2.ゴルドの正体
ゴルドを殴ったことにより精神的にすっきりしていた俺は、そのまま依頼をこなしに向かった。ちなみに依頼内容はゴブリン10匹の討伐だ。この依頼を達成した事の証明に、ゴブリン10匹分の耳を取ってくるように言われている。
「魔物を狩るのは何百年ぶりだろう。まあそもそも地上に来るのが久しぶりだからな。せっかくだし、楽しまないと!」
そうして、街を出てぶらぶら歩いていると、さっそくゴブリンの群れを見つけた。約10匹ほどおり、全員が俺を警戒したようにこちらを見ている。
「ちょうどいい。纏めて潰してやる!『スーパーノヴァ』」
攻撃魔法を使う事すら久しぶりな俺は、とりあえず適当に魔法を放ってみる。そして、俺が放った焔属性の魔法に当たったゴブリン達は、一瞬にして灰と化した。
「ちょっと張り切りすぎちゃったかな。」
今撃ったのは火属性でいうところの最強魔法だ。敵が一瞬で死んだところを見ると、とてもゴブリン相手に使うような魔法じゃなかったという事だろう。やはりこれからは手加減というものを覚えなくてはならない。
「まあ、地形がちょっと変わったくらいだし、問題ないかな。あ、でもこれじゃあ、ゴブリンを倒したことの証明が出来ない……」
さっきまでテンションMAXだったのにも関わらずもうテンションが下がってしまった俺は、その後頑張って手加減してゴブリンの耳を10匹分集めた。
「はぁ、やっと終わった。まさか冒険者の仕事ってのがこんなに大変だったとはな。あのゴルドとかいう奴の言うとおりだったかもしれないな。」
当然ゴルドはそんなつもりで言ったわけではないのだが、アルはそう納得した。
そして依頼を終えた俺がギルドに戻ってくると、そこは先ほどよりもはるかに賑わっていた。さっき来たときも大分賑わってはいたが、今はそれ以上だ。
しかし、賑わっているといってもさっきとは状況が違う。なんとなく、冒険者よりも冒険者以外の人の方が多い気がする。これが異常なのか、それともさっきが静かな方だったのかは分からないが、とりあえず事態を把握するため、ギルドにいるセリーさんに話しかけた。
「セリーさん、何かあったんですか?」
「あ、アルさん!探していたんですよー。実は先程王様からの使者が来ましてですね、なんと、アルさんを呼べ、と言ったんですよ!」
「なんでまた俺なんかを?」
「おそらくさっきゴルドさんを倒したことが原因ですね。あの人はああ見えて、王のご子息ですから。」
それは驚いた。まさかあんなに態度悪い奴が王家の者だなんて、思ってもみなかった。まあ、態度の悪さに関しては俺も人のことは言えないが。
ちなみに王というのは、地上の大陸の中でも人間が住める場所を全て治めている人間である。たしか、国の名前はコルンといったか。王の名前は知らん。
「でも、王家の人間がこんなとこに来てても良かったのか?」
疑問点はそこだ。この街は王のいる王都から遠く離れている。そんな場所までなんの理由もなしに王家の者が来るとは考えにくい。
「ゴルドさんは4男だそうで、あまり政治には関わっておられないようです。」
なるほどな。それならあいつの態度にも納得できる。いくら王の子といえど、4男なんて将来王になれるわけでもなんでもないからな。それでイライラしてたゴルドが、暇つぶしがてら冒険者になった、という事かな。
「それで、俺は王都に行ったほうがいいのか?」
「そうですね。使者の方が馬車を用意してるのでそれに乗って行ってください。それと、これ以上何かやらかさないようにお願いしますよ?」
「大丈夫だって。」
冒険者登録をしてまだ半日も経っていないのに、もう俺は危ない人認定されてしまっているのだろうか。もしそうならかなりショックだ。まあ冒険者になって初日で王族殴る奴がいたら危ないと思うのは当然か。
しかしとりあえずは王に会いに行かなければいけない。正直面倒なのだが、ここで行かなければこの先どうなるか分からないため、しかたなく行くことにする。
