20.聖剣エクスカリバー
ハーデスと別れた俺たちは、海底神殿に向かうことになった。
「それで、海底神殿ってどこにあんの?」
「………まさか何も知らずに冥王様と別れたの?」
「ま、まあそうなるな。ってそんな睨むなよトリー……」
トリーに睨まれるのも納得できるのだが、俺の気持ちも分かってもらいたい。なにせこっちには万能のイシスがいるんだ。場所を俺が知らなくてもイシスが調べてくれると思ってしまっていた。人を信じられない俺であるが、人が持つ能力を信頼する事は出来る。それが仇となってしまったようだ。
「そ、そんなところもかっこいいですよ!」
「フォローしてくれようとしてるのはありがたいけど、全然フォローできてねえぞ。」
アイリスが赤面しながらフォローしてくれたのだが、無理があるだろう。それにこんなフォローは俺の心臓に悪い。いくら呪いで人が信じられなくても、女の子にかっこいいと言われれば反応してしまう。俺だって神様である前に1人の男だ。仕方ない。
そういえば、アイリスは歩くときには基本的に俺のすぐ側にいるし、時々顔を赤くさせながらボディタッチまでしてくる。しまいにはさっきのように、かっこいい、とまで言ってくる。さては俺に惚れたな?まあそんなわけないだろうけど。
「この前の亡者の森での一件からアイリス、俺との距離近くないか?」
「それはもちろんアイリスちゃんはアレスの事がす………」
「き、気のせいなんじゃないですかね!!!」
「ど、どうしたいきなり大声なんか出して。」
「な、なんでもないです!」
そう言うアイリスは、少し怒っているようだった。俺が何かしてしまったのだろうか。その後には、俺以外のメンバーで何やら話していたのだが、ガールズトークに入れるはずのない俺は、気にしないことにした。
「…………アイリスは面白い。」
「それ褒めてないですよね!?」
「なんでアイリスはこんなに顔が赤いの?」
「アイリスちゃんはアレスの事が好きなのよ。」
「ええ!?そうだったんだー、師匠の事が好きなんだー。」
「い、イシスさん、なんて事言っちゃってるんですかー!」
「でも事実でしょ?」
「………それはまあそうですけど…………」
「…………本当に面白い」
「うぅ………」
こんな会話が聞こえたような気がするが、それは幻聴だ。気にしない、気にしない。
「…………この前アイリスは、アルが寝てるときに頬にキスしてたよね?」
「!!な、なんでその事……」
「へぇ〜、意外、ではないけど、予想通り乙女なんだねアイリスちゃんって。」
「アイリス乙女だね!」
「うぅ………」
き、気にしたら負けだ。俺はそう思い、気にしない事にした。
「海底神殿のある海に着いたわよ。」
「おおー!」
やはりイシスは、海底神殿のある場所を探し出してくれた。イシスが万能すぎてヤバい。
「…………海の中にどうやって行くの?」
「………………」
「ま、まさか師匠、それも考えてなかったの?」
「と、とりあえず飯にしよう!みんなもお腹減っただろ?」
「逃げたわね。」
「逃げましたね。」
とうとう、アイリスがフォローしてくれなくなってしまった。本当に何も考えずにここまで来た事が良くなかったのだろう。しかし今は夜だ。今日海底神殿に向かう事は出来ない。
晩御飯を食べる事が決まった俺らは、近くにいた魔物を狩り、それを調理して食べた。
「それで、どうやって海中へ行くか、という問題についてなのだが。」
「何か思いついたんですか?」
「ああ。海底神殿を海の中から地上に引き上げればいいんじゃないかと思ってな。」
「……………は?」
「いや、は?ってひどくない?」
「トリーちゃん、仕方ないのよ。アレスはちょっとお馬鹿さんだから。」
これはまた酷い言われようだ。俺の案を否定するだけでなく、お馬鹿さん呼ばわりまでされてしまった。
「いやでも考えてみろよ?イシスの魔法を使えば海の中に入れるかもしれないが、イシスばかりに負担を押し付けるわけにはいかないだろう?」
「まあそれはそうだけどね。でもアレス、地上に神殿を引き上げる事なんて出来るの?」
「多分できる。」
「さすが師匠!」
「じゃあ、少しやってくる。」
俺はそう言うと立ち上がり、海の方へ向かった。海底にある神殿は海の上からだと見にくいが、一応目視することはできた。
「ふぅ。はあ!!!!」
気合を込めた俺は、瀑属性魔法を使った。海底付近の海の水を操作し、海底神殿を引き上げようとしたのだ。
「くっ!!」
簡単にできると思っていたのだが、どうやら海底神殿の柱はかなりしっかりと海底に突き刺さっているようで、海の水を操作してもそれを引き抜くのは難しい事だった。
「はぁ。やっと終わった………」
「おつかれ、アレス。」
海底神殿の柱を抜いた後は、海の上まで神殿を引き上げ、そのまま地上に持ってきた。
「本当に化け物だね、師匠。」
「褒めてんのか?それ。」
「そんなわけないじゃん?」
「ですよね。」
てっきり賞賛の声があると思っていたのだが、あったのは貶しの言葉のみだった。アイリスやトリーは呆然としていて、何か言葉をかけてくる様子もない。
「まあこれで海底神殿に入れるわけだから、早速入ってみようか。」
「そうね。神殿の中からとてつもない魔力を感じるから、かなり気になるしね。」
イシスの言う通り、神殿の中から大きな魔力を感じる。そしてその周りにはおそらく魔物がいるのだろう。大きな魔力が動いている様子が確認できた。
