狂っているとしか思えない。
そのため俺は、この戦いを早く終わらせるべく、この男を殺すことを決めた。
「悪いとは思う。だがこの行動によって後悔するつもりはない。では、さらばだ。『アブレーション』」
そう言い俺は、ただ1人笑っている男を、この世から消した。