「じゃあ行くか、王都へ。」
馬車に揺られて、半日ほどが過ぎた。俺と同乗しているのは王からの使者2人だ。
「なあ、今日はとてもいい天気だと思わないか?」
「何を言っている。雨は降っているし、湿気も多い。最悪の天気だろう。」
「無駄なことを話していないで少し黙ってろ。」
さっきからこの2人はずっとこんな調子でつまらない。せっかく暇つぶしをしに地上へ来たというのに、もう暇になってしまった。
しかし突然、使者2人の表情が厳しくなる。それもそのはずだ。馬の動きが急に止まったのだ。もちろん、何の理由もなしに馬が止まるはずはない。
「どうやら魔物たちに囲まれちゃったみたいだね。」
「分かるのか?」
「こんだけ大量にいるんだから分からない方がおかしいでしょ。ちょっと俺退治しにいっていい?」
「あ、ああ構わん。」
では、使者の許可も得たので暇つぶしがてら魔物退治といきますか。
そう軽く考えていた俺だったが、実は今ちょっと後悔している。さっきは魔物退治するって言ってしまったのだが、さすがに俺でも全部退治するのは難しそうだ。なにしろ数が数だからなあ。多分数百匹はいるね。この量を全滅させようとすると、どうしても付近の地形を変えかねない。
しかしそんなことをするわけにもいかないので、周囲1キロメートルほどに威圧をかけて魔物たちを脅してみることにした。上手くいくかは分からなかったのだが、効果は抜群だった。なにしろ、使者の2人まで怯えてたくらいだ。
とりあえず俺らを囲んでいた魔物たちは散り散りになり、もうその姿は見えない。一件落着だな。
「じゃあ、行こうか。」
「あ、アルさんはなぜあの魔物たちが囲んできたか分かりますか?」
威圧が効きすぎたのか、使者が俺に対して敬語を使うようになっていた。
「アルでいいよ。それと理由だけどね、恐らく魔物たちが寝ているのを邪魔しちゃったからじゃないかな?」
「そういうものですか。」
「そういうものだ。」
なんてね。そんなわけがない。睡眠を少し妨害したぐらいで数百匹の魔物に囲まれてたまるか。
もちろん、本当の理由の方はちゃんと分かっている。多分、俺が近づいたことが原因なんだと思う。これでも一応神やってるからね。魔物たちをわざわざ起こすくらい、警戒させてしまったのだろう。囲むだけで襲ってこなかったのもそのせいだ。下手に手を出すと全滅しかねないから、慎重になっていたのだろう。
今回の事件は、魔物も俺も良い判断をしたと思う。
その後も馬車に揺られ続け、ついに夜になった。どうやらこの付近には魔物はいないらしく、あれから馬車の動きが止まる事はなかった。
そして俺も安全が確認できたため、一眠りすることにした。最も敵意や殺意を感じればすぐに起きられるんだけどな。
翌朝、使者に起こされた俺は状況を整理していた。
目の前には立派な城に、それを囲むように存在する広大な庭、そしてそれらを守る兵士。
「王城に着いたのか。」
王城は、王都の真ん中に存在する王の居城だ。さすが、人間だな。やはりものづくりで人間に敵うものなど存在しない。身体能力や魔法の巧さに関しては人間はそこそこといった程度だが、ものづくりなどの技能ではこの大陸ナンバーワンなのだ。
「それでは、少々お待ちください。」
使者の内の1人が城の中へと入って行った。恐らく誰か案内役を連れてくるのだろう。
「お待たせ致しました。私、執事のバームと申します。それでは早速、王のもとへ。」
王かー。特に俺からは会う理由もないし、会ってもデメリットしかなさそうだから気が乗らないな。しかも王の子供をボコしたのだ。何を言われるか分かったもんじゃない。
そんなネガティブな考えに浸っていると、王城2階の1番奥の部屋に連れて行かれた。その扉はかなり豪華で、金色に輝いていた。
「ここに王がいるのか。」
「ええ、その通りでございます。決して、王に対して無礼な態度をとられないようお願いしますよ。」
「わかってるって。」