「亡者の森の番人より強いかもしれないな、こいつは。」
「そ、そんなにですか?」
「…………最近戦闘してなかったから楽しみ。」
怯えた様子のアイリスに対し、トリーは目を輝かせている。確かに最近は手強い敵との戦闘をあまりしてなかった気がするな。トリーの場合は、1番最近なので龍族との戦いだろうか。あれ、かなり最近な気がするぞ。
「……………た、楽しみ。」
俺がトリーへジト目を向けると、さすがにバツが悪くなったのか、目をそらして言い換えた。まあ戦闘が好きなのは悪い事じゃないから、別に良いんだけどね。
「楽しみなのは良いが、注意を怠らないようにな。」
「はい!師匠!」
注意喚起をした俺は、ゆっくりと神殿の扉を開くことにした。神殿は真っ白で、あまり大きくはない。扉も普通の大きさだ。ハーデスの城を見たせいか、それだけでもホッとしてしまう。
「じゃあ開けるぞ。」
扉を開けると、そこには大きな部屋があった。窓も、どこかへ繋がるような扉もない。ただ存在するのは、大きな魔力を伴った剣と、その付近の魔物だけだ。
「お、おい、あの剣って…………」
「まさか聖剣エクスカリバー?でもなんでこんなところにあるのかしら。」
「え、エクスカリバーってあの伝説の剣ですか?」
「ああ、そうだ。なぜこんなところにあるのかは分からないが、今はそんな事を考えている余裕はなさそうだ。」
この部屋の奥に立て掛けられている剣はエクスカリバーで間違いないだろう。昔見た事がある。おそらくイシスもそうだったのだろう。
それにしても、このエクスカリバーは手に入れたいな。なにせこんなにも強力な魔力を伴った武器は今まで見たことがない。
しかしそれを守るようにして、大きな龍がこちらを睨みつけていた。
「ファーブニル。」
「ルン、知っているのか?」
「うん。私が龍王になる前、何かを守るために山から出ていった龍がいたんだ。その龍は、先代の龍王さえ凌ぐほどの実力の持ち主だった。だから先代の龍王はファーブニルの事を止めたんだけど、使命だから、と言って出て行ってしまった、という話を聞いた事があるよ。」
先代の龍王を凌ぐほどの実力か。これはまずいかもしれない。仮にファーブニルが、先代の龍王の最盛期と同じ程の実力だとしても、かなり厳しい。当然トリーやアイリスでは敵わないし、それはルンでも変わらないだろう。残るのは俺とイシスだが、俺はさっき海底神殿を移動させた事により、大分力を使ってしまっている。そしてイシスは、魔法を扱うのが上手いだけで戦闘に特化しているわけではない。弱い相手ならそれでも良いだろうが、相手が戦闘に特化している場合は厳しい。
「イシス、やれそうか?」
「多分返り討ちにされるんじゃないかしら?」
「だよなあ。どうしようか。」
「………残念だけど、私じゃ力になれない。」
「私もです。」
「私も悔しいけど無理だ。ファーブニルは、師匠でも敵わなそうなのか?」
「うーん………」
最悪神技を使えば、勝てない事もないだろう。しかし相手の実力が正確にわからない以上、ここで神技を使うのは一種の賭けである。
「なら私がアレスを回復させる。さらにパワーアップまでさせてあげるわ。それならいけるんじゃない?」
「出来るのか?」
「ええ。まあパワーアップは一時的なものだから、さっさと決着付けてもらわないと困るんだけどね。」
「………やってくれ。さっさと決着つけてやるよ。」
「分かったわ。」
イシスが魔法を使うと、力がみなぎってくる感覚がした。さすが魔法の神だ。確かにこれなら勝てるかもしれない。
「なあ、ファーブニル。そこのエクスカリバー欲しいんだけど、俺にくれないか?」
おそらく断られるだろうが、一応聞いてみる事にした。戦いが好きな俺であるが、やはりこういった状況では、戦わないで済むに越したことはない。
「ふむ。まず、お主は何者だ?」
聞こえたのは厳かな声だ。その声だけでも十分に人を威圧できるほどに。
「俺は戦神アレスだ。エクスカリバーを譲ってくれないか?」
「なるほど、戦神か。それならその魔力も納得できる。ふむ、エクスカリバーなら譲ってもいいぞ。」
「え!?まじで?」
「もちろん条件がある。」
「だろうと思ったよ。」
そりゃエクスカリバーをただで譲ってもいいんだったら、ファーブニルがここにいる意味がないもんな。
「条件は2つ。1つ目は俺と戦って勝つことだ。」
「うん、2つ目は?」
「お主は今、他の者によってパワーアップしているだろう?」
やはりバレるか。いや、バレるも何もファーブニルの目の前でイシスと会話していたんだ。知っていて当然だろう。
「2つ目の条件は、それを解除し、お主だけの実力で勝負することだ。」
「……………」
さてどうしたものか。ファーブニルに勝ってエクスカリバーを得るためには、イシスによるパワーアップが必要だ。しかしそもそもファーブニルと戦うためにはそれを解除しなくてはならない。
だが俺には、諦めるという選択肢はない。目の前の戦いを放棄できるほど、俺は戦神としてのプライドを捨てたわけではないのだ。
「分かったよ。その条件を呑んでやる。イシス、悪いが解除してくれ。」
「本当にいいのね?」
「ああ。」
イシスによるパワーアップがなくなり、力が抜けていく感覚がした。ただ身体は回復している。勝てる可能性が無いわけではない。
「では、かかってこい。」
「やってやるよ、ファーブニル!」
そして俺は、負ける未来しか見えない戦いを始めた。