王のいる部屋に入る前、バームから注意を受けてしまった。何?俺ってそんな無礼そうな顔してんの?どんな顔だよ。
「失礼します。」
顔ばかりは直しようがないので、諦めて扉を開けて中に入っていく。入って右側には、玉座に座っている王と思われる人物がいた。そしてその隣にいる女性はおそらく正妻だろう。ちなみに部屋の脇には兵士と王の側近らしき者たちがいた。全員が俺を険しい目で見ているような気がする。
「あぁ、もう帰りたい……」
「何か?」
「いえ、何も。」
部屋の脇にいた男が、訝しむように尋ねてきた。他の人に聞こえない程度で呟いただけのはずなんだがな。地獄耳かよ。まったく、恐ろしいな。
「ふむ、来たか。お主はたしか、名をアルと言ったな。今回呼び出したのは他でもない、ゴルドのことだ。」
まあ、だろうと思っていたよ。むしろそれしかないからな。さて、問題は何を言われるか、だ。最悪、不敬罪で死刑、なんて事もあり得る。
しかし分からないのは、わざわざ王の部屋まで来させた理由だ。単に罰を与えたいだけなら、わざわざ王の目の前でやる必要はない。
「なんだか面倒そうだ…」
「何か?」
「いえ、何も。」
そう聞いてきたのは先程と同じ男だった。独り言すら喋らせてもらえねえのか、ここでは。
「今回ゴルドを殴ってくれた件については素直に礼を言おう。して、報酬になるのだが……」
「???」
は?おい、今なんて言った?礼を言うだと?
「えっと、王様、なぜゴルドを殴ったことが報酬に繋がるのでしょうか?」
「?お主もしかして知らぬのか?」
「何をでしょう?」
「でしたら、私から説明をさせていただきます。」
そう言ったのは先程の地獄耳の男だった。
彼曰く、ゴルドは王族という権威を振りかざしつつ、威張り散らしていたそうだ。それだけならまだマシなのだが、ゴルドはAランクの冒険者。強くて権威もあるような奴が威張ってきたら、誰もが悪いイメージを抱く。そしてそれは、王へのイメージダウンに繋がりかねない。そう判断した王は、誰でもいいからゴルドを殴れ、という依頼を冒険者に出していたのだった。
正直そっちのほうがイメージダウンにつながる気がするが、まあ、案の定と言うべきかその依頼を受けるものは一向に現れなかった。それもそうだ。大抵の者では、ゴルドを殴っても殴り返されるだけだし、ゴルドより強い者は面倒事を避けようとする。そんな中、たまたまゴルドを殴ったのが俺だった。
「なるほど。しかし、俺はその依頼のことを知らなかったわけですから、報酬は無効となるのでは?」
「まあ、本来ならそうではあるが、依頼という事を抜きにしても、ゴルドを殴ってくれたことに関しては礼が言いたい。何か望むものはあるか?私にできる事であれば、それを報酬として与えることにする。」
なにか、ねえ。まあ相手は王なんだし、やれないことはほとんどないと思うが、正直俺は冒険さえできれば十分だ。それ以外は必要ない。そしてその冒険は、わざわざ王の助けを借りるまでもなく、可能である。というよりむしろ王族とは関わり合いにならない方がやりやすい。
「しかし特に望みはありません。」
「なに、別に今すぐに答えを出せと言っているわけではない。」
「……少し、時間が欲しいのですが宜しいでしょうか?」
「ああ、構わん。ならば、今日はここに泊まっていけ。答えは明日にでも聞こう。」
いや別にここに泊まりたいわけじゃないんだけどね。まあいいか。それより、何が欲しいか決めないとな。どうやらそれは決定事項らしい。このまま欲しいものが見つからないままだと、ここに監禁されるような事にもなり得る。
そう思った俺はこれからの冒険に絶対必要なもの、あると便利なものなどと色々と考えた結果、ようやく答えが出た。
そして翌日、俺は望みを叶えてもらうために王のもとへ向かった。
「決まったか。よし、望みを言え。」
それを聞いた俺は、これまでになく真剣な顔で言った。
「俺に、パーティーメンバーを下さい。」